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四竅
38、聖地の夢
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秋も深まり、びっしりと落ち葉に覆われた森の小道を、シウリンは重い荷を担いで歩いていく。素足に草鞋履き、かじかんだ足に、ちらちら降る粉雪がかかる。
燻されたような臭いを感じ、シウリンは目的地が近いことに気づく。
葉のすっかり落ちた木々の間から、目指す炭焼き小屋の姿が現れた。
(……これは……夢、か……)
シウリンが炭焼き小屋の扉をほとほとと叩くが、返事がない。そのまま裏手に回ると、炭焼きの窯のところに、目当ての老人が座って窯を覗き込んでいた。
『こんにちは。食糧持ってきたよ』
シウリンが声をかけると、しゃがんでいた髭面の老人が振り返る。がっしりとした身体に、木綿のくたびれた僧衣、毛織の袈裟を巻き付け、毛糸の薄汚れた襟巻を巻いている。
『シウリンか。小屋の中に入れておいてくれるか。今、手が離せん』
『わかった。後で薪割り手伝うね』
シウリンは再び小屋の入口に回り、中に入る。薄暗い部屋の中はがらんとしていた。
背負い籠を下し、質素な木のテーブルの上に、中身を並べていく。一番上は、焼しめた日持ちのするパン。干し肉、腸詰、葉野菜、泥のついた馬鈴薯。人参。塩。砂糖が少々、小麦粉、蕎麦粉。そして甕に入った葡萄酒と、麦酒、焼酎。薬を数点。軟膏と、熱冷まし。そして、ゴル爺が三度の飯より好きな、煙草。
持ってきた甕を奥の食糧貯蔵庫に抱えて行き、空いた甕と交換する。野菜を貯蔵庫に並べ、古い、腐りかけた野菜を立てかけてある笊に入れる。塩の壺に塩を足し、パンを籠に入れる。カビが生えたパンは棄て、硬くなったパンも笊に放り込む。干し肉は風通しのいい軒下に吊るし、以前からの硬くなった分を少しだけ包丁で削る。それも古野菜と一緒に笊に入れ、シウリンは笊を抱えて調理場へ行く。
調理場は相変わらず凄まじい惨状を呈していた。
炭焼きのゴルはとにかく大雑把だ。鉄鍋は古い煮物がこびりつき、鉄板は焦げ付いたまま。シウリンは汲み置きの水がめを持ってきて、洗い桶に入れた鉄鍋と鉄板に水をぶちまけると、水がめを持って井戸へ行く。釣瓶式の井戸で水をくみ上げ、水がめを充たすと、それをえっちらおっちら台所に運ぶ。
僧衣の両袖を腕まくりし、磨砂を使い、冷たい水で鉄鍋と鉄板を洗いあげると、鉄鍋に水を七分目まで入れる。古くて硬くなった干し肉をナイフで刻み、水の中に落とす。芽の出たジャガイモをざっと洗って皮を剥き、掌で四つに切って投げに入れる。腐りかけた人参も同様に。食糧貯蔵庫に戻り、古い押し麦を一掴み持ってきて鍋にいれ、塩をちょっとだけ入れて蓋をし、おいしょと両手で鍋を持って、炭焼きのゴルの所へ行く。
『ゴル爺さん、ほら、これも窯に入れてよ』
ゴルがシウリンの意図に気づいて窯の蓋をあけ、鉄の鈎を器用に使って入口の所に鍋ごと入れ、蓋をする。これで、一時間程放置すればスープの出来上がりだ。
ゴルがシウリンを見て言った。
『ウサギがある。ちょうど熟成しているころだ。串焼きにすればいい』
シウリンは頷いて貯蔵庫に行き、吊るされたウサギを持ってきた。本来は狩猟して食べるのは戒律に反するが、「畑を荒らす」者に関してはその限りではない。ゴル爺が植えている申し訳程度のハーブとパセリ、傷に効く「ユキノシタ」など、ウサギが荒らすはずはないのだが、そこは突っ込まずにウサギをご相伴になることにする。ついでにその畑からハーブを少しばかり摘み、洗って細かく刻む。まな板の上でウサギをぶつ切りにし、岩塩とハーブを擦り込み、鉄の串に刺しておく。ウサギは食べる寸前に焼けばいいから、シウリンは先に薪割りをすることにした。炭焼き窯の横の切り株に薪を立て、手斧で軽快に割っていく。その様子を、一段落ついたゴル爺が、やはり古株に腰かけて煙草を吸いながら見ていた。
シウリンは月に二度、ゴル爺の炭焼き小屋に食糧を運んでくる。そのついでに薪割り、掃除、洗い物、残り物を使った料理をして、日暮れとともに僧院に帰る。無口で気難しいゴル爺だが、シウリンが来る日に合わせて、ウサギや野鴨の罠をしかけ、さばいて熟成させておいてくれる。
あらかた薪を割ると、ゴル爺が立ち上がる。
『ウサギ持ってこい』
ぶっきらぼうな言い方だが、シウリンは気にも留めずに頷き、串に刺したウサギ肉を持ってくると、ゴル爺は炭焼きの窯の横に石を組んで簡易の竈を作り、火の熾った炭をいくつか置き、鉄の金網を上にわたして準備していた。金網の上にウサギ肉の串を並べ、焼き始める。さっき窯の中に入れておいた鍋は器用に取り出し、窯の側の温かい場所に置いておく。
台所から木の椀を二つ持ってきてスープを掬うと、硬くなったパンを割ってスープに入れる。さっきのハーブの残りを散らし、木の匙を添えてゴル爺に手渡す。スープを匙で掬い、汁気を吸って柔らかくなったパンを頬張りながら、ゴル爺は器用に串を裏返し、ウサギ肉の焼け具合に気を配る。
炭焼きのゴル爺は、普段はこの小屋で一人暮らしだ。僧院の集団生活に馴染めない者は、こうして僧院から離れた炭焼き小屋や、羊の放牧小屋、遠く離れた水車小屋などの仕事に就く。器用で自給自足生活が送れる者は二月に一度程、そうでない者は月に二度、食糧や医薬品等を小坊主が運んでくる。ゴル爺もそういう僧侶の一人だ。もっと北方の山がちの修道院には、岩窟に一人または数人で暮らし、祈りと瞑想に生きる僧侶もいるというが、シウリンはまだ会ったことはない。
『麦酒は持ってきたか?』
『うん。古いのはもうないんだね?』
『ああ。飲んじまった』
『厨房のケルシュに焼酎ももらったから、甕一つ持ってきたよ。消毒薬にもなるし。強いから飲み過ぎないでね』
『ああ、ありがたい』
容姿の美しいシウリンは厨房の長ケルシュのお気に入りで、シウリンはケルシュと上手く交渉して、ゴル爺のために酒を調達してきたのである。
ちょうど焼き上がったウサギの串焼きをゴル爺が木の皿に乗せ、シウリンに寄こす。シウリンは早速、串から抜いてナイフで切り、口に含む。脂が程よく回り、ハーブの香りが美味であった。実はあまり肉が好きではないシウリンだが、ゴル爺が焼いてくれるウサギや山鳥は好物なのである。
『そうそう、羊飼いのヘイルから、腸詰をもらったから持ってきたよ。また今度食べてよ』
『お前が食べればいいじゃないか』
ゴル爺がウサギを頬張り、麦酒を甕から直接飲みながら言った。
『勝手に腸詰を食べているところを、シシル準導師にでも見つかったら、反省房に入れられちゃうよ。それに、ヘイルの腸詰はニンニクたっぷりで、匂いがきついんだ。食べたのがばれちゃう』
教育係のシシル準導師に、シウリンは目の敵にされている。美しいシウリンは僧侶に人気があり、あちこちで贈物をもらうのだが、それが厄介のタネになるのだ。ゴル爺はそのあたりの事情を推測して、げじげじの眉を少しだけ顰めた。
『蕎麦粉は、持ってきたか?』
『うん、もらってきたよ』
『じゃあ、これを食べ終わったら、蕎麦を打ってやろう』
ゴルの言葉に、シウリンはにっこりと微笑んだ。
『ありがとう』
あらかたの食事が終わり、ゴル爺は炭焼き窯の様子を見て、しばらく目を離してもいいと判断すると、室内のテーブルを綺麗に拭き、大きな鉢を取り出す。シウリンが持ってきた蕎麦粉を鉢に入れ、小麦粉を加えよく混ぜ合わせる。次に水を加え、両手で丁寧に混ぜ始めた。生地がまとまり始めると、丁寧に丁寧に練り込む。シウリンはその様子をじっと見ていた。
『ゴル爺さんは、どこで蕎麦造りを習ったの?』
『シウリン、蕎麦は〈打つ〉って言うんだ』
『ああ、そうだったね。……どこで習ったの?』
普段無口なゴルは、どいういうわけか、蕎麦を打っている間だけは饒舌になる。
『……わしは、聖地に入る前は騎士をしておったんだ。庶子だが貴種の出でな。聖騎士として巡検にも出たんだ』
『ショシって何?』
『正妻の子じゃなくて、側室の子なんだ』
シウリンには正妻と側室の意味は理解できなかった。
『聖騎士ってのは、何をするの?』
『辺境を回って、魔物を討伐する。魔物は、聖別された武器でなければ倒すことができない。聖別された武器の力は、魔力を持つ貴種の、聖騎士だけが引き出せる』
『魔物……』
燻されたような臭いを感じ、シウリンは目的地が近いことに気づく。
葉のすっかり落ちた木々の間から、目指す炭焼き小屋の姿が現れた。
(……これは……夢、か……)
シウリンが炭焼き小屋の扉をほとほとと叩くが、返事がない。そのまま裏手に回ると、炭焼きの窯のところに、目当ての老人が座って窯を覗き込んでいた。
『こんにちは。食糧持ってきたよ』
シウリンが声をかけると、しゃがんでいた髭面の老人が振り返る。がっしりとした身体に、木綿のくたびれた僧衣、毛織の袈裟を巻き付け、毛糸の薄汚れた襟巻を巻いている。
『シウリンか。小屋の中に入れておいてくれるか。今、手が離せん』
『わかった。後で薪割り手伝うね』
シウリンは再び小屋の入口に回り、中に入る。薄暗い部屋の中はがらんとしていた。
背負い籠を下し、質素な木のテーブルの上に、中身を並べていく。一番上は、焼しめた日持ちのするパン。干し肉、腸詰、葉野菜、泥のついた馬鈴薯。人参。塩。砂糖が少々、小麦粉、蕎麦粉。そして甕に入った葡萄酒と、麦酒、焼酎。薬を数点。軟膏と、熱冷まし。そして、ゴル爺が三度の飯より好きな、煙草。
持ってきた甕を奥の食糧貯蔵庫に抱えて行き、空いた甕と交換する。野菜を貯蔵庫に並べ、古い、腐りかけた野菜を立てかけてある笊に入れる。塩の壺に塩を足し、パンを籠に入れる。カビが生えたパンは棄て、硬くなったパンも笊に放り込む。干し肉は風通しのいい軒下に吊るし、以前からの硬くなった分を少しだけ包丁で削る。それも古野菜と一緒に笊に入れ、シウリンは笊を抱えて調理場へ行く。
調理場は相変わらず凄まじい惨状を呈していた。
炭焼きのゴルはとにかく大雑把だ。鉄鍋は古い煮物がこびりつき、鉄板は焦げ付いたまま。シウリンは汲み置きの水がめを持ってきて、洗い桶に入れた鉄鍋と鉄板に水をぶちまけると、水がめを持って井戸へ行く。釣瓶式の井戸で水をくみ上げ、水がめを充たすと、それをえっちらおっちら台所に運ぶ。
僧衣の両袖を腕まくりし、磨砂を使い、冷たい水で鉄鍋と鉄板を洗いあげると、鉄鍋に水を七分目まで入れる。古くて硬くなった干し肉をナイフで刻み、水の中に落とす。芽の出たジャガイモをざっと洗って皮を剥き、掌で四つに切って投げに入れる。腐りかけた人参も同様に。食糧貯蔵庫に戻り、古い押し麦を一掴み持ってきて鍋にいれ、塩をちょっとだけ入れて蓋をし、おいしょと両手で鍋を持って、炭焼きのゴルの所へ行く。
『ゴル爺さん、ほら、これも窯に入れてよ』
ゴルがシウリンの意図に気づいて窯の蓋をあけ、鉄の鈎を器用に使って入口の所に鍋ごと入れ、蓋をする。これで、一時間程放置すればスープの出来上がりだ。
ゴルがシウリンを見て言った。
『ウサギがある。ちょうど熟成しているころだ。串焼きにすればいい』
シウリンは頷いて貯蔵庫に行き、吊るされたウサギを持ってきた。本来は狩猟して食べるのは戒律に反するが、「畑を荒らす」者に関してはその限りではない。ゴル爺が植えている申し訳程度のハーブとパセリ、傷に効く「ユキノシタ」など、ウサギが荒らすはずはないのだが、そこは突っ込まずにウサギをご相伴になることにする。ついでにその畑からハーブを少しばかり摘み、洗って細かく刻む。まな板の上でウサギをぶつ切りにし、岩塩とハーブを擦り込み、鉄の串に刺しておく。ウサギは食べる寸前に焼けばいいから、シウリンは先に薪割りをすることにした。炭焼き窯の横の切り株に薪を立て、手斧で軽快に割っていく。その様子を、一段落ついたゴル爺が、やはり古株に腰かけて煙草を吸いながら見ていた。
シウリンは月に二度、ゴル爺の炭焼き小屋に食糧を運んでくる。そのついでに薪割り、掃除、洗い物、残り物を使った料理をして、日暮れとともに僧院に帰る。無口で気難しいゴル爺だが、シウリンが来る日に合わせて、ウサギや野鴨の罠をしかけ、さばいて熟成させておいてくれる。
あらかた薪を割ると、ゴル爺が立ち上がる。
『ウサギ持ってこい』
ぶっきらぼうな言い方だが、シウリンは気にも留めずに頷き、串に刺したウサギ肉を持ってくると、ゴル爺は炭焼きの窯の横に石を組んで簡易の竈を作り、火の熾った炭をいくつか置き、鉄の金網を上にわたして準備していた。金網の上にウサギ肉の串を並べ、焼き始める。さっき窯の中に入れておいた鍋は器用に取り出し、窯の側の温かい場所に置いておく。
台所から木の椀を二つ持ってきてスープを掬うと、硬くなったパンを割ってスープに入れる。さっきのハーブの残りを散らし、木の匙を添えてゴル爺に手渡す。スープを匙で掬い、汁気を吸って柔らかくなったパンを頬張りながら、ゴル爺は器用に串を裏返し、ウサギ肉の焼け具合に気を配る。
炭焼きのゴル爺は、普段はこの小屋で一人暮らしだ。僧院の集団生活に馴染めない者は、こうして僧院から離れた炭焼き小屋や、羊の放牧小屋、遠く離れた水車小屋などの仕事に就く。器用で自給自足生活が送れる者は二月に一度程、そうでない者は月に二度、食糧や医薬品等を小坊主が運んでくる。ゴル爺もそういう僧侶の一人だ。もっと北方の山がちの修道院には、岩窟に一人または数人で暮らし、祈りと瞑想に生きる僧侶もいるというが、シウリンはまだ会ったことはない。
『麦酒は持ってきたか?』
『うん。古いのはもうないんだね?』
『ああ。飲んじまった』
『厨房のケルシュに焼酎ももらったから、甕一つ持ってきたよ。消毒薬にもなるし。強いから飲み過ぎないでね』
『ああ、ありがたい』
容姿の美しいシウリンは厨房の長ケルシュのお気に入りで、シウリンはケルシュと上手く交渉して、ゴル爺のために酒を調達してきたのである。
ちょうど焼き上がったウサギの串焼きをゴル爺が木の皿に乗せ、シウリンに寄こす。シウリンは早速、串から抜いてナイフで切り、口に含む。脂が程よく回り、ハーブの香りが美味であった。実はあまり肉が好きではないシウリンだが、ゴル爺が焼いてくれるウサギや山鳥は好物なのである。
『そうそう、羊飼いのヘイルから、腸詰をもらったから持ってきたよ。また今度食べてよ』
『お前が食べればいいじゃないか』
ゴル爺がウサギを頬張り、麦酒を甕から直接飲みながら言った。
『勝手に腸詰を食べているところを、シシル準導師にでも見つかったら、反省房に入れられちゃうよ。それに、ヘイルの腸詰はニンニクたっぷりで、匂いがきついんだ。食べたのがばれちゃう』
教育係のシシル準導師に、シウリンは目の敵にされている。美しいシウリンは僧侶に人気があり、あちこちで贈物をもらうのだが、それが厄介のタネになるのだ。ゴル爺はそのあたりの事情を推測して、げじげじの眉を少しだけ顰めた。
『蕎麦粉は、持ってきたか?』
『うん、もらってきたよ』
『じゃあ、これを食べ終わったら、蕎麦を打ってやろう』
ゴルの言葉に、シウリンはにっこりと微笑んだ。
『ありがとう』
あらかたの食事が終わり、ゴル爺は炭焼き窯の様子を見て、しばらく目を離してもいいと判断すると、室内のテーブルを綺麗に拭き、大きな鉢を取り出す。シウリンが持ってきた蕎麦粉を鉢に入れ、小麦粉を加えよく混ぜ合わせる。次に水を加え、両手で丁寧に混ぜ始めた。生地がまとまり始めると、丁寧に丁寧に練り込む。シウリンはその様子をじっと見ていた。
『ゴル爺さんは、どこで蕎麦造りを習ったの?』
『シウリン、蕎麦は〈打つ〉って言うんだ』
『ああ、そうだったね。……どこで習ったの?』
普段無口なゴルは、どいういうわけか、蕎麦を打っている間だけは饒舌になる。
『……わしは、聖地に入る前は騎士をしておったんだ。庶子だが貴種の出でな。聖騎士として巡検にも出たんだ』
『ショシって何?』
『正妻の子じゃなくて、側室の子なんだ』
シウリンには正妻と側室の意味は理解できなかった。
『聖騎士ってのは、何をするの?』
『辺境を回って、魔物を討伐する。魔物は、聖別された武器でなければ倒すことができない。聖別された武器の力は、魔力を持つ貴種の、聖騎士だけが引き出せる』
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