【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

26、露見*

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 宿舎に戻った一行は恭親王を寝室に運び入れて、薬を飲ませ、眠らせた。

「慣れない土地で疲れが溜まり、胃が弱っていたところに、イノシシの肉を食べて一気に来たのでしょう」

 メイローズの見立てに、デュクトが頷く。

「最近、廉郡王殿下らが毎晩のように獣人遊びにお誘いなさるからな。疲れが溜まっておられたのだ」
「それもそうですが……」

 メイローズが上目使いにデュクトを睨む。

「正傅殿にもお控えいただきたいですが。お体の方も心配ですが……他の殿下たちの侍従も出入りするのですよ。噂にでもなっては困ります」

 何を言われているのか察したデュクトが唇を引き結ぶ。

「仕方がないだろう……殿下が……その……」
「殿下からは、夜に正傅役殿を部屋に入れるなとのご命令を受けているのですよ。……結局、いつも殿下は流されておしまいになりますが、殿下はもう、この間違った関係を清算なさりたいとお考えなのですよ。なのに……。もともと成人したら終わる仲ではなかったのですか」

 メイローズに咎められて、デュクトは一言もない。本来、あってはならない関係だ。デュクトは主の美しい肢体の魅力に取りつかれ、今やデュクトはすっかり溺れてしまっている。先日、主にはっきりと拒まれ、デュクトは頭に血が昇って力ずくで関係を強いてしまった。理性では主のために身を引くべきだとわかっているのに、あの蠱惑的な眼を見るともう、ダメだ。周囲に知られたら、自分はともかく、主の名誉が傷つく。それだけは避けなければならないと、わかっているのに。

 掌を握りしめて、デュクトが欲望に耐えている時、寝室の主が手を打った。

「誰か……水を……水を持ってきて」

 メイローズが素早く水差しの水を準備し、持って行こうとするのを強引に奪い取り、デュクトが大股で寝室に入っていく。

「あ……!いけません!」

 メイローズが慌てて取りすがろうとするが、その目の前で無情にも扉は閉められたのだった。





 その夜。ゾーイが馬の世話や武具の手入れを終え、恭親王の住む南棟に戻ってきたところで、月の光の射しこむ中庭の木の陰に、心配そうに佇む成郡王に会った。

「どうなさったのです? 殿下、こんなお時間に。冷えてしまいますよ」
「……ゾーイ。ユエリンのお見舞いに行ったのだけれど、メイローズが入れてくれなかったんだ」
「そんなに、具合が悪いのですか」

 ゾーイが心配そうに眉を顰める。
 
「うん……でも、デュクトは中に入っていくのを僕、見たんだよ。なんかさ、ちょと羨ましくてさ……」
「正傅殿が?」
「うん……ユエリンは何のかんのいっても、デュクトにべったりだよね。まるで……恋人同士か何かみたい」
「まさか……」

 ゾーイは、胸の中に不快な靄が沸き起こるのを感じる。

「ゾーイも覗いてみてよ。ゾーイなら、入れてくれるかも、しれないし」

 そう言って、成郡王は寂しそうに自室の方に去っていった。
 それを見送ってから、ゾーイは、何となくある予感を感じて、メイローズの控える恭親王の居間を訪れた。

「殿下のお加減はどうだ?」
「はい……その、お休みでいらっしゃいます」
「ご様子を拝見することはできないか?」
「それは……ちょっと……」

 妙に歯切れの悪いメイローズの様子に、ゾーイは不信感を抱く。

「……正傅殿が見つからないのだが、殿下のお側ではないのか?」
「え……ええ、まあ」

 ゾーイが精悍な眉を顰め、日に焼けた男らしい顔に苦みばしった表情が浮かぶ。

「正傅殿が拝謁できるのであれば、俺も少しお話したいことがあるのだが……」

 珍しくメイローズが狼狽し、懇願するようにゾーイを押しとどめる。

「いえ、その、誰も通すなと言われておりまして……お話しの件は明日一番にでもお伝え致しますので、今日の所は……」

 しかしその時、鋭敏なゾーイの耳は、押し殺した呻き声のようなものを聞きとっていた。

「!……お苦しみではないのか?」

 顔色を変えて恭親王の寝室の扉に近づくゾーイを、メイローズが慌てて止めようとして引っ張るが、宦官としては体格のよいメイローズであっても、武人として鍛えあげたゾーイを止められるものではない。

「……あっ……ううぅ……ああっ……」

 扉に耳を寄せるとはっきりと聞こえてくる主の呻き声。だがこれは――。
 そうっと音を立てぬように薄く扉を開け、息を殺してゾーイが中を覗き込む。窓から月明かりが差し込み、室内を照らしていた。

 ゾーイが目にしたのは、部屋の隅の寝台の上で、白く華奢な恭親王が俯せに敷布に押し付けられ、獣のような体位でデュクトに犯されている光景だった。

 月明かりの中、美しい顔を愉悦に歪め、白い喉を仰け反らせて喘ぐ恭親王と、その身体を背後から抱き込んで、細い首筋に唇を這わせ、激しく腰をぶつけるデュクトの姿に、ゾーイの目の前は嫉妬とも怒りともつかぬ感情で赤く染まった。腹わたが煮えたぎるほど、どす黒い怒りで充満する。その一方で、頭は恐ろしいほどすっと冷めた。ゾーイはそっと扉を閉じる。

 背後で、息を殺して成り行きを見守っていたメイローズがほっと息を吐く。その端麗な紺碧の瞳を、射殺すぐらいの凶悪な眼光で睨みつけ、ゾーイは扉の前を離れ、部屋の入口近くまで下がる。
 おずおずとついてきたメイローズに向かって、これ以上ないほど低い、冷たい声で尋ねる。

「どういうことなのだ……?」

 メイローズは真っ青な顔をしている。皇子の正傅が主である皇子を凌辱している。それを側仕えであるメイローズが黙認しているというのは、どう考えても異常だ。

「メイローズ、何故、デュクトを止めぬ。たとえ合意の上であっても許されることではないぞ」

 さすがにメイローズは事態の異常さを理解している故に、震えているのであろう。

「……申し訳ありません。傅役殿には……もうやめるよう何度も……」
「いつからなのだ」
「私が把握しているのは、昨年の末で……でも、もしかしたら、もう少し前から……」

 ゾーイは強い眩暈を感じていた。嫌悪感と、吐き気と、嫉妬と、様々なものがグルグルと回る。

「お前は、知りながら黙っていたのか?」
「その……殿下は陽の精気が不足して……ひどくお苦しみの時期があって……その時に、陽の精気を補給するためだと……、正傅殿が……」

 デュクトの家は代々皇子の傅役を務める家系だ。閨房の時期の皇子に対し、独自のノウハウを持っているのはわかる。
 だが、いかに皇子の苦しみを緩和するためといえ、その体を犯していいわけがない。ましてや、成人の後もその関係を継続するなど、言い訳のしようがない。

「今後、このようなことは絶対にないようにせよ。……デュクトにも殿下にも、俺からもきつく話をする。それから、この件は誰にも知られぬように心せよ」

 メイローズは無言で頭を下げる。
 ゾーイは煮え立った胸の内と、異様に冷めた頭を抱えて、皇子の寝室を後にした。



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