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四竅
22、異母兄弟
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露台で成郡王と少女と三人、河を見ていたら、デュクトが部屋の用意ができたと言って、呼びにきた。少女と別れ、成郡王と二人、妙にキラキラした部屋に通される。背伸びして頑張って装飾したのが丸わかりだ。
「なんだか目がちかちかしそうな部屋だねぇ」
成郡王が周囲を見回す。皇子がどこかの部屋に忍びこんで羽目を外さないように、数人で一部屋にして監視するのだという。そこまでするのなら、妓楼になど連れてこなければいいのにと、内心呆れる。
寝支度を整え、大きな寝台で成郡王と二人、寝具に横たわる。
「男と同衾とか、正直微妙なんだけど」
「お互いさまだよ」
そんな軽口をたたいていると、恭親王が気配を捉える。
「誰だ?」
厳しく誰何すると、聞きなれた声が返る。
「ゲルです。……お休みだと思い、お声をおかけしませんでした」
「ゲルか……近くにこい。他の者はどうした?」
ゲルが寝台の傍による。微かに脂粉の香りがした。ゲルもデュクトも、妻や家族のことを話題にしないので、恭親王は彼らも男だということを失念していた。まあ、デュクトちょっと特例としても。
「今はゾーイが個室に上がっております。あれはその、体力お化けですので、おそらく朝まで戻りますまい。それで、俺と、デュクトで朝まで殿下の見張りを交代でいたします」
「デュクトはまだ妓女を抱いてないだろう? 行かせてやれよ。ジーノは?」
「ジーノは酔っぱらって寝ています。デュクトは妓女の方は必要ないと」
恭親王は眉を顰める。へんに操だてされても困るという気分だった。
「……さっきの娘が言っていたけれど、この辺りは魔物が出るの?」
恭親王は話題を変えた。
「何分にも辺境でございますので。異民族が住む界隈はどうしても陰陽の調和が失われやすく、魔物が出現しやすいのです。このあたりの異民族自体、族長一族は魔物の末裔とも言われておりますので」
恭親王が思わず身を起こす。
「そうなの? このあたりは、ベルンチャ族と、ヨロ族と……えーと」
「あと、マンチュ族ですね。……いずれも元は一つの一族で、魔狼の末裔とか」
かつて、世界を覆った〈混沌〉の闇の時代、世の中は調和を失い、世は魔物が溢れた、とされる。その時、天から遣わされた太陽の龍騎士とその眷属が魔物を討伐し、再び世界に光を取り戻した。辺境に今も残る異民族は、その時討伐された魔物の末裔であり、今も魔物を崇拝する者もいる。〈禁苑〉の教えの届かぬ辺境は陰陽の調和が崩れやすく、時折魔物の発生に見舞われる。辺境の砦は異民族と魔物から帝国を守る防衛線でもある。
「ここ二、三年、北方では魔物の発生は報告されていなかったのですが、今年はあったのですか。中央に報告して対策を取らねばなりませんね」
魔物は一般の野獣と異なり、特別に聖別された武器でしか害することができない。そしてその武器の聖別された力を引き出すことができるのは、太陽の龍騎士の血を受け継ぐ龍種と、その眷属の末裔である貴種だけなのである。十二貴嬪家が公主を尚して皇家の血を常に保ち、武門の名家として軍を掌握するのも、龍種と貴種の血統を守るためだ。先帝の公主を母に持つゾーイと、同じく祖母が公主であるゾラは、次の世代に魔物討伐の中心となるように期待されているし、皇子が辺境の砦を巡検に訪れるのも、彼らがいずれ魔物討伐の指揮を取らねばならぬからであった。
恭親王は再び寝具に身を横たえる。
魔物――。
聖地にいた時には『聖典』の記述でしか見ることのなかった太古の生き物。
陰陽の調和した世には現れない、不調和の醜い産物。
聖地を遠く離れた帝国の辺境には、魔物たちがいると思うと、眼が冴えてしまった。
「……ねえ、ゲル。僕たちは娼妓と寝ることは禁じられていて、もう僕もその理由は理解したけれど、今まで毎晩のように女の子と寝るように言われていたから、急に禁欲しろと言われて、どうすればいいかわからないのだけれど」
恭親王が躊躇い勝ちにゲルに尋ねる。実際には、辺境に来てからもデュクトが忍んで来るので、性的な欲求は解消されているのだが、恭親王は最近、デュクトがあまりにも当たり前に自分を抱いていくことに違和感を感じ始めていた。デュクトとの行為は、二人にとって罰でなければならないが、デュクトにはもはや罰としては機能していないようだ。周囲に漏れないうちに、関係を解消した方がいい。だが、デュクトとの関係を切って、恭親王は禁欲できるかどうか、不安に感じていた。
本当はゲルとはこういう話をしたくない。が、デュクトに相談するわけにもいかないので、恐る恐る口にする。ゲルの方も、恭親王の言葉に一瞬、目を見開いたが、さすがは副傅だけあって、戸惑いは押し隠して答えた。
「……その、無理に我慢しすぎませんように。あまり溜めすぎるとお体にもよろしくありませんので、ご自分でするか、メイローズに言えば抜いてくれると思います」
「じ、自分で?……というか、メイローズに頼むとか、絶対、無理」
思わず声が裏返る恭親王に、まだ起きていた成郡王が言った。
「えっ、ユエリン、自分でしたことないの?」
「……アイリンは自分でするの……?」
「自分でした方が気が楽だし……。僕も宦官とは無理だな」
そうか、自分でするなんてそんな手段があったのかと、目から鱗な気分であった。
「辺境の砦には男しかおりませんので大丈夫ですが、出した後の精にはご注意くださいね。平民の女が知らずに触れると、皮膚が爛れてひどい事になりますので」
一旦用事があるとか言って、ゲルが下がったところで、成郡王が恭親王に囁いた。
「溜まってるの? ユエリン。僕が抜いてあげようか?」
「! ちょっやめてよっ! 何言ってるの?」
「僕のこと、嫌い?」
「嫌いとか好きとかじゃなくて、そういうのはちょっと……」
「だって知ってるよ、君……デュクトと、寝てるんでしょ?」
ずん、と全身の体温が五度くらい下がった気がした。
「な……にを……」
「安心して。誰にも言わない。デュクトの目を見てたら、あいつがユエリンのこと、どう見てるかわかるよ。そして、ユエリンはあいつに怯えてる。……もしかして、無理矢理やられちゃったの?」
カタカタと歯の根が合わないほど震えはじめる恭親王を、成郡王が後ろから抱きしめる。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったの。ただ……悔しくてさ。僕も……ユエリンのこと、好きだから」
瞬間、呼吸が止まる。成郡王の言っている意味が理解できず、ただただ動揺する。
「君は……僕の兄、だよ」
「一応、ね。わかっているよ、そんなの」
「秀女の……なんだっけ、鈴蘭?が好きなんじゃないの?」
成郡王は今も秀女は一人しか置いていない。
「今は君の方が好きだ」
「僕は、男には興味ないよ」
「女にもないだろう?」
そう言いながら、ぴったりと寄り添ってくる成郡王に、恭親王は恐怖を感じる。尻のところに何か、硬いものが当たるのが、いっそうの恐怖を煽りたてる。
「や……やだ……やめて……!」
恭親王が切羽詰まった声で訴えると、成郡王がすっと体を離した。
「ごめん。乱暴なことはしないよ。それに、どう考えても君の方が強いからね。無理だよ」
そう、くすっと笑うと、成郡王は離れた場所で横たわったようだ。しばらく恐怖にかられて振り向けず、全神経を背後に集中して固まっていると、やがて背後から規則正し寝息が聞こえてきた。それでもしばらく動くことができず、長い時間がたってから恐る恐る振り向くと、成郡王は睫毛を伏せて眠っていた。
恭親王はなるべく成郡王から離れて、眠れない一夜を過ごした。
「なんだか目がちかちかしそうな部屋だねぇ」
成郡王が周囲を見回す。皇子がどこかの部屋に忍びこんで羽目を外さないように、数人で一部屋にして監視するのだという。そこまでするのなら、妓楼になど連れてこなければいいのにと、内心呆れる。
寝支度を整え、大きな寝台で成郡王と二人、寝具に横たわる。
「男と同衾とか、正直微妙なんだけど」
「お互いさまだよ」
そんな軽口をたたいていると、恭親王が気配を捉える。
「誰だ?」
厳しく誰何すると、聞きなれた声が返る。
「ゲルです。……お休みだと思い、お声をおかけしませんでした」
「ゲルか……近くにこい。他の者はどうした?」
ゲルが寝台の傍による。微かに脂粉の香りがした。ゲルもデュクトも、妻や家族のことを話題にしないので、恭親王は彼らも男だということを失念していた。まあ、デュクトちょっと特例としても。
「今はゾーイが個室に上がっております。あれはその、体力お化けですので、おそらく朝まで戻りますまい。それで、俺と、デュクトで朝まで殿下の見張りを交代でいたします」
「デュクトはまだ妓女を抱いてないだろう? 行かせてやれよ。ジーノは?」
「ジーノは酔っぱらって寝ています。デュクトは妓女の方は必要ないと」
恭親王は眉を顰める。へんに操だてされても困るという気分だった。
「……さっきの娘が言っていたけれど、この辺りは魔物が出るの?」
恭親王は話題を変えた。
「何分にも辺境でございますので。異民族が住む界隈はどうしても陰陽の調和が失われやすく、魔物が出現しやすいのです。このあたりの異民族自体、族長一族は魔物の末裔とも言われておりますので」
恭親王が思わず身を起こす。
「そうなの? このあたりは、ベルンチャ族と、ヨロ族と……えーと」
「あと、マンチュ族ですね。……いずれも元は一つの一族で、魔狼の末裔とか」
かつて、世界を覆った〈混沌〉の闇の時代、世の中は調和を失い、世は魔物が溢れた、とされる。その時、天から遣わされた太陽の龍騎士とその眷属が魔物を討伐し、再び世界に光を取り戻した。辺境に今も残る異民族は、その時討伐された魔物の末裔であり、今も魔物を崇拝する者もいる。〈禁苑〉の教えの届かぬ辺境は陰陽の調和が崩れやすく、時折魔物の発生に見舞われる。辺境の砦は異民族と魔物から帝国を守る防衛線でもある。
「ここ二、三年、北方では魔物の発生は報告されていなかったのですが、今年はあったのですか。中央に報告して対策を取らねばなりませんね」
魔物は一般の野獣と異なり、特別に聖別された武器でしか害することができない。そしてその武器の聖別された力を引き出すことができるのは、太陽の龍騎士の血を受け継ぐ龍種と、その眷属の末裔である貴種だけなのである。十二貴嬪家が公主を尚して皇家の血を常に保ち、武門の名家として軍を掌握するのも、龍種と貴種の血統を守るためだ。先帝の公主を母に持つゾーイと、同じく祖母が公主であるゾラは、次の世代に魔物討伐の中心となるように期待されているし、皇子が辺境の砦を巡検に訪れるのも、彼らがいずれ魔物討伐の指揮を取らねばならぬからであった。
恭親王は再び寝具に身を横たえる。
魔物――。
聖地にいた時には『聖典』の記述でしか見ることのなかった太古の生き物。
陰陽の調和した世には現れない、不調和の醜い産物。
聖地を遠く離れた帝国の辺境には、魔物たちがいると思うと、眼が冴えてしまった。
「……ねえ、ゲル。僕たちは娼妓と寝ることは禁じられていて、もう僕もその理由は理解したけれど、今まで毎晩のように女の子と寝るように言われていたから、急に禁欲しろと言われて、どうすればいいかわからないのだけれど」
恭親王が躊躇い勝ちにゲルに尋ねる。実際には、辺境に来てからもデュクトが忍んで来るので、性的な欲求は解消されているのだが、恭親王は最近、デュクトがあまりにも当たり前に自分を抱いていくことに違和感を感じ始めていた。デュクトとの行為は、二人にとって罰でなければならないが、デュクトにはもはや罰としては機能していないようだ。周囲に漏れないうちに、関係を解消した方がいい。だが、デュクトとの関係を切って、恭親王は禁欲できるかどうか、不安に感じていた。
本当はゲルとはこういう話をしたくない。が、デュクトに相談するわけにもいかないので、恐る恐る口にする。ゲルの方も、恭親王の言葉に一瞬、目を見開いたが、さすがは副傅だけあって、戸惑いは押し隠して答えた。
「……その、無理に我慢しすぎませんように。あまり溜めすぎるとお体にもよろしくありませんので、ご自分でするか、メイローズに言えば抜いてくれると思います」
「じ、自分で?……というか、メイローズに頼むとか、絶対、無理」
思わず声が裏返る恭親王に、まだ起きていた成郡王が言った。
「えっ、ユエリン、自分でしたことないの?」
「……アイリンは自分でするの……?」
「自分でした方が気が楽だし……。僕も宦官とは無理だな」
そうか、自分でするなんてそんな手段があったのかと、目から鱗な気分であった。
「辺境の砦には男しかおりませんので大丈夫ですが、出した後の精にはご注意くださいね。平民の女が知らずに触れると、皮膚が爛れてひどい事になりますので」
一旦用事があるとか言って、ゲルが下がったところで、成郡王が恭親王に囁いた。
「溜まってるの? ユエリン。僕が抜いてあげようか?」
「! ちょっやめてよっ! 何言ってるの?」
「僕のこと、嫌い?」
「嫌いとか好きとかじゃなくて、そういうのはちょっと……」
「だって知ってるよ、君……デュクトと、寝てるんでしょ?」
ずん、と全身の体温が五度くらい下がった気がした。
「な……にを……」
「安心して。誰にも言わない。デュクトの目を見てたら、あいつがユエリンのこと、どう見てるかわかるよ。そして、ユエリンはあいつに怯えてる。……もしかして、無理矢理やられちゃったの?」
カタカタと歯の根が合わないほど震えはじめる恭親王を、成郡王が後ろから抱きしめる。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったの。ただ……悔しくてさ。僕も……ユエリンのこと、好きだから」
瞬間、呼吸が止まる。成郡王の言っている意味が理解できず、ただただ動揺する。
「君は……僕の兄、だよ」
「一応、ね。わかっているよ、そんなの」
「秀女の……なんだっけ、鈴蘭?が好きなんじゃないの?」
成郡王は今も秀女は一人しか置いていない。
「今は君の方が好きだ」
「僕は、男には興味ないよ」
「女にもないだろう?」
そう言いながら、ぴったりと寄り添ってくる成郡王に、恭親王は恐怖を感じる。尻のところに何か、硬いものが当たるのが、いっそうの恐怖を煽りたてる。
「や……やだ……やめて……!」
恭親王が切羽詰まった声で訴えると、成郡王がすっと体を離した。
「ごめん。乱暴なことはしないよ。それに、どう考えても君の方が強いからね。無理だよ」
そう、くすっと笑うと、成郡王は離れた場所で横たわったようだ。しばらく恐怖にかられて振り向けず、全神経を背後に集中して固まっていると、やがて背後から規則正し寝息が聞こえてきた。それでもしばらく動くことができず、長い時間がたってから恐る恐る振り向くと、成郡王は睫毛を伏せて眠っていた。
恭親王はなるべく成郡王から離れて、眠れない一夜を過ごした。
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