【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

15、朝練

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 辺境騎士団の朝は早い。
 夜明けとともに起き出し、まずは朝の鍛錬。この砦には三千人の兵士が常駐するが、それを一隊五百人の六個大隊に分け、さらに一隊百人ずつの小隊に区分けする。一個大隊ごとに交代で夜勤をし、その隊は朝練が免除になるが、他の五百人×五隊が剣術、馬術、弓術、槍術、そして徒手拳と日替わりで鍛錬することになっていた。

 この朝の鍛錬、巡検に訪れた皇子は免除されていた。にもかかわらず、恭親王は自ら、その朝練に姿を現したのである。
 
 初めて朝練の場に現れた、恭親王の少女のような楚々とした出で立ちに、女日照りの荒くれ兵士は色めきたち、口笛を吹いて囃し立てる不届き者すらいたという。口笛を吹かれた当の恭親王の方は、全く意味を理解していない。泡を食って駆けつけた辺境の司令官ら上級将校たちに、

「せっかくの機会だから鍛錬に参加したい」

と、静かに告げて訓練への参加を申し出る皇子に、周囲は混乱した。皇子の玉体に傷でもつけたら、と恐る恐る対峙する指南役の兵士に、華麗な剣筋を披露してその剣を叩き落とし、言った。

「もっと全力でやってもらわないと、訓練にならぬ。北方の兵は弱兵ばかり、と皇上に報告せねばならぬが、どうする」

 こうまで言われれば、真面目にやらないわけにいかない。指令官は数人、腕自慢の兵士を皇子の相手に指名した。恭親王はまだ華奢な身体つきをしていたが、その細刃の剣のキレは尋常でなく、腕自慢の剣も宙を舞う。意外にも力が強く、持久力もあった。恭親王は魔力を体内に循環させて身体能力を強化しているのだから、並大抵の男よりも筋力も体力も瞬発力もあるのだ。三人目、剛力の大男がようやく皇子の剣を叩き折って皇子に尻餅をつかせ、辺境の荒くれ男たちの面目を保った。
 皇子はすらりと立ち上がってこう言った。

「見てのとおり、私の腕はまだまだ未熟だ。お前たちと鍛錬できるのは幸運だな。これからよろしく頼む」

 以来、彼はその剛力男を見つけると気さくに話かけ、時には稽古の相手役に指名した。

「戦場では皇子だからといって遠慮してはくれないだろう。体格の大きな相手とどう戦うか、こういう機会がなければ訓練できないからな」

 思いがけなく美貌の皇子のお気に入りになった剛力の大男は、後ほど食堂で仲間たちに語ったらしい。

「握手した手の感触がすべすべしててよ、まるで吸い付くみたいだっただ。近づくと髪の間からふわっといい匂いもするし、ベルン河の河畔の妓館の妓女よりも色っぽくて、俺ぁおっつかと思ったぜ」

 ほぼ毎日、槍術や弓術の朝練にも日替わりで参加し、汗を流す。腕立て伏せや腹筋、走り込みといった筋力増強の鍛錬を兵士とともに行う。体術の組手の相手は、さすがに一般の兵士にはやらせず、ゾーイかゾラが行うけれど、他のメニューは全て一般の兵士たちと同じ。皇子は見かけからは想像もできない程の体力お化けであるが、それでも厳しい鍛錬にバテて地面に伸びている姿はむしろ悩ましくて、劣情のこもった眼で見つめる兵士たちも多かった。もっとも、常にゾーイとゾラという二人の手練れががっちりとガードして近づくこともできない。だが、自ら兵士の中に飛び込む皇子の姿は、兵士たちに驚きと歓迎を持って迎えられた。

 廉郡王のもとに、恭親王が朝練に参加していることが知らされたのは、一週間も経ってからだった。

「何やってんだよ!あいつは!」

 廉郡王は思わず叫んだ。根っから皇子である廉郡王には、一般兵士と一緒に鍛錬するという発想がそもそも、ない。しかも信じられないことに、朝練後には兵士たちと一緒に風呂に入り、兵士と同じ朝食を摂っているという。どうりで朝飯の時に恭親王を見ないはずだ。

「アイリン、お前、聞いてたかよ?」

 廉郡王が成郡王を質すと、成郡王が複雑そうな顔で言った。

「朝食に出てこないから、理由を聞いたんだ。それで、僕も一緒に朝練に出ると言ったんだけど、ユエリンが言うには、たぶん、僕とマルインでは着いてこれないって。しばらく昼の鍛錬だけに参加して、少し体力を上げてからにしろって」

 北方の遊牧民に備えるための、辺境騎士団の訓練は群を抜いて厳しい。帝都から遠い辺境には、魔力のある人間が少ないので、とにかく鍛えに鍛えなければ帝国が望む騎士の技量を維持できない。また辺境は力自慢の荒くれ男が行きつく場所である。彼らのような戦士としての技量だけを頼りに生きる者たちは、毎年訪れる、煌びやかな皇子とその側近たちを、内心馬鹿にしている。今年の皇子たちは、(一人を除いて)これまた殊更になよなよしているな、と彼らが舐めている空気を、恭親王は感じていた。
 だからこそ、彼らが美眉かわいこちゃんと揶揄した恭親王自身が、その見かけに不似合いな実力を敢えて晒し、彼らの度肝を抜き、その認識を改めさせたのだ。
 しかし、魔力量に差があるため、恭親王には可能な魔力による体力増強や筋力強化が成郡王では不十分である。ここでのこのこ成郡王が出てきてこてんぱんに伸されてしまうと、「やっぱり皇子は弱かった」という話になりかねない。あまりに無様な様子を晒せば、帝国の威信にも関わるのだ。

「傅役たちは止めないのか?」

 ゼクトが少しばかり呆れた表情で言った。

「さすがに訓練後の入浴まではデュクトは反対したようです。風呂は宿舎でお湯を沸かして入ればよい、と。ところが、殿下は『薪が勿体ない』の一言で退けたそうにございます」

 北方辺境の砦は大河ベルンの畔にある。周囲は岩山と灌木がならぶ荒地で、薪が貴重なのだ。しかし、こんな男ばかりのむさ苦しい風呂に、雪のような白い肌をした皇子が入ってきたら、どんな騒ぎになるか。

「あいつ、犯されたいのか?」

 狼の群れに子羊を、飢えた荒くれ男たちのなかに、処女を投げ込むようなものだ。

「それは、ゾーイ卿がぴったりとついております故、大丈夫でしょう。浴室の外ではゾラ卿とデュクト卿がいつでも剣が抜けるようにして護衛しておるそうですし」

 もともと、ゾーイは皇子の傷を確認するために稽古後は一緒に入浴していた。ゾーイの指導を受けた時は、廉郡王もそうする。美丈夫の侍従武官であるゾーイが、美少年の皇子の肌の傷跡を一つ一つ辿って、怪我の具合を確かめる姿は、何とも言えない淫靡さで、お湯だけでない理由で逆上せて出てくる若い兵士も多いそうだ。

「何をやっているんだよ、あいつは……」

 廉郡王は無意識にこめかみを押さえる。結局、負けず嫌いの廉郡王も、翌日から朝練に参加し、一緒に風呂に入り、兵士と同じ朝飯を食う羽目になった。廉郡王は、初日に砦の兵士たちが恭親王を評して美眉かわいこちゃんと呼んでいたのを耳に挟んでいた。そんな危険場所に、叔父にして友人を放っておくことはできない。

 皇子にしてはものにこだわらない、豪放な性格の廉郡王は、朝練にも風呂にも、すぐに溶け込んだ。大人しくしていれば十分貴公子めいた容姿をしているのに、大人しくしていることができないのが廉郡王だ。朝練に参加すれば相手の兵士を容赦なく叩き潰すし、風呂に入ればいい気分になって兵士たちと肩を組んで歌い出す。これはこれで、

「皇子サマってもっとお高く留まってるのかと思ったら、案外いいやつじゃないの」

と、廉郡王も兵士たちには好意的に受け入れられたのだ。
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