【R18】渾沌の七竅

無憂

文字の大きさ
上 下
88 / 255
四竅

14、辺境騎士団

しおりを挟む
 北方騎士団の拠点となる国境の砦まで、馬で七日。帝国の北方の境界線・大河ベルンの畔に聳える石造りの巨大な城砦が見えた時には、さすがの一行もほっとする。
 
 北方辺境騎士団の砦は、帝都暁京ギョウケイより北東方面、大陸の東の海に流れ込むベルンの川幅が大きくなる辺りに置かれている。対岸はわずかに見える程度、ちょうど夕暮れ時で、沈む夕陽が大河ベルンの水面を赤く染めている。聖地から最も遠い、帝国拠点の一つである。

 鉄の釘を打たれた巨大な城門がゆっくりと開かれ、騎士団の歓呼に迎えられて入城する。毎年のように皇子たちを迎える騎士団の面々にとっても、恭親王の際だった美貌は目を引いた。
 
「うわ、とんでもない美眉かわいこちゃんがいるぞ!」
「馬鹿者、あれが今上の最も鍾愛する第十五皇子様だ」
「うっそ、あれが男とか、俺ショックで死ねる」
「皇子でなかったら、間違いなく今夜中に掘られるな」

 ひそひそとあけすけな話声もかわされ、耳に挟んだゾーイは瞬間、頭が沸騰しそうになったが、ギリギリで堪えた。

「全く! 誇り高き帝国の騎士団でありながら、殿下に対してなんたる不敬!」

 腸が煮えるほど怒り狂っているゾーイを、ゾラが宥める。

「まあまあ、すっごい女日照りなんだから、しゃーないって。下手な女より殿下の方がキレーなんだから」

 そうして、耳元に口を寄せていった。

「さすがに、親王殿下に夜這いかける強者はいねぇとは思うけど、万一にもそんな事故・・があったら、間違いなく俺たちの首が飛んじまう。注意はするにこしたことはねーぜ。こういう遊ぶところもねぇような、田舎の騎士団では時々あるっていうからね」

 ゾーイははっとして、周囲を見回すのであった。

 そのまま、砦の大広間にて騎士団幹部との顔合わせが行われた。
 今年は何分にも、三か月の長期巡検をさらに五皇子で、という異例さである。騎士団側の負担も大きい。特に、昨年に成人した成郡王と肅郡王の二人は、教育が不十分で技量が足りていない上、ろくな側仕えも付けられていない、というもっぱらの噂であった。騎士団長のパーヴェルと副団長のオロゴンは、緊張した面持ちで五人の皇子たちを迎えた。

 先頭は最も爵位の高い恭親王で、以下、成郡王、肅郡王、廉郡王、そしてダヤン皇子という順に広間に入っていくる。待ち受けた騎士たちは、まず恭親王の他を圧する美貌に、そして廉郡王の十五歳にはとても見えない身体の大きさに、驚愕する。この容姿のよく似た二人が目立ちすぎて、他が目に入らない。

「北方辺境騎士団団長、パーヴェルにございます。殿下方には、はるばる北方辺境の備えのためにご来臨を賜り、恐悦至極に存じます」
「三か月、迷惑をかける。よろしく頼む」

 繊細な美貌に似合わぬ豪胆な態度で恭親王が皆を代表して挨拶を返す。後は、恭親王の傅役であるデュクトとゲル、廉郡王の傅役であるゼクトとエルド、そして成郡王の傅役のジーノ、ダヤン皇子の傅役のゲリオラが進み出て自己紹介し、具体的な事務仕事については彼らが管轄すると伝えた。それから、ゾーイが進み出て、皇子たちの巡検に扈従する皇宮騎士団の精鋭二百騎の統轄は彼が行うことを述べた。

 団長のパーヴェルは以前よりゾーイと面識があった。マフ家の末子が統轄するのであれば、厄介はおこるまい。さらに二皇子の正傅としてソアレス家の者が二人もついている。頼りない年上の二皇子を十分にフォロー可能な布陣と知り、パーフェルは少しばかり胸を撫で下ろす。騎士団側からは、二十歳前後の一人の端正な騎士が進み出て、パーヴェルが皇子ら一行に引き合わせる。

「こちら騎士団の中尉を務めております、フランザ子爵の嫡男、ミシェルです。殿下方との接待役として、折衝の窓口を命じてございます。何か問題がありましたら、この者にお申しつけください」
「ミシェルと申します。お見知りおきください」

 辺境出の騎士とは思えぬ、すらりとした体躯に端正なマスク、魔力もそこそこあって、品がいい。それに、フランザ子爵と言う名に、聞き覚えがあった。

「ミシェルじゃねーか! 三年、いや四年ぶりか? 俺のこと憶えてるか?」

 ゾラが気安く声をかける。ミシェルが嬉しそうに茶色い目を見開いた。

「……ゾラ卿! 憶えておりますとも! 相変わらず、お元気そうで何よりでございます」
「よせやい、普通にしゃべれってば! キモイぞ!」
「……これが普通なのですが……」

 貴族的な容貌のミシェルは、巡検の世話役をすることが多く、ゾラよりもよっぽど貴族的な喋り方ができる。以前、ゾラが巡検で滞在した時の世話役も彼で、その時に親しくなったのだ。
 
 恭親王は、この品のいい騎士が例の不幸な秀女――現在は肅郡王が首ったけの秀女・槐花エンジュ――の兄であると気づいた。すらりと均整の取れた体躯と、何より辺境出とは到底見えない上品な雰囲気が槐花にもよく似ている。見たことはないが、この男の妹で、さらに槐花の姉であれば、お坊ちゃんのユルゲンが逆上せても仕方のない美しさに違いない。

 この日はミシェルの案内で宿舎に導かれ、そこでようやく、旅装を解くことができた。




 砦の城壁は二重になっている。将校や兵士たちの家族を含む居住区の内側に、緊急時の最後の籠城拠点ともなる第二の城壁がより高く組まれ、騎士団の本拠となっていた。皇子たちの宿舎には、内側の城壁に近い、大きな邸が当てられていた。砦に高位の貴族が大将軍として派遣された場合や、巡検の宿舎として利用されるのだ。中央の大きな四合院を五皇子で分けて使う。北棟を恭親王が、東棟を廉郡王と肅郡王が、西棟を成郡王とダヤン皇子で利用する。南の棟は侍従たちの詰所と食堂である。厨房は別棟で、ミシェルの指示で食事を運びこませている。
 皇子たちが着替えと入浴に出た隙に、ミシェルとゾラ、そしてゾーイ、ゲルフィン、トルフィンといった侍従たちが親交を温める。三か月もの巡検ともなると、現地の将校と良好な関係を保つのは絶対に必要だ。ゾーイが持参した帝都の名物、銘酒、ゲルフィンが用意した南方渡の貴重な傷薬などをミシェルに手渡し、幹部たちへの口利きを請う。それににこやかに頷いて、ミシェルは言った。

「後程、僭越せんえつなこととは存じますが、肅郡王殿下にご挨拶できますでしょうか。妹がお世話になっていると聞いておりますので」

 ミシェルが丁寧に尋ねるのを、ゲルフィンが頷いた。

「肅郡王殿下も、妹御よりのお手紙を預かっておられるようです。何分、辺境のご令嬢が秀女として入宮するのはご苦労も多い。こちらからの定期報告とともに、後宮に手紙を届けることも可能です。なんなりと言ってください」
「ありがとうございます。以前は帝都のソルバン家に住む妹にさえ、手紙が出せなかったようで……どうしたことかと、思いあぐねておりました」

 ミシェルが少しばかり疲れたような表情をした。妹が入宮してより、心の休まる暇がないのだろう。

「順親王殿下は少しばかり、思い詰めておられたようだ。今はご結婚も決まり、吹っ切れておられる。妹御をどうのこうのすることはもう、あるまい」
「俺が、あの時殿下やユルゲン卿を領地に連れて行かなければと、幾度後悔したかしれません。玉の輿など望んではおりません。ただ、幸せな家庭を持って欲しかったのですが……」

 結果、一人は十二貴嬪家の側室に、一人は秀女として皇子の側室候補になり、傍から見れば美しい妹を二人を持ったミシェルは果報者なのだろうが、その気苦労たるや、筆舌に尽くしがたい。

 そんな話をしているうちに、皇子たちが食事のために現れた。皆、木綿か麻の衫(シャツ)に袖なしの上着を纏う軽装だ。それぞれ宦官の導きに従って席に着く。

 七日間の旅を経て、五人の皇子たちはもうすっかりお互いに慣れていた。ゲルフィンがミシェルを伴って肅郡王の前に行き、ミシェルを紹介した。

「殿下、この者がフランザ子爵の嫡男、つまり、槐花殿の兄上の、ミシェル殿です」
「ミシェルと申します。妹がお世話になっておりますとか」
「あっ……こ、こんばんは! 槐花から話は聞いています。手紙も、預かってきているんだ。……い、今は持ってないんだけど。取ってこようか?」

 肅郡王が慌てて言うのに、廉郡王が窘める。

「落ち着けよ兄貴。三か月もいるんだ、慌てるこたねぇだろ」
「そ、そ、そうだね」

 ミシェルは、他の従卒たちと共に接待に駆けずり回っている、少年を呼び出した。

「兄上、どうしたのですか?」
 
 十四五に見える少年が、不思議そうに首を傾げる。
 
「殿下、これは我々の弟の、ユーエルです。見習いの騎士として騎士団に出仕しております。こちらも殿下方の接待役を仰せつかっておりますので、よろしくお願いいたします」
「ユーエルと申します。よろしくお願いします」

 折り目正しく礼をするユーエルは、黒い真っ直ぐな髪に、理知的な瞳をしていて、槐花によく似ていた。

「槐花にそっくりだねぇ!」
「年子なのです。ユーエル、三妹サンメイは今、この殿下にお仕え申し上げているそうだ」
「そうなのですか! 姉上はちゃんとやっていますか?」
「よく仕えてくれているよ」

 どうやら槐花は三女であるらしい。 
 こうして、北方の砦での、最初の夜を皇子たちは過ごした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わがまま坊っちゃんな主人と奴隷の俺

からどり
BL
「わがまま坊っちゃんな主人に買われた奴隷の俺」のリメイク&色々書き足しバージョンです。 肉体労働向けの奴隷として売られた元兵士のクラウスと彼を買った貴族で態度が大きい小柄なリムル。 長身ガチムチ年上奴隷✕低身長細身年下貴族。 わがままで偉そうに振る舞うお坊っちゃんに襲われ、振り回される包容力が高いマイペース奴隷のアホでエッチな日常にたまにシリアスなところもある話です。 18禁なので各話にアダルト注意などは書きませんが、エッチなのがない話もたまにあります。 ファンタージー世界なのでスライムもあります。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっております。……本当に申し訳ございませんm(_ _;)m

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【R18】没落令嬢の秘密の花園――秘書官エルスペス・アシュバートンの特別業務

無憂
恋愛
女であるため爵位を継げず没落した、元伯爵令嬢のエルスペス・アシュバートンは、生活のために臨時採用の女性事務職として陸軍司令部で働いていた。戦争が終わり、長く戦地にいた第三王子のアルバート殿下が、新たな司令として就任した。彼はエルスペスを秘書官に登用し、多岐にわたる「業務」を要求する。病弱な祖母を抱え、仕事を辞められないエルスペスは、半ば無理矢理、愛人にさせられてしまう。だがもともと、アルバート殿下には婚約者も同然の公爵令嬢がいて……。R18表現を含む回には*印。ムーンライトノベルズにも掲載しています。 ※YouTube等、無断転載は許可しておりません。

処刑された女子少年死刑囚はガイノイドとして冤罪をはらすように命じられた

ジャン・幸田
ミステリー
 身に覚えのない大量殺人によって女子少年死刑囚になった少女・・・  彼女は裁判確定後、強硬な世論の圧力に屈した法務官僚によって死刑が執行された。はずだった・・・  あの世に逝ったと思い目を覚ました彼女は自分の姿に絶句した! ロボットに改造されていた!?  この物語は、謎の組織によって嵌められた少女の冒険談である。

カップル奴隷

MM
エッセイ・ノンフィクション
大好き彼女を寝取られ、カップル奴隷に落ちたサトシ。 プライドをズタズタにされどこまでも落ちてきく。。

アリアドネが見た長い夢

桃井すもも
恋愛
ある夏の夕暮れ、侯爵令嬢アリアドネは長い夢から目が覚めた。 二日ほど高熱で臥せっている間に夢を見ていたらしい。 まるで、現実の中にいるような体感を伴った夢に、それが夢であるのか現実であるのか迷う程であった。 アリアドネは夢の世界を思い出す。 そこは王太子殿下の通う学園で、アリアドネの婚約者ハデスもいた。 それから、噂のふわ髪令嬢。ふわふわのミルクティーブラウンの髪を揺らして大きな翠色の瞳を潤ませながら男子生徒の心を虜にする子爵令嬢ファニーも...。 ❇王道の学園あるある不思議令嬢パターンを書いてみました。不思議な感性をお持ちの方って案外実在するものですよね。あるある〜と思われる方々にお楽しみ頂けますと嬉しいです。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。 ❇外道要素を含みます。苦手な方はお逃げ下さい。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

処理中です...