【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

11、捻じ曲げられた人生

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 順親王が顔色を変えるのを、全く意に介さずにその長い袖を捲り上げる。現れたのは、手首に明らかに残る、擦れたような傷跡だった。

「!!……それは……!」

 その場にいた男たちは、いずれも貴種として巡検に出、魔物の討伐に関わった経験を持っていた。故に、その傷が何かで縛られた痕であるとすぐに気づいた。 
 ユルゲンが驚きのあまり腰を浮かす。

「まさか、他の秀女にやられたのか!」

 しかし槐花は驚愕したままただ首を振った。

「兄上、だね? 兄上にやられたんだろう?」

 槐花は目を閉じて涙が流れるままに俯いた。それが、恭親王の問いに対する無言の肯定を示していた。

「先日、鐘楼で見た時には、こんな傷はなかった。だとすれば、あの後です。あの日、兄上の宮まで送っていったゲルフィンの話では、あなたは夜に外出した槐花に烈火の如く怒っていて、ゲルフィンの面前で折檻に及ぼうとしたのをゲルフィンに止められたそうですね。……結局、その後に暴力はなされた、ということですか。何の罪もない、むしろ被害者である彼女に対して」

 恭親王の声に、今度は露骨な侮蔑が込められていた。

「それは……槐花が、槐花が悪いのだ!こんなに愛しているのに、槐花が俺に心を開かないから……!」
 
 わめきたてる順親王に対し、恭親王がますますの嫌悪感を露わにした。

「この秀女が入宮したいきさつは噂になっています。彼女の実家が、秀女になる必要もない、経済的に困ってもいない家であることも。侍従の側室となった姉に懸想けそうした挙句あげく、その身代わりとして、権力を嵩に自分を無理矢理召し上げた男に、やすやすと心を委ねるほど、人は権力の言うままには動きませんよ。女一人の人生を捻じ曲げた自覚を、もっとお持ちになるべきです」

 恭親王は茫然とやり取りを見ていたユルゲンにも視線を留めた。

「今回のことは、元を正せばあんたの我儘が引き起こしたことだ。確かにこの娘の姉のことは本気で好きになって、彼女を守るために何でもするつもりだったのかもしれない。でも、愛する女の妹を生贄いけにえに差し出して、そうやって自分の幸せだけ守って後は知らんふりしてきたあんたの身勝手に、この子の姉だってうっすら気づいているだろう」

 ユルゲンは蒼白になって唇を震わせている。その様子から目を逸らし、恭親王は赤く擦り剥けた痛々しい傷を見下し、眉を顰めた。

「……可哀想に……。ゲル、手当をしてあげて。薬箱、持ってきているだろう」
「はい、ただ今」

 恭親王から言われるまでもなく、ゲルとジーノは傷を目にした瞬間に、予て用意してあった薬箱を取りに席を立っていた。薬品を見繕い、丁寧に白布を巻いてやる。貴種の侍従たちに手当されて、槐花は恐縮して頭を下げた。

 手当が済むと、恭親王は真っ直ぐに兄、順親王を見つめて言った。

「ひとまず、この秀女は母上の宮の預かりとさせていただきます。淑妃様に申し上げて淑妃様の預かりとさせることも考えましたが、どうやらそちらの宮は侍女どもに至るまで、石竹とやら申す女の虚言に振り回され、宮中でこの秀女を虐待していたようにも見えて、信用がおけません。後宮の綱紀こうきは皇后である母上が保つべきもの。淑妃様の方には、母上を通してお話させていただきますので」

 天幕の中は、水を打ったように静かになっている。物見高く見ていた秀女たちも雰囲気にのまれ、声を立てることもできない。
 冷静に、有無を言わさぬ威厳を漂わせる恭親王に、兄の順親王も反論できなかった。天幕の中の空気は、わずか十五歳の、まだ幼ささえ残る、一人の美少年に支配されていた。

 ゾーイも、デュクトも、内心、舌を巻いていた。一見、ただただ美麗で、線の細い少年のように見えるが、彼はその繊細な見かけの裏で、鍛え上げられた鋼のような強靭さを持っていた。

 とくに、三年前まで彼が聖地の貧しい見習い僧侶に過ぎなかったことを知っているデュクトは、やはり持って生まれた高貴な血のもたらす威に、打たれずにはいられない。
 主の周囲はうっすらと金色の光に包まれ、否が応にも神々しさを増している。その姿に、彼こそが帝国の次なる玉座に相応しいとの思いを、新たにするのであった。



 
 鴛鴦宮えんおうきゅうの預かりとされた秀女・槐花は、本人の希望もあって、帝都への還幸の後に儲秀宮ちょしゅうきゅうへの宮下がりを許された。いわくつきの秀女ということで次なる宮への召命があるか危惧されていたが、結局、鐘楼での出会いの時に一目ぼれしていた、と言い募る肅郡王の宮に入ることになった。
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