【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

2、川釣り

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 新しい生活に慣れるうちに瞬く間に春は過ぎさって、初夏になった。

 成人してよかったことの一番は、後宮外への外出がうんと自由になったことである。
 いつもの四人で連れ立って帝都の店を冷やかしたり、評判の料理屋に行ってみたり。廉郡王はやたらと花街に行きたがるが、恭親王は花街は料理茶屋だけに留め、登楼はしなかった。カリンの一件もあって、平民の女には恐怖心しか湧かないからだ。

 ある日は四皇子で釣りに出かけた。
 伴は、川釣りが趣味のゲルと、護衛としてゾーイとゾラ、そしてトルフィン。廉郡王の侍従文官であるゲルフィンと侍従武官二名。成郡王の傅役のジーノに、肅郡王の侍従武官一名。デュクトと廉郡王の正傅であるゼクトは、賢親王と間近に迫ったホラン離宮への避暑についての相談のために皇宮に残った。

 屋根船を一つチャーターし、皆で乗り込む。身分は伏せているが、どっからどう見ても、身分のある貴公子が四人、お供の若者たちも普通でない毛並みの良さであり、すれ違う船からはどうしても注目を浴びてしまう。

 生餌に触れない成郡王のヘタレ具合を笑いながら、各自糸を垂れる。思った通り、廉郡王は光の速さで飽きて、やはり飽きてしまったゾラと二人、早速酒を飲みながら大声で女の話などしている。

「今年の新秀女に、狙ってたのがいたのによ、順親王のヤツに取られちまったんだ」

 廉郡王が冷やした酒を飲みながら愚痴をこぼす。
 新秀女は六月に各宮に分配される。処女なので人気が高く、年上の皇子に優先権があり、成人したばかりの廉郡王の宮には回ってこなかったらしい。

「どんな秀女がいるとかって、事前にわかるんすか?」

 ゾラが廉郡王の杯に注ぎながら尋ねる。つまみは瓜、茄子、青菜、小蕪の漬物に、牛肉の時雨煮しぐれに、川海老のから揚げ、猪肉の火腿ハム。酒は米の醸造酒で、極限まで磨いてある一級品だ。

「正月に新秀女の名簿が出るから、そこへ宦官を派遣すればわかる。大抵は出身地と、親の爵位くらいだけど、今年はソルバン侯爵の次男の側室の妹がいたんだ」
「ソルバン侯爵の次男って……ユルゲンっすか? ユルゲンの側室……あ、思い出したっすよ! 巡検で行った北方辺境騎士団の将校の妹かなんかに一目ぼれしちまって、すったもんだの挙句に無理矢理側室にしたんすよね? 俺の母方の親戚なんすけど、もう、揉めるの揉めないのってさ!」

 ソルバン家とは十二貴嬪家の一つで、その次男ユルゲンは現在二十三歳、順親王コーリンの侍従武官を務めている。二年前に順親王に扈従して巡検で北方辺境に赴いたおり、騎士団の将校の実家が軍馬の生産で有名だというので、その小領にまで足を伸ばし、そこでユルゲンは接待に出て来た将校の妹に一目ぼれしたのだという。
 
 ユルゲンにはすでに貴種の八侯爵家から婚約者が決まっていたが、ユルゲンはその北方辺境の子爵令嬢でなければイヤだと我儘を言ったのである。

「十二貴嬪家の直系の正妻は八侯爵家以上と国法で決まってるんすよ。あの家はユルゲンと兄貴のライゲンしか男の子がいねぇから、ユルゲンの継承権を外すわけにはいかねぇってことで、そのまま婚約者と結婚することを条件に、子爵令嬢を側室に迎えたらしいんすけど、ユルゲンが側室に入れあげちゃって、正室に見向きもしないってんで、大変みたいっすよ」

 ゾラが親戚の男の話を面白可笑しく語る。ゾラの母親はソルバン家とはかなり親しくしていて、よくお茶会にも招ばれるらしいのだが、最近、その側室が子を生んで、ユルゲンの正室はすっかり臍を曲げてしまったらしい。

「そうなんだ。ユルゲンという奴が見初めるくらい、美しいの女の母も同じ妹で、さらにその姉は甲種判定ながら秀女候補には挙げられてねぇんだ。妹は姉以上の美形と見て間違いないだろう?……狙ってたんだがなー。順親王に取られた」

 廉郡王が残念そうに杯を呷るのに、ゾラが言った。

「あー。それ、裏話がありましてねぇ……。何でも、どうしても辺境の子爵の娘と結婚するってユルゲンが言い張るのを見て、何を触発されちまったのか、順親王殿下までが、その子爵の娘が欲しいって言い出しちまったそうなんすよ」

 ゾラの話に、さすがに周囲の者がええっとなって注目する。

「どういうことなの?」

 成郡王が竿を持ったままゾラに問いかける。

「順親王殿下も、その娘には会ってるらしいんす。でも、その時は何ともなくて、ユルゲンがどうしても、って奔走するのを見るうちに、羨ましくなっちまったらしいんすよ」
「羨ましい……」
「なんかね、そんな風に熱烈に一人の女に執着するのを見て、殿下も恋ってもんがしたくなったらしいんす」
「恋……」

 成郡王が首を傾げる。

「その、子爵の娘である必要はないんじゃ?……というよりも、それはユルゲンって人の恋人なんだよね?皇子まで彼女に恋しちゃったってこと?」
「いや、恋したわけじゃなくって、恋がってことみたいっすけど」
「そんな理由で部下の恋人を取り上げようとしたの?それは、いくら何でも……」

 廉郡王のために、船べりに七輪を置いて青椒ピーマンと揚げ豆腐を焼いていたトルフィンが素っ頓狂な声をあげる。
 
 恭親王がうっそりと眉を顰めて考える。二十一になるはずの兄、順親王と口をきいたことはない。撃鞠ポロのときに、しつこいマークをかけてきて、鬱陶しいと思ったことを思い出した。身体も大きくて、貴族的な整った顔立ちの男であったが、特段の美形ということはない。顔だけなら、文郡王、穆郡王、それに襄親王の方がいい。
 
 恋に落ちてしまったのならともかく、恋をしてみたい、という理由で選りにもよって部下の恋人を召し上げようというのは、さすがに意味がわからない。どう考えても、恋人を取り上げられた部下は主を恨むであろうし、女の方の人生は完全に狂ってしまう。

「さすがに母親の淑妃や傅役以下が諌めまくって、それはやめさせたらしいっすよ。当たり前っすけどね。だいたい、子爵の娘じゃあ、側室としてれるのも無理っすから」

 秀女を経ずに、母妃や外戚の伝手で直接に側室を納れることもできなくはないのだが、それは伯爵以上の中位貴族の娘に限られるのが不文律であった。皇宮外に独立の邸を構えた後ならともかく、子爵・男爵の娘は秀女としてしか入宮はできない。だがその件の娘は、すでに秀女になる年齢を超過しているのだ。

「で――とばっちりを喰ったのがその、妹っすよ。もともと、名前忘れちまったけど、その北方辺境の子爵家は、金には困ってねーんすよ。軍馬の生産で有名だし、領内では絹織物も作ってて、結構帝都でも売れてる、あの辺りでは随一の名家なんすよ。だから、秀女候補に挙げられても、入宮させるつもりなんか、これっぽっちもなかったんすよ。ところが、侯爵令息に見初められた姉ちゃんを、皇子が諦める代わりに、絶対にその妹を入宮させろと、順親王殿下が厳命なさったそうで……」

 恭親王が形の良い眉を顰めた。

「……つまり、最初から順親王の兄上のもとに行くことが決まっていたってこと?」
「要するにそういうことっすよ」
「何だよ、とんでもねぇ茶番じゃないか」
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