【R18】渾沌の七竅

無憂

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三竅

20、デュクトの罪

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 行為が終わり、デュクトは主の身体を清め、その身体にシャツを着せ掛ける。自身も衣服を整えて、寝室を出ようとしたところで、主が言った。

「メイローズを呼んできて」

 頷いて、扉を開けたところで、はっと飛びのく。寝室と居間を距てる扉のところに、蒼ざめたメイローズが立っていたからだ。

「……メイローズ、お前……」

 部屋に近づいてはならない、との先ほどの主命に逆らい、メイローズは寝室の扉付近に控えていたのだ。

「殿下……正傅殿……このようなこと、許されることではございません」

 二人の様子が普通でなかったことがどうしても気になったメイローズは、そっと寝室の扉の前で中の様子に聞き耳を立てたのだ。聞こえてきた物音が、どういう種類のものか、メイローズにもわかる。

「いいんだよ、僕が命じたんだから」
「殿下! そのようなこと! 天と陰陽がお許しになるはずが……!」

 陰陽交合を教義の根幹とするこの世界の教えにおいて、同性愛は最も唾棄すべき罪である。それは陰陽の理に背き、陰陽の調和を乱す。

「誰に許してもらう必要もない。これは、僕への罰だから」

 主の言葉に、メイローズが絶句する。

「殿下、カリンのことは、殿下のせいでは――すべては、このメイローズめが!」

 自分があの時席を外さなければと、メイローズもまた、自らを責めていた。
 寝台の中で、彼の主が気怠そうに言った。

「もういいよ。なかったことにするのだろう――ここでは、侍女の命なんて取るに足らない。でも、僕にとってはそうではない。僕が、罰を受ける、そう決めただけだ」
「殿下――」

 あまりに不毛で救いのない決断に、メイローズはどうしていいかわからない。
 デュクトが言った。

「殿下は、陽の〈気〉が不足しておられた。それを、俺が補完しただけだ。ソアレス家に伝わる、秘伝だ。おぬしが、気に病むことはない」

 メイローズが、目を見開く。

「そんな、馬鹿な……」
「少なくとも、俺はそう、説明した。万一、このことが漏れても、おぬしはそれで通せ。いいな」
「わかったら、僕は風呂に入りたい。支度を頼む」

 主命が下り、デュクトが部屋を下がっていった。
 メイローズは風呂の支度のために、小宦官たちを呼びに行く。
 寝台の上の皇子は、天蓋の螺鈿の天文図を眺めていた。





 帝都のソアレス家の邸に帰りついた時は、すでに夜半を過ぎていた。
 皇子の傅役は激務だ。特に閨房教育の時期は、必ず正副の傅役のどちらかが後宮の詰所に宿直する。ここ数年、デュクトもまた一日おきにしか邸に帰れない。

 だが、今夜はメイローズが不寝番をすると言い張るので、デュクトは帰宅することにした。メイローズとしては、はっきりとデュクトを追い出しにかかったのだ。

 宦官に追い出される正傅。

 デュクトは苦笑する。自らの行いを振り返れば仕方がない。帝国二千年の歴史の中でも、自分が監護すべき皇子を強姦した正傅はデュクトくらいだろう。メイローズはもともと陰陽宮で教育を受けて東の皇宮に回されてきた宦官だ。陰陽の理に背く行いに、人一倍の嫌悪感を抱いているに違いない。

(だが、どうにもならなかったのだ――)

 デュクトは自身が落ちた奈落を噛みしめながら、邸の扉を開けた。

 帰る予定のなかったデュクトの帰宅に、まず家宰が慌てた。

「何か問題でも――」

 デュクトが仕えている皇子が、最近大きな問題を起こしたらしいことは、家宰も気づいていた。

「いや、少し体調がよくないこともあり、宦官のメイローズが気を使ってくれたのだ。特にあちらには問題はない」
「そうなのですか――お食事は――」
「食事は済んでいる。風呂を――」
「承知いたしました」
「クリスタは?」
「もうお休みになられました」
「そうか。寝酒を用意しておいてくれ」

 デュクトは一風呂浴びると、夜着に着替えて毛織の長衣を羽織り、居室に戻る。紫檀の卓上には、玻璃のグラスと、蒸留酒の入った酒注ぎ、つまみには向日葵の種が載っていた。

 デュクトが紫檀の椅子にかけて酒を飲み始めたとき、背後に人の気配を感じる。振り返れば妻のクリスタが立っていた。

「起こしてしまったか。悪かった」
「いいえ、今日は後宮でお泊りとばかり……」
「なに、メイローズが気を利かせてくれたのだ」

 夜着の上に毛織のショール一枚を羽織っただけの妻の腹は大きく膨らんでいる。

「……そなたの産み月も近いことだ。たまには家に帰れと」
「まあ……」

 椅子を引いてやり、妻を座らせる。クリスタは十二貴嬪家の一つ、ホストフル家の出だ。ソアレス家の正嫡として後嗣を残すことを期待されたデュクトは、十九歳で当時十六だったクリスタと結婚した。それから、もうすぐ十年になる。皇子の正傅という激務のためか、数年は子ができずに周囲から側室を娶るように促されたが、デュクトは頑として首を縦に振らず、だが結婚から五年目にして嫡子フエルを設けた。その二年後には次男のミエルも生まれ、クリスタは現在、三人目を妊娠中である。デュクトは高位貴族には珍しく、妻一筋を貫いてきたのだ。

 妻に会うのは、後暗いところのあるデュクトには少し、気が重かった。寝ていると聞き、ホッとしていたのだが――。

「年明けで、殿下も成人なさる。いろいろとあったが、何とか、ここまでこぎつけることができた。そなたにも苦労をかけたが、これからは少し、楽になるだろう」

 皇子の成人により、閨房の教育も終わる。年明け以降、デュクトの後宮泊まりは大幅に減る予定である。

「本当に、あなたもご苦労様でした。殿下が落馬なさったときはもう、この先どうなるのかと思いましたけれど、無事にご快癒なさって」

 クリスタは、何事においても皇子を最優先の夫の生活をずっと見て来た。それでも、夫が皇子に懸想してあまつさえ身体の関係と持っているとは知らないだろうし、今後とも知らせるつもりもなかった。

 皇子への恋情を意識するまでは、忠誠を捧げるべき皇子への思いと、妻クリスタへの愛情は全く別物であった。デュクトは貞淑な妻を確かに愛していたし、他の女など必要としなかった。だが今、デュクトの心の天秤は大きく皇子へと傾いている。

 誰にも悟られてはならない、けして許されぬ思い。

 デュクトは、身重の妻に微笑みかけると、寝室に戻るように言った。

「眠る前に、少しだけ片づけておきたい用事を思い出した。それを済ませたら俺も眠る」

 デュクトは、少なくとも今は、妻と同衾したくなかった。躊躇う妻を寝室まで送り、再び居間の卓に戻る。蒸留酒を注ぎ、呷る。
 喉を焼く強い酒精が、禁じられた情事の残る火照りを、昇華していくようだ。
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