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三竅
19、罪と罰*
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新年を三日後に控え、後宮内も準備に慌ただしい夜。
夕食後、正傅のデュクトがシウリンの部屋を訪れた。
「成人の暁には帯剣いたします。太陽神殿にお願いしておりました剣が出来上がりましたので、お持ちしいたしました」
成人の儀の支度を整えるのは、母親と傅役の役目だ。衣裳は母皇后が、剣はデュクトが、皇帝に捧げる誓いの文言はゲルと相談して準備した。
デュクトが、漆塗りの見事な箱に入った細剣を捧げた。
「名工と言われる匠が鍛え、神官長が聖別の祈りを捧げたと聞いております」
柄は一見シンプルだが、よく見ると細かい、精巧な装飾が入っている。が、鞘は本当に飾りのないものだ。
「剣帯に入れますので、ゴテゴテしておりますと、かえって不便です」
デュクトらしい、実際的な選択であった。
「殿下の剣術のスタイルに合わせ、細剣に仕上げてございます」
シウリンが剣を抜き去る。魔力灯に浮かび上がる、銀色の見事な刃紋。光る刃。
それをじっと見つめていたシウリンが、剣を見たまま、デュクトの方は見ずに、言った。
「デュクト、頼みがある――僕を、殺してくれないか?」
「殿下――!」
「お前は、以前、僕を汚した。――その罪を、それで雪がせてやる」
「それは――」
デュクトは弾けるようにその場に膝をついた。両手を床について、深く頭を下げる。
「どうか、殿下――そればかりは。俺が、死ぬのは構いません。俺の命であれば、いくらでも贖います。だから――」
「お前の命では贖えぬ。それでは、お前は楽になってしまうじゃないか」
シウリンは、剣を鞘に戻した。それを元通り箱に仕舞い、蓋をして絹の紐をかける。
「メイローズ――」
手を叩いてメイローズを呼ぶと、隣室に控えていたメイローズはすぐさまやってきた。
「これを、仕舞っておいてくれ。それから、デュクトに大事な用があるから、何があってもこちらに入ってくるな。用が済んだらまた呼ぶ」
メイローズが箱を受け取り、少しだけ怪訝な表情で主と、デュクトを見る。
デュクトはすでに蒼白な顔をしていた。
「承知いたしました。……危険なことは、ないのですよね?」
「危険はない」
シウリンが念を押すと、メイローズは剣を持って下がった。
扉が閉まるのを待って、シウリンが立ち上がる。付いてくるように命じて、寝室に入る。
デュクトが、無言で後に続いた。薄暗い部屋に、沈黙が流れる。
シウリンは紗幕を上げてある寝台に座ると、デュクトを見た。
デュクトはその主の前に、両膝をついて膝立ちになる。断罪を待つ、罪人のように。
「僕は、お前が嫌いだ。あの夜以降は、お前が憎いし、怖かった」
デュクトは、そのまま膝をついているが、顔色は悪い。
「お前は、僕を愛していると言った。僕にはわからない――あの時、愛されているとは思えなかった」
「それは――」
「僕も、カリンが好きだと思った。今思えば、そんなに好きなわけでもなかった気もするけれど、とにかくあの時はカリンが好きだと思った。だから――抱いた。抱いたら、死んだ」
シウリンは、長い睫毛の生えた瞼を半分閉じるようにして、揺蕩うように、言った。
「お前に無理矢理抱かれて、僕のどこかが少し、死んだと思う――つまり、僕もお前も似た者同士ってことだね」
「殿下、俺は――何度も、殿下のお側を辞すべきだと、思いました。何度も、辞表を書いて、でも、お側を離れることができませんでした。たとえ憎まれても、恨まれても、殿下のお姿を目にしたくて――」
両手両膝を床について、縋るように言うデュクトにシウリンは視線を合わせる。黒い、切れ長の瞳には、何の感情も読み取れない。シウリンは細い指でデュクトの頬に触れた。
「僕は――未来永劫、お前が嫌いだ」
「殿――」
「だから、お前に罰を与えようと思う」
「何なりと、言ってください。この命も、忠誠も全て、殿下のものでございます――」
「僕は、罰を与えて欲しい。カリンを殺した僕に、おぞましい罰を与えて欲しい。だから――」
シウリンはデュクトの耳元にその美しい顔を寄せて、言った。
「僕を、抱いて――」
デュクトは黒い瞳を見開いて、シウリンを見た。
「殿――」
「勘違いするなよ。それは褒美じゃない。罰だよ。お前のことが大っ嫌いだから、抱かれるんだ。お前くらい嫌なヤツじゃないと、罰にならない。僕を愛していると言うお前が、僕に罰を与えるんだ。お前に抱かれれば、僕は多分、少しずつ死んでいく。天と陰陽の理に背いて、陽でもって陽を貫かれて、汚されて、少しずつ壊れる。お前が、壊すんだよ。――それが、お前への、罰だ」
デュクトの瞳が極限まで見開かれ。身体はマヒしたように動かない。
背中を冷たい汗が流れる。シウリンの唇が、デュクトの耳朶に触れる。熱い、息がかかる。
「お前がいくら僕に愛を囁いても、僕の心はお前のものにはならない。この汚らわしい身体だけを思う存分貪るがいいさ。そうして、僕に疎まれ、僕を壊し、僕に罰を与えろ。――それが、お前の役割だ」
硬直したままシウリンを見つめるデュクトに、シウリンは冷酷に尋ねる。
「返事は?」
「殿――俺は――」
「返事は?」
さらに問いかけて、シウリンは至近距離からデュクトを見つめる。黒い瞳に、驚愕の眼差しで主を見つめる自分が映っている。
デュクトは、主の抱える大きな傷を知る。誰でもない、デュクト自身が与えた傷だ。
嫉妬と情欲に負け、守り、崇めるべき神聖な主の身体を貪った。許されない罪だ。
だが、その罪の代償として、主を汚し続けることを命じられた。主が、自分自身を罰するために――。
突っぱねなければならない。そんな関係は、主のためにならない。主はやがて壊れる。主の望む通りに。
だが――。
心の奥底の欲望が、彼の理性を打ち負かした。
どんな形であれ、この少年が欲しい。今、自分を抱けと、焦がれた相手が言っている。
どうして、拒める――。
デュクトは、誘惑に負けて両手で主の頬を包んだ。そのまま、唇を奪う。
主の誘いは、地獄への招待状だ。
わかっているのに、拒むことができない。蜘蛛の糸に絡めとられ、身動きの取れなくなる蝶のように、デュクトはシウリンに絡めとられていく。
そのまま、主を寝台に押し倒す。いつかの夜のように圧し掛かり、首筋に唇を這わせる。あの後、幾度も夢に見た、滑らかな肌。夜ごと苛まれる罪の意識と、滾る情欲。
抵抗することなく横たわる主の衣服をはだけ、主の服を脱がせていく。現れた、細身ながら、鍛えられた身体。それでいて、まだ少年の色香を残す、優美な肉体。
自身も素早く衣類を脱ぎ捨て、主の身体のあらゆる場所に唇を落としていく。主はただ目を閉じて、祭壇に横たわる生贄の乙女のように、じっと動かなかった。
脚の間のものは萎えていた。男には情欲など微塵も感じないのであろう。大きな手でそれを握り込み、ゆっくりと扱く。初めて、主の身体に反応が現れる。
少し立ち上がってきたそれを扱きながら、先端に唇をつける。敏感な個所に舌を這わせると、主の身体がびくりと跳ねた。
「はっ……ううっ……」
微かに零れる主の吐息が、デュクトの興奮を煽る。そのまま主の陽根に奉仕を続け、主が快楽の頂点に身を委ねようとしたタイミングで、愛撫を中断する。
「あっ……デュク……ト……?」
デュクトは主の細い身体をやすやすと裏返し、背中に唇を這わせて背骨を辿り、細いうなじに軽く歯をたてる。
「はうっ」
背後から抱き込んで、首筋を舌で舐める。そして形のよい耳朶を口に含んで、耳の穴に舌を入れた。
「あああっ」
主が、白い喉を反らす。しなやかで美しい若い雌鹿のような肉体に触れて、デュクトはもう、欲望を抑えきれなかった。
「殿下……今から、あなたに罰を与えます。……あなたを犯し、汚し、貪ります」
「くっ……ああっ」
主の白い指が敷布を握り締める。苦痛か快楽か、仰け反った白い身体がしなる。主の目じりから、涙が零れ落ちる。
デュクトはその夜、地獄に堕ちた。
守るべき皇子を愛し、犯し、汚す。愛ではなく、罰のために。
奈落の底まで、ただひたすらに堕ちていくだけ――。
枕に顔を押し付け、指が白くなるまで敷布を握り締めてシウリンは耐える。
(苦しい、苦しい、痛い、痛い――)
だがその痛みと苦しみの奥に快楽があることをシウリンは知っている。他でもない、今、彼を貫いている男によって、教えられた。あの絶望と屈辱の夜に。
こうして抱かれていても、デュクトに対し何の愛情も感じなかった。ただただ苦しくて汚らわしい。男のくせに男に劣情を催し、この平板な白い身体を貪ろうというおかしな男。陰陽の理に背く、唾棄すべき男。
(やっぱり、大嫌い――だ)
背骨を這いあがる快楽を自覚しながらも、シウリンは確認する。そして、このおぞましい行為に苛まれる自分に、ようやく、少し心が軽くなる。
この男が犯しているのは、シウリンじゃない。
この男が愛しているのは、ユエリン皇子。
シウリンは――。
枕に押し付けた顔の、目を薄く開いて寝台の隅の隠し引き出しの方を見る。
あそこに、〈メルーシナ〉の指輪がある。
シウリンは、あの森の中にいる。大きな木の根元に並んで座って、結婚の約束をした。
シウリンが、愛するのは、〈メルーシナ〉だけ。彼女だけが、シウリンの唯一無二だ。
冬の午後の光に煌めく白金色の髪に、翡翠色の瞳。
シウリンは、〈メルーシナ〉のもの――。
自分を貫く男の荒い息遣いを聞きながら、シウリンは目を閉じる。
冬枯れのあの森で、シウリンの時は停まる。永遠に、あの森の中に。
シウリンはいなくなる。シウリンは消えた。ここにいるのはただの醜い、汚らわしい皇子。
快楽に溺れ、陰陽の理にすら背く、愚かな皇子。
その夜、彼の中で、シウリンは死んだ。彼は、シウリンであることを、諦めた。
夕食後、正傅のデュクトがシウリンの部屋を訪れた。
「成人の暁には帯剣いたします。太陽神殿にお願いしておりました剣が出来上がりましたので、お持ちしいたしました」
成人の儀の支度を整えるのは、母親と傅役の役目だ。衣裳は母皇后が、剣はデュクトが、皇帝に捧げる誓いの文言はゲルと相談して準備した。
デュクトが、漆塗りの見事な箱に入った細剣を捧げた。
「名工と言われる匠が鍛え、神官長が聖別の祈りを捧げたと聞いております」
柄は一見シンプルだが、よく見ると細かい、精巧な装飾が入っている。が、鞘は本当に飾りのないものだ。
「剣帯に入れますので、ゴテゴテしておりますと、かえって不便です」
デュクトらしい、実際的な選択であった。
「殿下の剣術のスタイルに合わせ、細剣に仕上げてございます」
シウリンが剣を抜き去る。魔力灯に浮かび上がる、銀色の見事な刃紋。光る刃。
それをじっと見つめていたシウリンが、剣を見たまま、デュクトの方は見ずに、言った。
「デュクト、頼みがある――僕を、殺してくれないか?」
「殿下――!」
「お前は、以前、僕を汚した。――その罪を、それで雪がせてやる」
「それは――」
デュクトは弾けるようにその場に膝をついた。両手を床について、深く頭を下げる。
「どうか、殿下――そればかりは。俺が、死ぬのは構いません。俺の命であれば、いくらでも贖います。だから――」
「お前の命では贖えぬ。それでは、お前は楽になってしまうじゃないか」
シウリンは、剣を鞘に戻した。それを元通り箱に仕舞い、蓋をして絹の紐をかける。
「メイローズ――」
手を叩いてメイローズを呼ぶと、隣室に控えていたメイローズはすぐさまやってきた。
「これを、仕舞っておいてくれ。それから、デュクトに大事な用があるから、何があってもこちらに入ってくるな。用が済んだらまた呼ぶ」
メイローズが箱を受け取り、少しだけ怪訝な表情で主と、デュクトを見る。
デュクトはすでに蒼白な顔をしていた。
「承知いたしました。……危険なことは、ないのですよね?」
「危険はない」
シウリンが念を押すと、メイローズは剣を持って下がった。
扉が閉まるのを待って、シウリンが立ち上がる。付いてくるように命じて、寝室に入る。
デュクトが、無言で後に続いた。薄暗い部屋に、沈黙が流れる。
シウリンは紗幕を上げてある寝台に座ると、デュクトを見た。
デュクトはその主の前に、両膝をついて膝立ちになる。断罪を待つ、罪人のように。
「僕は、お前が嫌いだ。あの夜以降は、お前が憎いし、怖かった」
デュクトは、そのまま膝をついているが、顔色は悪い。
「お前は、僕を愛していると言った。僕にはわからない――あの時、愛されているとは思えなかった」
「それは――」
「僕も、カリンが好きだと思った。今思えば、そんなに好きなわけでもなかった気もするけれど、とにかくあの時はカリンが好きだと思った。だから――抱いた。抱いたら、死んだ」
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「僕は――未来永劫、お前が嫌いだ」
「殿――」
「だから、お前に罰を与えようと思う」
「何なりと、言ってください。この命も、忠誠も全て、殿下のものでございます――」
「僕は、罰を与えて欲しい。カリンを殺した僕に、おぞましい罰を与えて欲しい。だから――」
シウリンはデュクトの耳元にその美しい顔を寄せて、言った。
「僕を、抱いて――」
デュクトは黒い瞳を見開いて、シウリンを見た。
「殿――」
「勘違いするなよ。それは褒美じゃない。罰だよ。お前のことが大っ嫌いだから、抱かれるんだ。お前くらい嫌なヤツじゃないと、罰にならない。僕を愛していると言うお前が、僕に罰を与えるんだ。お前に抱かれれば、僕は多分、少しずつ死んでいく。天と陰陽の理に背いて、陽でもって陽を貫かれて、汚されて、少しずつ壊れる。お前が、壊すんだよ。――それが、お前への、罰だ」
デュクトの瞳が極限まで見開かれ。身体はマヒしたように動かない。
背中を冷たい汗が流れる。シウリンの唇が、デュクトの耳朶に触れる。熱い、息がかかる。
「お前がいくら僕に愛を囁いても、僕の心はお前のものにはならない。この汚らわしい身体だけを思う存分貪るがいいさ。そうして、僕に疎まれ、僕を壊し、僕に罰を与えろ。――それが、お前の役割だ」
硬直したままシウリンを見つめるデュクトに、シウリンは冷酷に尋ねる。
「返事は?」
「殿――俺は――」
「返事は?」
さらに問いかけて、シウリンは至近距離からデュクトを見つめる。黒い瞳に、驚愕の眼差しで主を見つめる自分が映っている。
デュクトは、主の抱える大きな傷を知る。誰でもない、デュクト自身が与えた傷だ。
嫉妬と情欲に負け、守り、崇めるべき神聖な主の身体を貪った。許されない罪だ。
だが、その罪の代償として、主を汚し続けることを命じられた。主が、自分自身を罰するために――。
突っぱねなければならない。そんな関係は、主のためにならない。主はやがて壊れる。主の望む通りに。
だが――。
心の奥底の欲望が、彼の理性を打ち負かした。
どんな形であれ、この少年が欲しい。今、自分を抱けと、焦がれた相手が言っている。
どうして、拒める――。
デュクトは、誘惑に負けて両手で主の頬を包んだ。そのまま、唇を奪う。
主の誘いは、地獄への招待状だ。
わかっているのに、拒むことができない。蜘蛛の糸に絡めとられ、身動きの取れなくなる蝶のように、デュクトはシウリンに絡めとられていく。
そのまま、主を寝台に押し倒す。いつかの夜のように圧し掛かり、首筋に唇を這わせる。あの後、幾度も夢に見た、滑らかな肌。夜ごと苛まれる罪の意識と、滾る情欲。
抵抗することなく横たわる主の衣服をはだけ、主の服を脱がせていく。現れた、細身ながら、鍛えられた身体。それでいて、まだ少年の色香を残す、優美な肉体。
自身も素早く衣類を脱ぎ捨て、主の身体のあらゆる場所に唇を落としていく。主はただ目を閉じて、祭壇に横たわる生贄の乙女のように、じっと動かなかった。
脚の間のものは萎えていた。男には情欲など微塵も感じないのであろう。大きな手でそれを握り込み、ゆっくりと扱く。初めて、主の身体に反応が現れる。
少し立ち上がってきたそれを扱きながら、先端に唇をつける。敏感な個所に舌を這わせると、主の身体がびくりと跳ねた。
「はっ……ううっ……」
微かに零れる主の吐息が、デュクトの興奮を煽る。そのまま主の陽根に奉仕を続け、主が快楽の頂点に身を委ねようとしたタイミングで、愛撫を中断する。
「あっ……デュク……ト……?」
デュクトは主の細い身体をやすやすと裏返し、背中に唇を這わせて背骨を辿り、細いうなじに軽く歯をたてる。
「はうっ」
背後から抱き込んで、首筋を舌で舐める。そして形のよい耳朶を口に含んで、耳の穴に舌を入れた。
「あああっ」
主が、白い喉を反らす。しなやかで美しい若い雌鹿のような肉体に触れて、デュクトはもう、欲望を抑えきれなかった。
「殿下……今から、あなたに罰を与えます。……あなたを犯し、汚し、貪ります」
「くっ……ああっ」
主の白い指が敷布を握り締める。苦痛か快楽か、仰け反った白い身体がしなる。主の目じりから、涙が零れ落ちる。
デュクトはその夜、地獄に堕ちた。
守るべき皇子を愛し、犯し、汚す。愛ではなく、罰のために。
奈落の底まで、ただひたすらに堕ちていくだけ――。
枕に顔を押し付け、指が白くなるまで敷布を握り締めてシウリンは耐える。
(苦しい、苦しい、痛い、痛い――)
だがその痛みと苦しみの奥に快楽があることをシウリンは知っている。他でもない、今、彼を貫いている男によって、教えられた。あの絶望と屈辱の夜に。
こうして抱かれていても、デュクトに対し何の愛情も感じなかった。ただただ苦しくて汚らわしい。男のくせに男に劣情を催し、この平板な白い身体を貪ろうというおかしな男。陰陽の理に背く、唾棄すべき男。
(やっぱり、大嫌い――だ)
背骨を這いあがる快楽を自覚しながらも、シウリンは確認する。そして、このおぞましい行為に苛まれる自分に、ようやく、少し心が軽くなる。
この男が犯しているのは、シウリンじゃない。
この男が愛しているのは、ユエリン皇子。
シウリンは――。
枕に押し付けた顔の、目を薄く開いて寝台の隅の隠し引き出しの方を見る。
あそこに、〈メルーシナ〉の指輪がある。
シウリンは、あの森の中にいる。大きな木の根元に並んで座って、結婚の約束をした。
シウリンが、愛するのは、〈メルーシナ〉だけ。彼女だけが、シウリンの唯一無二だ。
冬の午後の光に煌めく白金色の髪に、翡翠色の瞳。
シウリンは、〈メルーシナ〉のもの――。
自分を貫く男の荒い息遣いを聞きながら、シウリンは目を閉じる。
冬枯れのあの森で、シウリンの時は停まる。永遠に、あの森の中に。
シウリンはいなくなる。シウリンは消えた。ここにいるのはただの醜い、汚らわしい皇子。
快楽に溺れ、陰陽の理にすら背く、愚かな皇子。
その夜、彼の中で、シウリンは死んだ。彼は、シウリンであることを、諦めた。
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