59 / 255
三竅
7、試合当日
しおりを挟む
憂鬱な試合の日がやってきた。
真っ青な抜けるような秋晴れの蒼穹を見上げて、シウリンは溜息をつく。
あの後も何度か練習を行ったが、肝心の成郡王の技量がイマイチなのもあり、到底、勝てそうな気がしない。ストレスが胃にきやすいシウリンは、心なし胃がキリキリする。
毎年秋に行われる巡検の壮行を兼ねて行われる皇子の撃鞠は、公式行事ではないものの、三公九卿を始めとする高級官僚や、各騎士団の要人が招かれる。夜には彼らを含めて前朝太極殿で宴が開かれる習わしだ。
各宮の妃嬪、秀女たちも撃鞠観戦が認められているので、愛息や仕える皇子の雄姿を見ようと、女たちの支度にも気合が入る。
東の上流の女たちの衣裳は、前開きの打ち合わせ式の長衣に、袖なしの上着を着たり、派手な帯を結んだり、透ける布の裳を重ねたりして、組み合わせと豪華さを競う。最近の流行は大きく衣紋を開き、高い位置で帯を結んで胸の谷間を強調する着付けだ。
シウリンは会場となっている馬場で集まってくる各宮の妃嬪・秀女たちを見て、半ば胸が露わになった大胆な服装に度肝を抜かれた。
皇后やすでに大きな息子のいる妃たちは、息子や侍女の手前流行を追ったりはしないし、侍女たちはぴっちり襟を詰めた紺色のお仕着せに白い前掛けと決まっている。鴛鴦宮に伺候している秀女たちは、事前に堅物のデュクトから、ユエリン皇子や皇后の御前であられもない下品な服装は許されぬ、と釘を刺されていて、控えめな装いだったのだ。
皇后は皇子の母親らしい、しかし豪華で手の込んだ衣裳を堂々と着こなし、その上年齢を感じさせない美貌で居並ぶ妃嬪たちを圧倒していた。その皇后がそのまま美少年を装ったかのような、群を抜いたユエリン皇子の美貌に、他宮の秀女たちも陶然と溜息をつく。
今日の撃鞠、ユエリン皇子は蒼組であった。白い麻の衫に蒼い絹の腰帯を結び、黒い脚衣、黒い乗馬ブーツ。蒼い氈の帽子を被っているが、それが端正な容姿によく映えた。対する敵方は紅組。やはり白い麻の衫に、紅い絹の腰帯を結び、黒い脚衣に黒い乗馬ブーツ、紅い氈の帽子。
リーダーの穆郡王が、黒い癖毛を蒼い帽子で包んで、打球桿を扱きながら言う。
「今日こそ勝つぞ!気合いだ、気合いだ、気合いだ―――っ!」
何をそんなに張り切っているのだろうか、とシウリンが首を傾げていると、背後から紅い帽子を被った優美な青年が声をかけた。
「まったくフォリンは相変わらずだねぇ。妙に本気になっちゃって、ま、そうやっていつも負けるんだけど」
声をかけられた穆郡王は眉を逆立ててギリギリと怒りだす。
「なんだと、このカマ野郎! 今日こそ血祭に上げてやる!」
「おお怖い怖い、野蛮な男はイヤだねぇ」
シウリンは横の成郡王に尋ねる。
「誰?」
「文郡王のイリン兄上だよ。母上の身分もほぼ一緒、誕生日も一月違い、宮も隣で、ずっといがみ合っているんだ」
シウリンは穆郡王がなぜ、やたら張り切っているのか理由に納得した。
「つまり、文郡王に負けたくないから……」
「そうだよ。しかも、ああ見えて、あの二人は結構仲良しだしね」
ずっといがみ合っているのに、結構仲良し。
「意味がわからないんだけど」
「大丈夫、僕にもわからないから」
成郡王とぽそぽそ喋っていたら、背後からグインと肅郡王が声をかけてきた。
「よお、アイリン、例の、どいつだよ」
「そうそう、今日は見に来ているんだよね?」
二人にせっつかれて、成郡王はそっと恋人の場所を指差す。
「ほら、あそこ、あの、柱の陰の、緑色の襦裙に白い領巾の……」
三人がどれどれとその人物を探す。
「あれ?」
「……あれかよ?ユエリンの女装の方が美人じゃねぇかよ」
あからさまにがっかりした声でグインが言う。たしかに、ほっそりとした地味で大人しそうな女で、特筆するような美女でもない。
「ユエリンの女装より綺麗な女なんて、そうそういないよ」
「勝手に僕を女装させるなよ!」
シウリンが不満そうに頬を膨らます。
競技場からドンドンと太鼓の音が響く。審判を務める賢親王の息子、定郡王ニューインが騎馬で競技場の中央へ向かう。
「選手は中央へ!」
シウリンたちは各自騎乗して、競技場の中央でお互い向かい合って礼をする。
白球が投げ込まれ、試合の火蓋が切られた。
真っ青な抜けるような秋晴れの蒼穹を見上げて、シウリンは溜息をつく。
あの後も何度か練習を行ったが、肝心の成郡王の技量がイマイチなのもあり、到底、勝てそうな気がしない。ストレスが胃にきやすいシウリンは、心なし胃がキリキリする。
毎年秋に行われる巡検の壮行を兼ねて行われる皇子の撃鞠は、公式行事ではないものの、三公九卿を始めとする高級官僚や、各騎士団の要人が招かれる。夜には彼らを含めて前朝太極殿で宴が開かれる習わしだ。
各宮の妃嬪、秀女たちも撃鞠観戦が認められているので、愛息や仕える皇子の雄姿を見ようと、女たちの支度にも気合が入る。
東の上流の女たちの衣裳は、前開きの打ち合わせ式の長衣に、袖なしの上着を着たり、派手な帯を結んだり、透ける布の裳を重ねたりして、組み合わせと豪華さを競う。最近の流行は大きく衣紋を開き、高い位置で帯を結んで胸の谷間を強調する着付けだ。
シウリンは会場となっている馬場で集まってくる各宮の妃嬪・秀女たちを見て、半ば胸が露わになった大胆な服装に度肝を抜かれた。
皇后やすでに大きな息子のいる妃たちは、息子や侍女の手前流行を追ったりはしないし、侍女たちはぴっちり襟を詰めた紺色のお仕着せに白い前掛けと決まっている。鴛鴦宮に伺候している秀女たちは、事前に堅物のデュクトから、ユエリン皇子や皇后の御前であられもない下品な服装は許されぬ、と釘を刺されていて、控えめな装いだったのだ。
皇后は皇子の母親らしい、しかし豪華で手の込んだ衣裳を堂々と着こなし、その上年齢を感じさせない美貌で居並ぶ妃嬪たちを圧倒していた。その皇后がそのまま美少年を装ったかのような、群を抜いたユエリン皇子の美貌に、他宮の秀女たちも陶然と溜息をつく。
今日の撃鞠、ユエリン皇子は蒼組であった。白い麻の衫に蒼い絹の腰帯を結び、黒い脚衣、黒い乗馬ブーツ。蒼い氈の帽子を被っているが、それが端正な容姿によく映えた。対する敵方は紅組。やはり白い麻の衫に、紅い絹の腰帯を結び、黒い脚衣に黒い乗馬ブーツ、紅い氈の帽子。
リーダーの穆郡王が、黒い癖毛を蒼い帽子で包んで、打球桿を扱きながら言う。
「今日こそ勝つぞ!気合いだ、気合いだ、気合いだ―――っ!」
何をそんなに張り切っているのだろうか、とシウリンが首を傾げていると、背後から紅い帽子を被った優美な青年が声をかけた。
「まったくフォリンは相変わらずだねぇ。妙に本気になっちゃって、ま、そうやっていつも負けるんだけど」
声をかけられた穆郡王は眉を逆立ててギリギリと怒りだす。
「なんだと、このカマ野郎! 今日こそ血祭に上げてやる!」
「おお怖い怖い、野蛮な男はイヤだねぇ」
シウリンは横の成郡王に尋ねる。
「誰?」
「文郡王のイリン兄上だよ。母上の身分もほぼ一緒、誕生日も一月違い、宮も隣で、ずっといがみ合っているんだ」
シウリンは穆郡王がなぜ、やたら張り切っているのか理由に納得した。
「つまり、文郡王に負けたくないから……」
「そうだよ。しかも、ああ見えて、あの二人は結構仲良しだしね」
ずっといがみ合っているのに、結構仲良し。
「意味がわからないんだけど」
「大丈夫、僕にもわからないから」
成郡王とぽそぽそ喋っていたら、背後からグインと肅郡王が声をかけてきた。
「よお、アイリン、例の、どいつだよ」
「そうそう、今日は見に来ているんだよね?」
二人にせっつかれて、成郡王はそっと恋人の場所を指差す。
「ほら、あそこ、あの、柱の陰の、緑色の襦裙に白い領巾の……」
三人がどれどれとその人物を探す。
「あれ?」
「……あれかよ?ユエリンの女装の方が美人じゃねぇかよ」
あからさまにがっかりした声でグインが言う。たしかに、ほっそりとした地味で大人しそうな女で、特筆するような美女でもない。
「ユエリンの女装より綺麗な女なんて、そうそういないよ」
「勝手に僕を女装させるなよ!」
シウリンが不満そうに頬を膨らます。
競技場からドンドンと太鼓の音が響く。審判を務める賢親王の息子、定郡王ニューインが騎馬で競技場の中央へ向かう。
「選手は中央へ!」
シウリンたちは各自騎乗して、競技場の中央でお互い向かい合って礼をする。
白球が投げ込まれ、試合の火蓋が切られた。
18
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる