【R18】渾沌の七竅

無憂

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三竅

7、試合当日

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 憂鬱な試合の日がやってきた。
 真っ青な抜けるような秋晴れの蒼穹を見上げて、シウリンは溜息をつく。
 あの後も何度か練習を行ったが、肝心の成郡王の技量がイマイチなのもあり、到底、勝てそうな気がしない。ストレスが胃にきやすいシウリンは、心なし胃がキリキリする。

 毎年秋に行われる巡検の壮行を兼ねて行われる皇子の撃鞠ポロは、公式行事ではないものの、三公九卿を始めとする高級官僚や、各騎士団の要人が招かれる。夜には彼らを含めて前朝太極殿で宴が開かれる習わしだ。

 各宮の妃嬪、秀女たちも撃鞠観戦が認められているので、愛息や仕える皇子の雄姿を見ようと、女たちの支度にも気合が入る。

 東の上流の女たちの衣裳は、前開きの打ち合わせ式の長衣に、袖なしの上着を着たり、派手な帯を結んだり、透ける布の裳を重ねたりして、組み合わせと豪華さを競う。最近の流行は大きく衣紋を開き、高い位置で帯を結んで胸の谷間を強調する着付けだ。

 シウリンは会場となっている馬場で集まってくる各宮の妃嬪・秀女たちを見て、半ば胸が露わになった大胆な服装に度肝を抜かれた。

 皇后やすでに大きな息子のいる妃たちは、息子や侍女の手前流行を追ったりはしないし、侍女たちはぴっちり襟を詰めた紺色のお仕着せに白い前掛けと決まっている。鴛鴦宮に伺候している秀女たちは、事前に堅物のデュクトから、ユエリン皇子や皇后の御前であられもない下品な服装は許されぬ、と釘を刺されていて、控えめな装いだったのだ。

 皇后は皇子の母親らしい、しかし豪華で手の込んだ衣裳を堂々と着こなし、その上年齢を感じさせない美貌で居並ぶ妃嬪たちを圧倒していた。その皇后がそのまま美少年を装ったかのような、群を抜いたユエリン皇子の美貌に、他宮の秀女たちも陶然と溜息をつく。

 今日の撃鞠、ユエリン皇子は蒼組であった。白い麻のシャツに蒼い絹の腰帯を結び、黒い脚衣、黒い乗馬ブーツ。蒼いフェルトの帽子を被っているが、それが端正な容姿によく映えた。対する敵方は紅組。やはり白い麻の衫に、紅い絹の腰帯を結び、黒い脚衣に黒い乗馬ブーツ、紅い氈の帽子。

 リーダーの穆郡王が、黒い癖毛を蒼い帽子で包んで、打球桿マレットを扱きながら言う。

「今日こそ勝つぞ!気合いだ、気合いだ、気合いだ―――っ!」

 何をそんなに張り切っているのだろうか、とシウリンが首を傾げていると、背後から紅い帽子を被った優美な青年が声をかけた。

「まったくフォリンは相変わらずだねぇ。妙に本気になっちゃって、ま、そうやっていつも負けるんだけど」

 声をかけられた穆郡王は眉を逆立ててギリギリと怒りだす。

「なんだと、このカマ野郎! 今日こそ血祭に上げてやる!」
「おお怖い怖い、野蛮な男はイヤだねぇ」

 シウリンは横の成郡王に尋ねる。

「誰?」
「文郡王のイリン兄上だよ。母上の身分もほぼ一緒、誕生日も一月違い、宮も隣で、ずっといがみ合っているんだ」

 シウリンは穆郡王がなぜ、やたら張り切っているのか理由に納得した。

「つまり、文郡王に負けたくないから……」
「そうだよ。しかも、ああ見えて、あの二人は結構仲良しだしね」

 ずっといがみ合っているのに、結構仲良し。

「意味がわからないんだけど」
「大丈夫、僕にもわからないから」

 成郡王とぽそぽそ喋っていたら、背後からグインと肅郡王が声をかけてきた。

「よお、アイリン、例の、どいつだよ」
「そうそう、今日は見に来ているんだよね?」

 二人にせっつかれて、成郡王はそっと恋人の場所を指差す。

「ほら、あそこ、あの、柱の陰の、緑色の襦裙じゅくんに白い領巾ひれの……」

 三人がどれどれとその人物を探す。

「あれ?」
「……あれかよ?ユエリンの女装の方が美人じゃねぇかよ」
 
 あからさまにがっかりした声でグインが言う。たしかに、ほっそりとした地味で大人しそうな女で、特筆するような美女でもない。

「ユエリンの女装より綺麗な女なんて、そうそういないよ」
「勝手に僕を女装させるなよ!」

 シウリンが不満そうに頬を膨らます。
 
 競技場からドンドンと太鼓の音が響く。審判を務める賢親王の息子、定郡王ニューインが騎馬で競技場の中央へ向かう。

「選手は中央へ!」

 シウリンたちは各自騎乗して、競技場の中央でお互い向かい合って礼をする。
 白球が投げ込まれ、試合の火蓋が切られた。
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