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三竅
6、好きな子
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「で、さあ、何くらーくなってたわけ? アイリン、てめぇの人生、生まれてこのかた明るい材料なんて何一つねぇんだから、今更落ち込んでんじゃねーよ」
酷いことを言う、とシウリンと肅郡王が眉を顰める中、言われた当人の成郡王はあははと力なく笑って、溜息まじりにグインに言った。
「好きな秀女を側室にしたいって母上に言ったんだけど、ダメだって……。んでもって、秀女もそろそろ交代させるって言われて……落ち込んでる」
「好きな秀女……」
グインが意味がわからない、という顔で成郡王を見ている。
「だいたいアイリンは、一人しか秀女置いてねぇじゃねーか」
「そうだよ。宮が狭いからね」
「一人しかいないのに、好きとか嫌いとか、よくわかるな?」
今度は成郡王がヘンな顔をしてグインを見る。
「一人しかいなくても、その子が好きがどうかはわかるでしょう、ね、ユエリン」
急に話を振られて、シウリンは吃驚する。
「さあ。僕は三人いるけどどれも好きじゃない」
「好きじゃない子とするの、辛くないの?」
「……そりゃ、辛いけど。でも深く考えないことにしてる。女なんて、誰でも一緒でしょ」
「違うよ。好きな子と、好きじゃない子とじゃ、全然違うよ」
成郡王の言葉に、他の三人がはっとする。
「……そんなことないだろ。ヤることは一緒なんだし」
グインが憮然とした顔で言う。
「もともとは、僕だって秀女は二人いたんだよ。月の障りの時とかに困るからってさ。でも、ある時に気づいたの。石竹が好きだって。そうしたら、もう一人とするのがすごい苦痛になったの。だから、その一人は返して、石竹だけ置いている。君たちも、本当に好きな子ができたら、わかるよ」
成郡王の話を聞いて、グインが眉間に皺を寄せている。いつも子分として扱っている成郡王に説教されて、グインとしてはプライドを刺激されているらしい。
「馬鹿馬鹿しい。好きとか嫌いとかで変わりなんかあるかよ。そりゃ、胸のデカいの小さいの、アソコの締まり具合だの、違いはあるけどな」
「僕の好きな理由はそんなことじゃないよ。石竹と一緒にいられれば、別にしなくたっていい。でも、一緒にいると触れたくなる。石竹以外には、そんな気持ちになったことない」
シウリンは形のよい眉を顰めながら、黙って成郡王の話を聞いていた。
「別に、俺は気持ちよければ何でもいいよ。好きとか嫌いとか、馬鹿馬鹿しい」
グインがあくまでも言い張るのに、成郡王が月を眺めながら言う。
「……初めて、石竹が好きだって気づいた時、ものすごく気持ちがよかった。今までのは何だったんだろうってくらい。身体が気持ちいいだけじゃなくてさ。……心が、充たされるっていうかさ」
しばらく、誰も何も言わないで、風が梢を揺らす音と、虫の声だけが、響いた。
「……それで、石竹はどうするの?」
シウリンが尋ねる。
「わからない。母上が言うには、なるべく早く結婚相手を見つけて、皇宮を出なければならないって。僕の母方のおじいさんはもう死んでいて、碌な財産もないから、邸第を建てるお金なんてないって。だから財産のある貴族の令嬢を捕まえるしかないんだけど、そんなのわざわざ僕なんかのところにこないだろうって。だから、結婚前に側室を置いておくのはとんでもないって。……本当なら、正妻もいらないんだけど」
成郡王が肩を落とす。皇子が独立する際には、それなりの支度金は出るが、金額は皇帝の腹一つである。おそらく、皇帝は成郡王の独立に余分な金を下賜したりはしないだろう。帝都で邸など買うのはまず不可能な金額で、いきなり住処にも困る状況に陥る可能性すらある。
ほぼ同様の生い立ちではあるが、肅郡王の母良娣の実家は資産家なので、少なくとも独立後の住まいを心配する必要がない分、ほんの少しだけ、肅郡王は恵まれていると言えた。
「金持ち女と結婚する以外に、方法はないの?」
シウリンの質問に、成郡王が力なく笑った。
「神殿に入って僧侶になれば、邸第を建てる必要がないから……どっちみち石竹とは一緒になれないけれど」
僧侶になれば結婚自体できない。その選択はシウリンには極めて魅力的ではあったが、好きな女がいる男には選択できない道だ。
成郡王が深い溜息をついて、言った。
「ごめん、どうしょうもないこと、愚痴って……今度のさ、撃鞠には秀女も見に来るだろう?だから、もし試合に勝ったら、石竹に名前を聞こうと思って」
秀女に「名を聞く」とは、側室になるようにプロポーズすることを意味する。成郡王はすでに成人しているから、側室に上げる上げないの判断は、彼個人でできる。母親の反対を押し切って、側室に上げる、ということだ。
「……負けちゃったら、どうするの?」
思わず、と言う風に肅郡王が聞く。
「……諦める」
「マジで!」
グインが黒い目を大きく見開く。
「てめぇ俺に説教までしておいて、何だよ、意気地なし!」
「だって、しょうがないじゃない……」
鴛鴦宮の池には、満月が映って、さざ波が揺れていた。
試合に勝っても負けても、ろくな事にならなさそうな成郡王の決意に、シウリンは自分を巻き込まないでほしい、と切実に思うのだった。
酷いことを言う、とシウリンと肅郡王が眉を顰める中、言われた当人の成郡王はあははと力なく笑って、溜息まじりにグインに言った。
「好きな秀女を側室にしたいって母上に言ったんだけど、ダメだって……。んでもって、秀女もそろそろ交代させるって言われて……落ち込んでる」
「好きな秀女……」
グインが意味がわからない、という顔で成郡王を見ている。
「だいたいアイリンは、一人しか秀女置いてねぇじゃねーか」
「そうだよ。宮が狭いからね」
「一人しかいないのに、好きとか嫌いとか、よくわかるな?」
今度は成郡王がヘンな顔をしてグインを見る。
「一人しかいなくても、その子が好きがどうかはわかるでしょう、ね、ユエリン」
急に話を振られて、シウリンは吃驚する。
「さあ。僕は三人いるけどどれも好きじゃない」
「好きじゃない子とするの、辛くないの?」
「……そりゃ、辛いけど。でも深く考えないことにしてる。女なんて、誰でも一緒でしょ」
「違うよ。好きな子と、好きじゃない子とじゃ、全然違うよ」
成郡王の言葉に、他の三人がはっとする。
「……そんなことないだろ。ヤることは一緒なんだし」
グインが憮然とした顔で言う。
「もともとは、僕だって秀女は二人いたんだよ。月の障りの時とかに困るからってさ。でも、ある時に気づいたの。石竹が好きだって。そうしたら、もう一人とするのがすごい苦痛になったの。だから、その一人は返して、石竹だけ置いている。君たちも、本当に好きな子ができたら、わかるよ」
成郡王の話を聞いて、グインが眉間に皺を寄せている。いつも子分として扱っている成郡王に説教されて、グインとしてはプライドを刺激されているらしい。
「馬鹿馬鹿しい。好きとか嫌いとかで変わりなんかあるかよ。そりゃ、胸のデカいの小さいの、アソコの締まり具合だの、違いはあるけどな」
「僕の好きな理由はそんなことじゃないよ。石竹と一緒にいられれば、別にしなくたっていい。でも、一緒にいると触れたくなる。石竹以外には、そんな気持ちになったことない」
シウリンは形のよい眉を顰めながら、黙って成郡王の話を聞いていた。
「別に、俺は気持ちよければ何でもいいよ。好きとか嫌いとか、馬鹿馬鹿しい」
グインがあくまでも言い張るのに、成郡王が月を眺めながら言う。
「……初めて、石竹が好きだって気づいた時、ものすごく気持ちがよかった。今までのは何だったんだろうってくらい。身体が気持ちいいだけじゃなくてさ。……心が、充たされるっていうかさ」
しばらく、誰も何も言わないで、風が梢を揺らす音と、虫の声だけが、響いた。
「……それで、石竹はどうするの?」
シウリンが尋ねる。
「わからない。母上が言うには、なるべく早く結婚相手を見つけて、皇宮を出なければならないって。僕の母方のおじいさんはもう死んでいて、碌な財産もないから、邸第を建てるお金なんてないって。だから財産のある貴族の令嬢を捕まえるしかないんだけど、そんなのわざわざ僕なんかのところにこないだろうって。だから、結婚前に側室を置いておくのはとんでもないって。……本当なら、正妻もいらないんだけど」
成郡王が肩を落とす。皇子が独立する際には、それなりの支度金は出るが、金額は皇帝の腹一つである。おそらく、皇帝は成郡王の独立に余分な金を下賜したりはしないだろう。帝都で邸など買うのはまず不可能な金額で、いきなり住処にも困る状況に陥る可能性すらある。
ほぼ同様の生い立ちではあるが、肅郡王の母良娣の実家は資産家なので、少なくとも独立後の住まいを心配する必要がない分、ほんの少しだけ、肅郡王は恵まれていると言えた。
「金持ち女と結婚する以外に、方法はないの?」
シウリンの質問に、成郡王が力なく笑った。
「神殿に入って僧侶になれば、邸第を建てる必要がないから……どっちみち石竹とは一緒になれないけれど」
僧侶になれば結婚自体できない。その選択はシウリンには極めて魅力的ではあったが、好きな女がいる男には選択できない道だ。
成郡王が深い溜息をついて、言った。
「ごめん、どうしょうもないこと、愚痴って……今度のさ、撃鞠には秀女も見に来るだろう?だから、もし試合に勝ったら、石竹に名前を聞こうと思って」
秀女に「名を聞く」とは、側室になるようにプロポーズすることを意味する。成郡王はすでに成人しているから、側室に上げる上げないの判断は、彼個人でできる。母親の反対を押し切って、側室に上げる、ということだ。
「……負けちゃったら、どうするの?」
思わず、と言う風に肅郡王が聞く。
「……諦める」
「マジで!」
グインが黒い目を大きく見開く。
「てめぇ俺に説教までしておいて、何だよ、意気地なし!」
「だって、しょうがないじゃない……」
鴛鴦宮の池には、満月が映って、さざ波が揺れていた。
試合に勝っても負けても、ろくな事にならなさそうな成郡王の決意に、シウリンは自分を巻き込まないでほしい、と切実に思うのだった。
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