【R18】渾沌の七竅

無憂

文字の大きさ
上 下
57 / 255
三竅

5、秋の夜

しおりを挟む
 撃鞠ポロの練習の後、部屋に帰って一風呂浴び、汗を流してホッと涼んでいると、成郡王が遊びにきた。最近、成郡王はシウリンの部屋に遊びに来る事が多い。一つには、弟とはいえ皇后腹の皇子を呼び出すことができないこと。もう一つは、母である宝林がイライラしていることが多いせいらしい。成郡王の住むのは清寧殿だが、二十七世婦の一人である宝林では一つの宮丸々独占はできず、他の才人やら婕妤やらいう宮女も同居している。年頃の皇子が住むのも少々不具合が多いのであるが、皇帝から半ば忘れられている成郡王に対する特別な配慮など期待できない。大概の皇子宮では三人から五人の秀女が妍を競うものなのだが、宮が手狭であるという理由で、成郡王は三年前からずっと一人の秀女だけを置いているという。

 シウリンはメイローズに命じて早めの夕食の支度をさせる。いい月が出る夜とのことで、中庭の池の畔の四阿あずまやに準備をさせて、それまで〈陰陽〉を囲みながら冷えた果実水など飲んでいると、グインの小宦官が使いに来て、グインと肅郡王もこの後遊びに来ると言う。慌てて夕食を四人分に追加させる。先日の水遊び以来、東宮の二人まで鴛鴦宮のユエリン皇子の部屋に入り浸りである。

「何が気に入ったんだろうねぇ」

 パタパタと扇子で仰ぎながら、シウリンが少しばかり迷惑そうに言った。いつも突然やって来るから、準備が大変なのである。

「ああ、グインのところもお父上がいろいろ面倒くさいみたいだから、居心地が悪いんだよ。その点、皇后陛下は干渉がなくて羨ましい」

 今夜も皇后は皇帝の居宮によばれているのである。だいたい、月の半分はいないから、シウリンは気楽なものだ。

「グインが来るってことは、今夜も遅くまで居座るよね……フォン、今日は誰の当番だった?」

 シウリンが脇に控えていた小宦官のフォンに尋ねる。

「今日は五の日ございますから、木蓮様ですね」
「そう……来客があって今夜は無理そうだと伝えてくれる?一日そのままずらすから」
「承知いたしました」

 伝言を伝えるために下がっていくフォンの後ろ姿を見送って、成郡王が言った。

「曜日で秀女の当番を決めているの?」
「そう。それが一番公平だから」
「特別に好きな子はいないの?」
「いない。面倒くさいからやだな、ってのは実はいるけれど、口に出すと揉めるから、黙ってる」

 玻璃のグラスの底に沈んだ果肉を銀の匙ですくいながらシウリンが言うと、成郡王が言った。

「母上がね……そろそろ秀女を交代させるって言うんだ」
「へえ……三年目……だっけ? それ、長いの? よくわからないけど」
「普通は、長くても二年くらいらしいけど。普通である必要なんてないよね?」

 成郡王は、グラスをぐるぐると銀の匙で掻き回している。

「僕は、石竹セキチクに側に居て欲しいのに、母上は四つも年上なんて、ダメだって……」
「気に入っているなら、側室にすればいいんじゃないの? ゲルもデュクトもそう言うよ? 僕は今いる子はどれもそこまで好きじゃないから、どうでもいいんだけれど。追い返すわけにもいかないから、置いているんだよ」

 シウリンは成郡王に言った。成郡王は睫毛を伏せて言った。

「結婚するまでは、側室はダメだって……。ただでさえ、僕のところなんて嫁の来てがないのに、側室付きなんてことになったら、ますます誰も来なくなっちゃうからって」

 母の身分が低い成郡王とはいえ、皇子は皇子。結婚相手となれば十二貴嬪家の正室腹の娘に限られる。が、出世がほぼ見込めない成郡王に、大事な娘を差し出そうという大貴族など、まずいない。成郡王の母の宝林としては、経済的にも政治的にも、少しでも後ろ盾になってくれそうな、割のいい結婚相手を見つけたいと躍起になっているのだ。せめて身辺を身綺麗にして、正妻一人を大切にするというポーズは見せておきたい。

 帝国は一夫一妻多妾制、とは言うが、何人もの側室を抱えているのは一部の色好みか、幼少から女に囲まれた生活に慣れている皇子くらいのものである。むしろ帝国の貴族層では正妻の地位が高く、強固な一夫一婦制を維持していると言っていい。故に、十二貴嬪家の令嬢の中には、多くの妃嬪や側室を抱える皇族に嫁ぐのを忌避する風潮すらある。
 要するに、成郡王としては長く身辺に置いた秀女を側室に上げたいのだが、少しでもよい結婚相手を見繕いたい母宝林に反対され、さらに秀女を交代させよと言われているというのだ。

 こういう問題になるとシウリンは何とも答えようがない。そもそも帝国の貴族制度について、シウリンはあまりに無知であったから。

「……母上に、もう一度お願いしてみたら?」

 シウリンが控えめに成郡王に言うと、成郡王は気弱そうな微笑を浮かべて頷いた。

「そうだね。それしかないかも……」

 何となく暗い雰囲気になったあたりで、乱暴な足音がしてグイン皇子と肅郡王の兄弟がやってきた。やはり今日も、どう見てもグインがボスで、兄のはずの肅郡王は下僕かいいとこ取り巻きにしか見えない。

「おっす! 何だ、お前らまで湿気た面して! 辛気臭ぇ親父の説教から逃げてきたってのに、勘弁しろよ」
「……相変わらずだよね。説教したくなる君の父上の気持ちもわかるよ……」

 シウリンがあまりの傍若無人さに眉を顰めると、グインは豪快に笑った。

「なーに言ってやがる。おめぇの落馬なんて、うちの親父が呪ったせいだなんて噂されてんだぞ、親父に同情してる余裕なんてねーだろーが!」

 ちょうど食事の準備が整ったとメイローズが呼びにきて、四人で四阿に移動する。皇后の不在の日であれば、ある程度の自由が許されるようになっていた。

 まずは前菜五品。普段のシウリンはあまり贅沢はしないが、友人が来た以上もてなさなければ鴛鴦宮の、ひいては皇后の威信にも関わってしまう。枝豆の酒粕漬け、水晶肴肉豚の煮凝り、兎肉の山椒風味、春雨の和え物、そしてシウリンの好きな松花蛋ピータン豆腐。

 野菜料理は奶油青菜青菜のクリーム煮に香姑(キノコ)炒め、魚介は芙蓉炒蟹白いカニ玉紅焼排翅フカヒレ姿煮清湯燕窩ツバメの巣のスープ。肉はユエリン皇子の好物|(ということになっている)東坡肉かくにに饅頭とネギを添えて。点心は水晶餃に芹菜セロリ餃子、グインのリクエストで湯麺が出て、デザートは芝麻球ごまだんご

 成人している兄達のために醸造酒を出したら、成人前のグインも一丁前にガンガン飲みだして、全然足りないというので焼酎まで追加して散々飲み食いする。食の細いシウリンは、途中からはかなりセーブして、ただ友人たちの健啖ぶりに呆れるばかりだ。

「やっぱこの宮はメシがうめえよなー」

 グインが高価な鱶鰭フカヒレを惜しげもなくばくばく喰いながら、感心する。鴛鴦宮は皇后宮だけあって、独立の厨を備えている。他の宮の分は火事を恐れて大膳房で一括して作る。よって力の弱い妃嬪はアレが食べたいといった注文など付けられないし、遠い宮だと料理が冷めてしまう。東宮は独立の厨を持つが、グイン曰く、厨師の腕がイマイチで、さらに親父の食い物の趣味が悪い、らしい。

「僕の宮に鱶鰭も燕窩ツバメの巣も、回ってきたことないなぁ」

 成郡王がしみじみと言う。人気のある食材は、有力妃嬪の宮を優先するので、非力な宮まで回らないらしい。

「どうしてそういう不公平をするかなぁ。食べ物の恨みは恐ろしいっていうのにさ」

 シウリンは鱶鰭も燕窩もそれほど好きではないので、そんなものが来なくてもどうってことはないのだが、同じ皇子でさらに一つしか違わないのに、成郡王と自身との待遇の差に申し訳ない思いしか湧かない。

「まあしょうがないよ。皇子に生まれて、少なくとも食べ物に不自由はしていないし。人間、どうしたって平等ではないんだから」

 成郡王が肩を竦める。庶民から見れば雲上人の皇子たちにも、仔細にみればそれこそ天上人間天と地ほどの開きがある。貧しい暮らしを知るだけに、シウリンは目の前の溢れるほどの料理と、それを全く疑問に思わないグインの豪快な食べっぷりを見比べてしまうのだった。

 あらたか料理を片づけ、後はそのまま四阿で月を見ながらの酒盛りとなる。シウリンと成郡王と肅郡王は少し甘い白い葡萄酒を冷やして、グインは西方渡の葡萄の蒸留酒ブランデーやら言う酒をちびちび舐めていた。つまみは木の実と、胡麻を入れ、甘みを抑えたパリパリの焼き菓子と、定番の向日葵の種。

 くさむらで、秋の虫が鳴いていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新再開
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

氷獄の中の狂愛─弟の執愛に囚われた姉─

イセヤ レキ
恋愛
※この作品は、R18作品です、ご注意下さい※ 箸休め作品です。 がっつり救いのない近親相姦ものとなります。 (双子弟✕姉) ※メリバ、近親相姦、汚喘ぎ、♡喘ぎ、監禁、凌辱、眠姦、ヤンデレ(マジで病んでる)、といったキーワードが苦手な方はUターン下さい。 ※何でもこい&エロはファンタジーを合言葉に読める方向けの作品となります。 ※淫語バリバリの頭のおかしいヒーローに嫌悪感がある方も先に進まないで下さい。 注意事項を全てクリアした強者な読者様のみ、お進み下さい。 溺愛/執着/狂愛/凌辱/眠姦/調教/敬語責め

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

処理中です...