【R18】渾沌の七竅

無憂

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三竅

4、撃鞠

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 秋は皇子たちの撃鞠ポロが行われる。馬球、打馬球とも言われるが、騎馬で球を打ってゴールに入れるこの競技は、貴族の子弟たちに大変な人気があった。馬術の鍛錬にもなるということで、皇子たちにも推奨されたのである。あまり馬術が得意でなかったシウリンではあるが、とくにデュクトが復帰してからは重点的に指導されてかなり腕を上げていた。さすが貴族的な教養にかけては右に出る者がないデュクト、文句無しの撃鞠の名手であったのだ。

 毎年、秋には巡検に出る皇子たちを壮行する意味もあって、皇子を二つの組に分けて撃鞠の試合を行うことが恒例であった。一チーム四人、普通は巡検に出る成人した皇子たちが参加するのだが、今年はなぜか、未成年であるシウリンも出場を打診された。

「えー。ちゃんと試合したことないし、無理だよ」

 基本、目立ってボロが出たら嫌だとシウリンは思っているので、及び腰である。

「大丈夫ですよ。馬術も上達されましたし……」

 デュクトが微笑んで言う。もとの顔に険があるので、微笑んでも常に苦笑いに見える。例の一件以来、シウリンは出来る限りデュクトと二人きりにならないようにしていた。一月以上経っても、まだ恐怖心が消えないのだ。そんなシウリンを、デュクトは相変わらず背後からじっと見つめてくる。

「出る場合は、どこのチームに入るの?」
「基本的には、現在後宮にお住まいの殿下がたで組みますから……」

 デュクトが指折り数える。現在後宮内に住む皇子たちの中で、最も年嵩なのは淑妃の子で第九皇子の順親王コーリンである。彼が二十になるはずだ。親王としては賢親王エリン皇子の下の第三親王となる。皇位継承権を持つ皇子としては久しぶりの誕生であったため、息子を溺愛した淑妃は皇子の結婚を売り惜しんで婚期を逸しかけている。

 第十皇子は夭折しているので、次は第十一皇子の十八歳の文郡王イリンとなって常儀の子、同じく第十二皇子の十八歳の穆郡王フォリンは昭儀の子である。
 その下に第十三皇子である襄親王じょうしんのうフリン。シウリンより二歳上の十六歳で恵妃の子である。そして第十四皇子の成郡王アイリン十五歳と、十四歳のユエリン皇子こと、シウリン。これ以下の年齢になると、体格的にも他の皇子と一緒に交じるのはやや厳しい。そうなると後は東宮にいる肅郡王マルイン十五歳、グイン皇子十四歳。

「これでようやく八人ですな。昨年は六人制にしたのですが、今年は八人制でできそうですね」
「なら、僕とグインを除いて六人制ですればいいじゃない」
「特に賢親王殿下より、殿下とグイン殿下をも加えるようにとのご指示があったのですよ。ここだけの話ですが、肅郡王殿下と成郡王殿下だけを出場させるのが不安なようなのです」

 母の身分が低い肅郡王と成郡王にはまともな傅役や侍従がついておらず、きちんとした指南役もついていない。馬術が危ういのだ。それで彼らと仲のいい年下の皇子も混ぜて、一緒に練習をさせようという腹なのだ。

「じゃあ、グインと僕とマルインとアイリンの四人でいいよ」

 シウリンが適当に知り合いをあげると、デュクトが首を振った。

「それだと年齢が不均衡になりますし、技量が偏り過ぎて試合になりませんよ」

 というわけで、順親王、文郡王、肅郡王、グイン皇子で一組、穆郡王、襄親王、成郡王、ユエリン皇子で一組、となった。

「グインみたいなデカいのがいるわけだから、年齢ばらけても不利じゃないのさ」
「身体の大きさはそれほど関係はありません」
「そうかもしれないけれど、僕はアイリンの他は知らない人ばっかりだし、うまくやる自信ないなあ」

 腹違いとは言え兄だし、会ったこともあるはずなのだが、何せシウリンは十二歳以前のという設定なのだ。
 気乗りしないシウリンを引っ張って、デュクトが後宮の北側にある広大な馬場に連れ出した。

 馬場ではすでに成郡王がおどおどしながら待っていた。

「ユエリン! よかった! 今年は僕まで出ることになって、どうしようかと思っていたんだよ」

 昨年まで、ほぼ存在を無視されていた成郡王は、いきなりの参加命令に真っ青になっていた。

「ちゃんと習ったことないんだよ。ジーノは武芸はからっきしだって言うし」
「僕だって十二歳以前の僕は存在しないも同然だからね。馬術なんて初めて一年ちょいだよ」

 この二人が同一チームの時点で、もはや勝利など不可能だろう、とシウリンは思う。二人が馬上で話をしていると、向こうからシウリンらより数歳年上らしい少年が二人、馬で近づいてきた。

 一人は背が高く、ガタイもいい野性味のある容貌の青年で、癖のある黒髪を風にそよがせている。もう一人は対象的な、いかにも文学青年ぽい容貌で、茶色っぽい髪を長めにして、うなじのところで一つにまとめている。

「あれ、だーれ?」
 
 シウリンがぽそっと成郡王に尋ねる。

「ええっ? あ、ああ、そっか、記憶がないんだったね。背の高い方が穆郡王のフォリン兄上、髪の長いのが襄親王のフリン兄上だよ」

 成郡王が小声で説明していると、少し向こうのほうから、穆郡王が声をかけた。

「おーい、アイリン、ぼやぼやするな! とっとと練習始めるぞ!」
「あっ、は、はい!」
「今年はお前も参加させてやるんだからな。とりあえず足を引っ張るなよ!」

 偉そうにふんぞり返って言う穆郡王をシウリンは目をぱちくりさせて眺める。駆けてきた穆郡王は、ぽかんとしているシウリンに目を留め、少し困ったような顔をした。

「えーと、ユエリン……殿下は、初めての参加ですよね? 希望のポジションはあります?」
 
 穆郡王は一応皇后の子であるユエリンには気を使って敬語で話しかけて来たのだ。シウリンは薄く微笑んだ。

「……弟なんですから、呼び捨てで構いません。ポジションは、どこでも……」

 呼び捨てで構わないと言われ、穆郡王よりも、横で聞いていた襄親王が驚いた声を出した。

「ええっ?!……ユエリン殿下……落馬してから人が変わったって聞いていたけれど、本当だったんだ……もしかして、アイリンと仲良くしているの? あんなに罵倒していたのに……」

 二歳上で、曲りなりにも恵妃の息子である襄親王に対しては、流石のユエリンも少し遠慮があったらしい。シウリンは会ったこともない双子の悪行に、いつまでも呪われる自分の人生に密かに溜息をつきながら、肩を竦めた。

「十二歳までの僕は死んだと思ってください」

 本当に死んだんだけどね、とは口に出せないので、心の中で舌を出す。

 とりあえず、軽く球をやり取りして互いの技量を確かめることにした。やってみると、さすが年上だけあって、穆郡王はなかなかの腕前であった。襄親王はそこそこ、成郡王はかなり危なっかしい。シウリンは経験こそ浅いのだが、勘がいいのか巧みに馬を操り、球を打つコントロールもよかった。

「ユエリン、意外と上手いじゃないか!」

 穆郡王は黒い目を輝かし、シウリンに言った。全速力で走り抜ける穆郡王にシウリンが正確な球をあげ、そのまま穆郡王が走り込んで敵のゴールを奪う、という動きを何度か繰り返した。デュクトがそれを見ながら、幾度か打球桿マレットの扱い方についてアドバイスを行い、その後、デュクト、ゾラ、そして襄親王の侍従武官であるルーン、穆郡王の侍従武官のハルの四人との模擬戦を行う。

 わかったのは、デュクトの手綱捌きと打球桿の扱いの上手さは神業レベルだと言うことであった。

 皇子たち四人は、ひたすらデュクトの手練に翻弄された。変幻自在に打球桿を操り、あっちへこっちへ走らせられる。おそらく、そんなに真面目に馬術をやってなかった襄親王と、きちんとした指南役がついていない成郡王はもう、ヘロヘロである。結局、理由は知らないがやけに張り切っている穆郡王と、シウリンがひたすら馬を駆り続ける羽目になった。

 デュクトと並走しながら球を前に送る。馬をギリギリに寄せてくるデュクトが鬱陶しい。ゾラや他の侍従武官はそれなりに手加減してくれているようなのに、デュクトのこの妙な本気は一体何なのだ! 馬が交錯し、球が奪われそうになる。前方に待機している穆郡王にパスしたいのだが、さっきからデュクトに邪魔されてうまくいかない。シウリンは後方にへろんへろん駆けてくる成郡王の姿を認めると、咄嗟に打球棹を逆に振って、後に飛ばした。

「アイリン!」

 シウリンが叫ぶ。急に球が飛んできた成郡王はびっくりしたようだが、何とか球を取られずに確保する。その隙にシウリンは斜め前に走ってデュクトのマークを外した。

 成郡王が即刻シウリンに向かって球を打つ。右目の端に、ゾラが走り込んでくるのを捉えながら、寸前で球を奪ってそのまま駆け、思いっきり振り抜く。
 
 白球が、はるか前方の二本の柱の間に吸い込まれる。
 シウリンは馬で駆け続けて、自身もゴールの間を抜けて球の行方を確認した。

 試合は、五日後に迫っていた。
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