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二竅
19、デュクトの懊悩
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ゾラやゾーイ、トルフィンら、若い侍従官たちも水浴び用の服に着替え、鍛え上げた鋼のような上半身を晒して、周囲の警戒に怠りない。……ゾラは即刻、仕事を忘れて水遊びをエンジョイし始めたのだが。
その様子を、暑い最中にありながら、全く衣服を緩めることなく着こなしたデュクトが、布製の日除け傘の下の臥台に凭れるように座り、苦々しい表情で見ている。
ゲルとゲルフィンと成郡王の傅役のジーノが、皇子たちと御付きの者の昼食を準備しながら、世間話をしていた。
「ユエリン殿下はお身体がよろしくなって、よかったですね」
ジーノが人のいい笑みを浮かべながら言った。ジーノは八侯爵家の傍系の出で、皇子の母宝林の母方の姻戚に当たり、頼み込まれて、およそ出世しそうにない不遇な皇子の傅役を務めている。それでも、まだ傅役が付いているだけマシと言えなくもなく、グインの庶兄の肅郡王に至っては傅役さえ付けられていない。皇太子の傅役やグインの傅役たちがついでに面倒を見ているのだ。勢い、グインの後をついて歩く以外に身の置き所がない。兄でありながらグインの子分のような扱いなのは、そんな理由である。
貴種でない母親から生まれた皇子の扱いなどその程度であり、ことに皇太子は長男をほとんど無視していて、ゲルフィンが見かねて、傍系ながら貴種の血を引く侍従武官を見繕ったくらいである。
その母の血筋ゆえに魔力が弱く、〈王気〉も弱い皇子たちであるが、本人の如何ともしがたいところで、兄弟たちと差別されているのを見て、ゲルもゲルフィンも何とも言えぬ憤りを感じているのである。
昼食は味噌をつけた焼き握りと、高菜の漬物で巻いた握り飯、酸っぱい梅漬け、山椒を効かせた川魚の佃煮、白瓜の古漬け、鶉の煮卵、猪肉の火腿、焼き玉米に、茹でた青い大豆。それに冷たい麦湯、大人用の麦酒と冷えた醸造酒をゲルフィンが家から持ってきた。デザートは井戸の水で丸のまま冷やした大きな水瓜。
重ねられる竹製の榻を沢山邸から持ち出し、やはり持ち出した木樽を卓代わりにしてその周囲に並べる。デュクトは遅れてやってきたグインの正傅であり、自身の従兄のゼクトと、皇子たちを見ながら何やら深刻そうな話をしていた。
準備が整ったところで、ゲルフィンが皆を呼びにやる。
「殿下がた、お中食ですよ!」
水中でくんずほぐれつしながら、盛大な水しぶきをあげて夢中になってじゃれ合っていた少年たちが、その声に空腹を思い出し、目を輝かせて川から上がってきた。
こうして見ても、グイン皇子の体格の良さは別格である。シウリンもひ弱な印象はあったが、最近の猛稽古ですっかりと余計な肉が削げ落ち、少年期らしいしなやかな筋肉に覆われた細身の肉体は、見惚れるほど美しかった。デュクトは天の造形のようなその美しい肢体を食い入るように見つめていた。
と、川から上がろうとしたシウリンを、グイン皇子が悪ふざけをして足をひっかけ、バランスを崩したところを、ばしゃんと川の方に放り投げる。デュクトがはっとなって腰を上げたが、すぐ背後についていたゾーイが素早く腕を掴んで引っ張り上げた。
箸が転んでも可笑しい年頃なのか、引っ掛けた方も、引っ掛けられた方も、げらげらと腹を抱えて笑い合っている。そのままシウリンはゾーイの逞しい肉体にしなだれかかるように支えられ、水を掛け合いながらふざけあって川から上がってくる。シウリンがゾーイを信頼しきって、その逞しい肉体に何のためらいもなく触れているのを見て、デュクトは猛烈な嫉妬に襲われた。
あの肌に、触れたい。
夏の光の中で輝く白い肌に、均整のとれたすらりとした肢体。
皇子たちとはしゃぎ合う無邪気な笑顔と、嬉しそうに野外での食事を楽しむ美しい唇。味噌の塗った焼握りが、楊枝に挿した鶉の煮卵が、焼き玉米が、赤い唇に吸い込まれ、煌めく皓歯に噛まれていく。指についた味噌をぺろりと舐めるその色気のある仕草。冷えた醸造酒を舐めながら、デュクトは身を妬く劣情と戦い続ける。
さながら戦神のような鍛え上げたゾーイに、主従の枠を超えて信頼を寄せ、安心しきった眼差しでその身体に凭れ掛かる、主の無防備な姿。
男と男の間にも、肉体を求める劣情が存在することを、この皇子は知らないのだろう。
ならば尚更、その無垢なる魂を踏みしだき、汚れなき肌を踏みにじりたい。
デュクトが許されざる恋慕に身を焦がしている時――。
ゾーイの肘に擦り傷があるのに、シウリンが気づく。
「どうしたの、これ」
「ああ、さっき殿下をお助けした時、水底の石で――」
皆まで言う前に、シウリンがその傷をぺろりと舐めた。
「な――!!」
周囲がその妖艶さに息を飲むと、シウリンはけろりとして言った。
「このくらいの傷なら、舐めれば治るよ。口に含めば、すこしなら魔力を施せるのさ」
見ると、擦り傷はもう、跡形もなく治っていた。
「だからと言って突然舐めないでください。吃驚するじゃありませんか」
「舐める、って言ったらよけるだろう?」
「そりゃあ避けますよ」
そんな風に何気ない会話を交わす主従を、ゲルフィンがにやにやと見ている。
「殿下、そんな風にゾーイに構うから、ゾーイが一向に女に興味を向けないのですよ。ご自身が、下手な女よりも美しいという自覚を持つべきです」
シウリンが、意味が分からないと言う風にゲルフィンを見る。
普段は椿油で髪を撫で付け、片眼鏡を付けているが、今日は野外の水遊びということで、髪もやや乱れ、服装もくだけていて雰囲気が柔らかい。
「そうかな? 女の子の方が可愛いと思うけど?」
「殿下でもそんな風にお思いになられますか」
ゲルフィンが意外そうに言う。
「女なんか面倒くさいだけだぜっ、この前も、贈物をくれだのなんだの、厄介でたまたらん!」
グインが言うと、ゲルフィンがすかさず言う。
「だったら、秀女をもう少しお控えください。飽きるのも早すぎますよ」
「うっせぇなー」
「グインはさ、どんな子でも一月もすれば飽きちゃうんだよね」
横から肅郡王がからかう。
「アイリンなんか、一人の秀女にずっと首ったけなんだよ?」
引き合いに出された成郡王が、やめてよっと言って、肅郡王の裸の胸を肘でつつく。
「僕の宮は人気がないから、新しい秀女があんまり来てくれないだけだよ」
「でも三年もずっと同じ秀女となんてさ、すごいよね?」
「マジ、すげえなあ。そんなに気に入りなら、側室にすればいいのに」
グインが感心するのに、成郡王が顔を赤らめた。
「うん……母上にはお願いしているのだけど、なかなかね……」
秀女というのは皇子の性欲処理係として派遣されてくる妃嬪候補のことである。厭きっぽくて秀女を使い捨てにするグインと異なり、成郡王は一人の秀女に入れあげているらしい。
一人、シウリンだけが三人の会話の意味が理解できずに、首を傾げていた。
先日のゾーイとの会話から、シウリンの閨房教育が遅れているのを推測していたゲルフィンは、そっとデュクトを見た。
だが、デュクトは何とも言えないぎらついた瞳で、仕える主をじっと見つめているだけだった。
ゲルフィンはその眼差しに何か背筋が寒くなるような嫌なものを感じて、ついつい視線を逸らしたのであった。
その様子を、暑い最中にありながら、全く衣服を緩めることなく着こなしたデュクトが、布製の日除け傘の下の臥台に凭れるように座り、苦々しい表情で見ている。
ゲルとゲルフィンと成郡王の傅役のジーノが、皇子たちと御付きの者の昼食を準備しながら、世間話をしていた。
「ユエリン殿下はお身体がよろしくなって、よかったですね」
ジーノが人のいい笑みを浮かべながら言った。ジーノは八侯爵家の傍系の出で、皇子の母宝林の母方の姻戚に当たり、頼み込まれて、およそ出世しそうにない不遇な皇子の傅役を務めている。それでも、まだ傅役が付いているだけマシと言えなくもなく、グインの庶兄の肅郡王に至っては傅役さえ付けられていない。皇太子の傅役やグインの傅役たちがついでに面倒を見ているのだ。勢い、グインの後をついて歩く以外に身の置き所がない。兄でありながらグインの子分のような扱いなのは、そんな理由である。
貴種でない母親から生まれた皇子の扱いなどその程度であり、ことに皇太子は長男をほとんど無視していて、ゲルフィンが見かねて、傍系ながら貴種の血を引く侍従武官を見繕ったくらいである。
その母の血筋ゆえに魔力が弱く、〈王気〉も弱い皇子たちであるが、本人の如何ともしがたいところで、兄弟たちと差別されているのを見て、ゲルもゲルフィンも何とも言えぬ憤りを感じているのである。
昼食は味噌をつけた焼き握りと、高菜の漬物で巻いた握り飯、酸っぱい梅漬け、山椒を効かせた川魚の佃煮、白瓜の古漬け、鶉の煮卵、猪肉の火腿、焼き玉米に、茹でた青い大豆。それに冷たい麦湯、大人用の麦酒と冷えた醸造酒をゲルフィンが家から持ってきた。デザートは井戸の水で丸のまま冷やした大きな水瓜。
重ねられる竹製の榻を沢山邸から持ち出し、やはり持ち出した木樽を卓代わりにしてその周囲に並べる。デュクトは遅れてやってきたグインの正傅であり、自身の従兄のゼクトと、皇子たちを見ながら何やら深刻そうな話をしていた。
準備が整ったところで、ゲルフィンが皆を呼びにやる。
「殿下がた、お中食ですよ!」
水中でくんずほぐれつしながら、盛大な水しぶきをあげて夢中になってじゃれ合っていた少年たちが、その声に空腹を思い出し、目を輝かせて川から上がってきた。
こうして見ても、グイン皇子の体格の良さは別格である。シウリンもひ弱な印象はあったが、最近の猛稽古ですっかりと余計な肉が削げ落ち、少年期らしいしなやかな筋肉に覆われた細身の肉体は、見惚れるほど美しかった。デュクトは天の造形のようなその美しい肢体を食い入るように見つめていた。
と、川から上がろうとしたシウリンを、グイン皇子が悪ふざけをして足をひっかけ、バランスを崩したところを、ばしゃんと川の方に放り投げる。デュクトがはっとなって腰を上げたが、すぐ背後についていたゾーイが素早く腕を掴んで引っ張り上げた。
箸が転んでも可笑しい年頃なのか、引っ掛けた方も、引っ掛けられた方も、げらげらと腹を抱えて笑い合っている。そのままシウリンはゾーイの逞しい肉体にしなだれかかるように支えられ、水を掛け合いながらふざけあって川から上がってくる。シウリンがゾーイを信頼しきって、その逞しい肉体に何のためらいもなく触れているのを見て、デュクトは猛烈な嫉妬に襲われた。
あの肌に、触れたい。
夏の光の中で輝く白い肌に、均整のとれたすらりとした肢体。
皇子たちとはしゃぎ合う無邪気な笑顔と、嬉しそうに野外での食事を楽しむ美しい唇。味噌の塗った焼握りが、楊枝に挿した鶉の煮卵が、焼き玉米が、赤い唇に吸い込まれ、煌めく皓歯に噛まれていく。指についた味噌をぺろりと舐めるその色気のある仕草。冷えた醸造酒を舐めながら、デュクトは身を妬く劣情と戦い続ける。
さながら戦神のような鍛え上げたゾーイに、主従の枠を超えて信頼を寄せ、安心しきった眼差しでその身体に凭れ掛かる、主の無防備な姿。
男と男の間にも、肉体を求める劣情が存在することを、この皇子は知らないのだろう。
ならば尚更、その無垢なる魂を踏みしだき、汚れなき肌を踏みにじりたい。
デュクトが許されざる恋慕に身を焦がしている時――。
ゾーイの肘に擦り傷があるのに、シウリンが気づく。
「どうしたの、これ」
「ああ、さっき殿下をお助けした時、水底の石で――」
皆まで言う前に、シウリンがその傷をぺろりと舐めた。
「な――!!」
周囲がその妖艶さに息を飲むと、シウリンはけろりとして言った。
「このくらいの傷なら、舐めれば治るよ。口に含めば、すこしなら魔力を施せるのさ」
見ると、擦り傷はもう、跡形もなく治っていた。
「だからと言って突然舐めないでください。吃驚するじゃありませんか」
「舐める、って言ったらよけるだろう?」
「そりゃあ避けますよ」
そんな風に何気ない会話を交わす主従を、ゲルフィンがにやにやと見ている。
「殿下、そんな風にゾーイに構うから、ゾーイが一向に女に興味を向けないのですよ。ご自身が、下手な女よりも美しいという自覚を持つべきです」
シウリンが、意味が分からないと言う風にゲルフィンを見る。
普段は椿油で髪を撫で付け、片眼鏡を付けているが、今日は野外の水遊びということで、髪もやや乱れ、服装もくだけていて雰囲気が柔らかい。
「そうかな? 女の子の方が可愛いと思うけど?」
「殿下でもそんな風にお思いになられますか」
ゲルフィンが意外そうに言う。
「女なんか面倒くさいだけだぜっ、この前も、贈物をくれだのなんだの、厄介でたまたらん!」
グインが言うと、ゲルフィンがすかさず言う。
「だったら、秀女をもう少しお控えください。飽きるのも早すぎますよ」
「うっせぇなー」
「グインはさ、どんな子でも一月もすれば飽きちゃうんだよね」
横から肅郡王がからかう。
「アイリンなんか、一人の秀女にずっと首ったけなんだよ?」
引き合いに出された成郡王が、やめてよっと言って、肅郡王の裸の胸を肘でつつく。
「僕の宮は人気がないから、新しい秀女があんまり来てくれないだけだよ」
「でも三年もずっと同じ秀女となんてさ、すごいよね?」
「マジ、すげえなあ。そんなに気に入りなら、側室にすればいいのに」
グインが感心するのに、成郡王が顔を赤らめた。
「うん……母上にはお願いしているのだけど、なかなかね……」
秀女というのは皇子の性欲処理係として派遣されてくる妃嬪候補のことである。厭きっぽくて秀女を使い捨てにするグインと異なり、成郡王は一人の秀女に入れあげているらしい。
一人、シウリンだけが三人の会話の意味が理解できずに、首を傾げていた。
先日のゾーイとの会話から、シウリンの閨房教育が遅れているのを推測していたゲルフィンは、そっとデュクトを見た。
だが、デュクトは何とも言えないぎらついた瞳で、仕える主をじっと見つめているだけだった。
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