【R18】渾沌の七竅

無憂

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二竅

7、疑惑の芽

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 それから数日後、皇宮の練武場でゾーイがシウリンに稽古を付けていると、メイガンに伴われたゾラが現れた。

「殿下、新たに殿下の侍従武官に任命されましたゾラ卿と申します。わしの古い友人の息子で、そこのゾーイとも幼友達でござれば、殿下も仲良くしていただければ重畳でござる」
「お初にお目にかかります。フォーラ家のジームが一子、ゾラと申します」

 ゾラが折り目正しく礼をするのを、稽古を中断したゾーイとシウリンが返礼を返す。

「ゾラといいますか。ゾーイの友達なら心強い。よろしくお願いします」
「殿下、また言葉遣いが丁寧すぎます……」

 ゾーイが指摘すると、あ、というように両手で頬を押さえ、気まずそうに言う。

「敬語を使わないようにすると、なんかぶっきらぼうな気がして……ちょうどいい言葉ってむずかしいね」

 その仕草がまるで恥じらう少女のようで、ゾーイもゾラも、複雑な顔になる。

「実は俺も堅苦しい言葉遣いが苦手なんっすよ。俺もこんな感じでしゃべるっすから、殿下も崩してもらえませんかね?」

 突然ぶっちゃけたゾラの発言に、シウリンが目を丸くする。

「何それ、変わった言葉遣いだね? 帝都の人はそんな風にしゃべるんだ」

 素直に感心するシウリンに、ゾーイが慌てた。

「ゾラの言葉遣いは悪すぎますから、真似しないでください。普段は無口なフリをさせているんですが、口を開くとこれなんです」
「無口なフリしてるとモテるんで、それはそれでいいっすよ」

 確かに、ゾラは黙っていれば精悍な騎士そのものといった雰囲気だ。ただし、ひとたび口を開くとすべて台無しである。しかし、シウリンはゾラのあけすけな態度が気に入ったようだった。
 ゾラはシウリンが持っているのが木刀だと気づいて、尋ねる。

「練習用の剣は使わねーんすか?」
「うーん、誰が触ったか分からないのは気持ち悪いし、剣は何だかちょっと怖いんだ」
「怖い?」
「とりあえず、しばらく木刀でいいよ。まだ下手くそだし」

 謙遜して笑う表情がかわいい。確かに女の子みたいだ、とゾラは思う。

「それより、ゾラも強いの? 僕、ゾーイとゾラの立会が見てみたい」

 シウリンの希望により、ゾーイとゾラは互いに練習用の剣を持って、立ち会うことになった。シウリンはメイガンの横で、解説を聞きながら観戦する。

 ゾーイは身長が六プル(一プル=約三十センチ。約百八十センチ)を優に超える長身で、身体つきもガッシリとしている。一方のゾラは六プルにわずかに届かない、すらっとした身体つきだ。

「殿下はまだ身体が出来上がっていらっしゃいませんので、ゾーイのような大男ではなく、ゾラの戦い方が参考になりましょう」

 まずゾラが仕掛けた。踏み込んで右手の剣を顔面に突き入れる。ゾーイはそれを軽くいなして跳ね上げるが、その動きを利用してゾラはゾーイの懐に飛び込んで素早く首元を狙う。もちろん、ゾーイもそれは読んでいて、後ろに飛びすさって避け、距離を取る。

「ゾーイより小柄なゾラは接近戦に持ち込みたいところですが、ゾーイは上背とリーチを生かしてやや離れたところから、膂力りょりょくを活かした戦いが得意です」

 貴種であるゾーイとゾラはそれなりの魔力を持っている。だいたいはその魔力を体内で循環させて体力や筋力を強化させるか、身体に纏わせて防御力を上げる。ちなみに、放出系の魔法を使える者は数が少なく、そういう者は神殿に入って聖職者になることが多い。

 カンカンと剣がぶつかる音が飛び交い、互角の打ち合いが続く。稽古を付けてもらう中で、シウリンはゾーイの力強く豪快な剣捌きに目を瞠るばかりだったが、このゾラの風のように素早く、飄々とした趣の剣も素晴らしい。

 僧院で、シウリンはジュルチ僧都に棒術を指南されていたが、実はそれほど熱心に稽古していたわけではない。魔力制御の訓練が主たる目的で、シウリンとしても相手が敬愛するジュルチだから、ジュルチと二人汗を流すのが楽しくてやっていただけで、強くなろうという気がまるでなかった。ただ、ジュルチは常に、

『周囲の〈気〉を感じ、〈気〉と一体になり、それを取り込み、わが身の〈武〉として放出する。これは陰陽の奥義に近づく一つの手段だ』

と述べていた。つまり魔力というのは自然界に存在する陰陽の〈気〉を、わが身に取り込んで使役する能力なのであり、魔力を制御するとは陰陽の〈気〉と一体化することに他ならない。陰陽の〈気〉を自身の〈武〉力として使役する場合は、それを〈柔〉と〈剛〉へと変換するのだが、シウリンはジュルチや、ゾーイの動きから、彼らが自然界の〈気〉の気を取り込み、それを〈剛〉の〈気〉に変換しているのを目の当たりにしてきた。しかしシウリン自身となると、〈気〉を取り込むまではいいのだが、なかなか〈剛〉の気として変換できなかった。今、ゾラの動きを見てシウリンは思う。

(〈柔〉の気だ――。〈柔〉の気へと変換する武術もあるのだ――。ゾーイの力強い〈剛〉剣を受け流し、風のように切り込む〈柔〉の剣だ)

「ゾラの身上は素早さ、そして狙いの的確さです。……ただその分、どうしても体力を使います。今の状態では、まだゾーイが優位でしょう」

 メイガンの言う通り、互角と思われた戦いも、徐々にゾラが追い詰められていく。体力の足りないゾラは、魔力の一部を体力回復と増強に振り分けねばならないから、攻撃力を削らざるを得ないのだ。

(確かに、ゾーイは強い。どこから攻撃してもかわすし、一振りの剣勢が強くて、まともにくらったら剣が折れそうだ)

 ガキーン!
 凄まじい金属音とともにゾラの剣が折れ、剣先が地面に突き刺さる。

「勝負あり!」

 メイガンの判定に、ゾラががっくりと肩を落とす。

「また負けた……」
「まあ、あと十年は勝ちを譲ってやるわけにはいかんな。……それに、途中の突きがまだ甘いぞ。あと、体力をもっとつけろ」

 ゾーイが年上らしく、ゾラの戦い方を寸評する。
 シウリンは、少年らしく顔を紅潮させて、二人を賞賛した。

「すごいね、二人とも! とても面白かったよ。とくにゾラ、僕はあんな柔らかい剣を使う人を身近で見たのは初めてだ。また時間があるときは君にも指南してもらいたいな」

 にっこりほほ笑んで首を傾げてお願いする仕草の、あまりの可愛らしさに、ゾラは鼻血を吹きそうであった。

(これ……女だったら惚れてる……いや、男でも、俺は新しい何かに目覚めそうだぜ……)

 ゾラとゾーイが一休みする横で、メイガンがシウリンに稽古をつけ始めた。ゾラはその動きを見て、何とも言えない違和感を覚える。下手くそってのとも微妙に違う。動きがわずかにぎこちない。

「なあ、ゾーイ兄貴、殿下ってもしかして、左利き?」

 ゾーイが驚いてゾラを見る。そしてもう一度シウリンの動きを追った。

「そうか……! 今まで気づかなかった。筆も箸も、右手で使っていたし、初心者だからこんなものかと思っていたが……」

 そして、立ち上がって稽古を止める。

「殿下、もしかして左利きなのではありませんか?」

 ゾーイの問いに、シウリンはぎくりとして固まる。

「え、あ……あの……ごめんなさい、頑張って直します」

 それを聞いてゾーイが目を丸くする。

「直す必要はありませんよ。左利きなら剣を左手で持てばよいのです」
「ええっ! いいの?……箸も筆も、左ではみっともないって……デュクトが……」
「箸や筆はともかく、剣は命を守るためのものです。命のやり取りは利き手でするものですよ」

 ユエリンの返答を聞いていたメイガンも言う。

「今まで、利き手でない手でやっていたのですか。それにしてはよく進歩されていましたね。右手は右手でこれからも鍛錬を続ければ、両方の手で剣を握ることもできますよ」
「そうそう、片手だけ鍛えてもバランスが悪くなる」

 そうして、シウリンに木刀を左手で持たせて、稽古を再開する。
 見違えるように動きが滑らかになった。右手で教えてきたことは左手でもできるようだ。
 流れるようなシウリンの動きを満足気に見つめながら、一方で、ゾーイには何か詐術にかかっているのではないか、という気分が心の奥底に湧き出るのを感じていた。

 今まで、ユエリン皇子が左利きだという話は聞いたことがなかった。確かに、筆や箸は作法と関わるので、高貴な生まれであれば矯正されるのかもしれない。しかし、剣は別だ。落馬事故の以前の師範は、どう教えていたのだろうか。

(そうだ、落馬する以前から馬も剣も学んでいたはずだ)

 記憶障害で全て忘れているので馬も剣も一から教えるように、との話だったが、それも奇妙な話だ。記憶を失っても、剣や体術などの身体で覚えたことは、その身体に染み込んでいるはずなのだ。だがこの皇子の稽古を始めたころの動きは、まるっきりの初心者だった。

(頭を打てば剣の使い方も忘れてしまうのだろうか?)

 そう思いながら皇子の動きを目で追う。右手で剣を使っていたときとはわからなかったが、これは以前からきちんと訓練された動きだと気づいた。

(だがこれは――剣ではない。何かもっと長い――槍術か棒術か――)

 槍術も武術の一種として、特に戦場では重要視されるが、どちらかと言えば平民の武器だ。年端もいかない高貴な少年に、いきなり槍術だけ指南するようなことはしない。何か最初にするとすれば、やはり剣だろう。

 ゾーイは初めて皇子に剣術を指南した時のことを思い出していた。まず、剣を握ってもらおうとしたが、怖いと言って拒否された。それで初日は何も持たず、体術の動きから始めたのだった。その動きはなかなか洗練されていた。やはり体は憶えているものなのだ、とゾーイは思ったのだから。だから一層、ゾーイが持ってきた木刀の握り方もなってないことに内心仰天したのだ。
 あの体術の動き……やはり流れるような動き……。どこかで見たことがある。

(あれは……旅の托鉢僧を我が家に泊めたとき……彼の朝の修行の拳法を見せてもらったのだ……そうか、拳法か)

 僧侶は戒律によって聖剣以外の剣に触れることを禁じられている。その分、護身術として武器を持たない拳法や、刃を持たぬ棒術が発達し、それは修行の一部として心技体を鍛えるために行われているという。

 これ以上考えてはいけない。

 心の中のもう一人のゾーイが警鐘を打ち鳴らす。だが、ゾーイの思考は止まらなかった。

(皇子が以前学んでいたのは、おそらく棒術だ。僧侶が修行の一環として行う、棒術と拳法。……食事の前は必ず熱心に祈りを捧げ……親父殿は修行僧のようだと評したが……)

 そう言えば、街に出て宦官や侍女に土産を買うときも、支払は傅役のゲルにさせていた。そもそも、貨幣や売り買い、というものにあまりに疎く、初めて街を見たときは驚愕で声も出ない様子だった。皇子だし、記憶も欠損しているし、そんなものかと思ったけれど、悪所通いまでしていたはずなのに、なんともちぐはぐだ。

(だが、例えば聖地の僧院で、世間から隔絶されて育てば……)
 
 ゾラやジームより聞く印象と、全く異なる今のユエリン皇子。
 考えすぎるな、やめろ。ゾーイの心が訴える。

 ゾーイは艶のある黒い髪を翻し、汗を飛び散らせながら動くシウリンの動きから目が離せなくなっていた。
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