【R18】渾沌の七竅

無憂

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二竅

2、外の世界

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 剣と馬の稽古も始まった。本来、剣術と馬術はデュクトが教授する予定であったが、デュクトに代わってメイガンという初老の騎士が剣術や兵学の師としてつけられ、その末子で二十一歳のゾーイを侍従武官として任官させ、武術と魔力制御を学ばせる師とした。

 メイガンは十二貴嬪家であるマフ家の当主で、皇帝直属軍である禁軍のうち、皇宮騎士団を束ねる将軍を務めていたが、将軍としての役職は長男に譲り、半ば隠居状態にあった。落馬事故から武術訓練を再開するユエリン皇子の師として賢親王が白羽の矢を立てたのだが、寄る年波もあって実地の訓練は長くは厳しい、ということで末子のゾーイが侍従武官として補助につくことになったのである。

 皇子の入れ替わりの事情を知らないメイガンとゾーイには、皇子は落馬の後遺症で記憶の欠損が激しいこと、それゆえ剣も馬も、すっかり初心者レベルに戻ってしまったこと、特に馬には恐怖感があること、そしてそのことはおおっぴらにはできぬ、と説明してあった。

 メイガンもゾーイも賢親王のたっての頼みとはいえ、ユエリン皇子の素行の悪さを噂で聞いていたため、内心気が進まなかったのであるが、実際に目の前に現れたの線の細い美少年にまず驚き、話してみればその素直で真面目な性格がすぐに気に入り、指導に熱が入った。

 シウリンは剣に触れるの忌避する風があったので、ゾーイは無理強いせずに自分が子供のころに使っていた木刀を持ってきて、立ち合いではなく素振りから始めた。

「まずは療養期間に落ちてしまった筋肉を鍛え直すところから、ゆっくりと始めましょう。すべての基本は太刀筋です。正しい太刀筋を学ばなければ、剣は上達しません」

 ゾーイは見上げるような長身に、がっしりとした身体つきをし、隆々たる筋肉を持っているが、実は脳筋ではなく理論派であった。皇宮騎士団で見習いの育成に携わってきたので、若いながらも幼い少年の訓練には一家言ある。

 魔力制御に関しても、室内で座った状態で行うデュクトとの訓練と異なり、ゾーイのやり方は屋外で身体を動かしながら行う方法だった。これは聖地でジュルチ僧都そうずの指導の下で行っていた方法に近く、シウリンはこちらの方に馴染みがあった。

「剣術を教える師匠が同時に魔力制御を教えるのは、魔物を討伐する際に、聖別された武器の力を引き出すためなのです」

 ゾーイは刃を潰した練習用の剣を握り、それをゆっくり振り下ろしながら言う。

「体内の魔力と聖別された武器の聖なる力を同調させて、武器の力を引き出すのです。そのためには、まずは体内の魔力を完全に制御していなければなりません」

 シウリンは木刀を握って首を傾げる。

「……やっぱり、魔物狩りって、僕も行かないとダメなのかな?」

 ゾーイが逞しい眉をぴくりと動かす。
 龍種と貴種――皇族と十二貴嬪家に連なる高位貴族家――の男たちにとって、交代で巡検に赴くのは当然のことだ。ゾーイも十三の歳から見習いとして騎士団に所属し、剣の腕を磨いて、十五歳の成人以後は皇宮騎士団から毎年のように巡検に参加し、魔物狩りの経験もあった。何しろ魔物は聖別された武器と、その力を引き出せる龍種と貴種の男にしか討伐できないのだ。それこそが帝国が厳格な身分制を敷き、貴賤結婚を厳しく禁じて、龍種と貴種の高貴な血を守っている理由なのである。魔物を狩れるのは高位貴族の男にとって、まさしく自身の高貴な生まれを証明する誇りであった。

「皇子と十二貴賓家とそれに連なる高位貴族の男たちは、十五歳で成人すると聖騎士として辺境へ巡検にでかけ、辺境の安全と魔物の出現に備えるのですよ。二千年間続く重要な役割です。おろそかにすることはできません」

 ゾーイが生真面目に答えるのに、シウリンは困ったように首を傾げる。

「そうなんだ……なんかおっかなそうだなって、思って」

 たしかに目の前の美少年は少女と言ってもいいくらいの嫋やかさで、ゾーイとしてもこの美少年に魔物狩りができるとは思えないのだが、だが巡らす魔力は相当に強く、訓練すれば貴重な戦力になることは間違いなかった。

「無理をしないで少しずつ、でよいのです。魔力の流れを意識しながら、もう一度やってみましょう」

 ゾーイは皇子が戦いに恐怖感と嫌悪感を持たないように、徐々に慣らしていくことにした。

 彼らのもう一つの課題は馬術である。
 落馬の影響で馬には恐怖心が残る、というのでメイガンもゾーイも心配していたが、意外にも皇子は動物好きで、馬を優しく撫でてやれば馬もすぐに懐いた。だが、まず一人で馬に乗ること自体が難しい。最初はゾーイが肩を貸し、幾度も練習してようやく一人で跨れるようになったが、視線が高くなることに恐怖心が消えず、数日の苦労の末、なんとか並足までは進んだ。療養の影響で体力の減退がはなはだしく、体幹と太ももの筋肉をつけ直す必要があるとゾーイは考えていた。

 メイガンは兵学の教授も行った。こちらはすぐにメイガンが舌を巻くほどの進歩を見せ、机上の模擬戦ではメイガンを破るほどになった。

「殿下は大変な将器です。もう少し体力をつけ、武術を身に付ければ、戦場で得難い人材となりましょう」

 メイガンは機会を作っては、遠乗りと称してシウリンを皇宮の外に連れ出した。メイガンとゾーイに守られ、シウリンは季節の移ろいゆく帝都を目の当たりにする。

 帝都暁京――人口四十万を超え、神世より続くこの世界最大にして最古の都市。はじめて市街に下りた日、シウリンはその壮麗さ、猥雑さに圧倒された。都の大路を馬車や荷車、人が行き交い、物売りの声が響く。市には帝国全土を越え、広く世界中の物産が所狭しと並ぶ。様々な人種、民族、独自の文化を持つ人々が帝都に集い、商い、出会い、別れていく。

 シウリンの柔軟な心は、目覚ましい勢いで知識を吸収した。ただ優しいだけのひ弱な、線の細い少年は、ようやく出会った信頼できる人に守られて、少しずつ成長をはじめていた。
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