【R18】渾沌の七竅

無憂

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一竅

8、ユエリン皇子

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「ここは、どこなの?……僕を連れてきた人、……えっと、デュクトさんは?」
「ここは皇宮です。デュクト様……正傅殿は現在、殿下を無事にお連れしたことを、賢親王殿下……殿下の兄上様にご報告に行っています。そして、殿下にはこれから、兄上様とご対面していただきます」

 シウリンは手にした茶碗をあわてて茶托の上に戻した。

「兄上?……僕には兄上もいるの?」
「殿下は第十五皇子でいらっしゃいますから、十四人の兄上様と、二十二人の姉上様、殿下の下に合わせて十人の弟君と妹君がいらっしゃいますよ」

 シウリンは目を瞠る。さすがに二十二人の姉は多すぎだ。みなしごだったはずなのに、実はとんでもない大家族だったとは。

「その……両親にはいつ……?」

 別に両親には何の愛着も感じないが、無理矢理に近い形で連れて来られた以上、説明ぐらいは聞きたい気分だった。
 メイローズは首を傾げる。今日これから、その兄なる人が説明してくれるはずだ、と。

「今日この後来られる兄上様ですが、賢親王殿下、第三皇子エリン殿下でいらっしゃいます」
「え、二人も来るの?」
「違います。第三皇子のエリン殿下の、爵位が賢親王なのです」

 シウリンは思いっきり眉根を寄せる。

「シャクイ……もう少しわかりやすく」
「これから来られる方は、三番目の兄上であるエリン殿下です。この方の母上は、殿下の母上の伯母上にあたりますので、エリン殿下にとって、殿下はただの弟ではなく、母方からも縁の強い、ほとんど同母弟のように接していらっしゃいます」

 シウリンは頭がくらくらしてきた。

「僕、割に物覚えはいい方だけど、ちょっと無理だよ。何かに書いてくれる?」

 メイローズが硯箱と紙を持ってくると、シウリンは驚いた。

「院長様のお道具より立派な硯箱だ。……こんな上等な紙、初めて見た」
「殿下、ここにいらっしゃる以前のことは、口にしてはなりませぬ。……殿下はずっと、この部屋で眠っておられた。ようやく目を覚ました。よろしいですね」

 メイローズは硯で素早く墨をすると、さらさらと紙に皇子たちの名前を書いていった。

萬歳爺わんすいいえ……今上陛下には、現在二十一人の皇子殿下がいらっしゃいますが、そのうち、皇帝の御位を継ぐ資格を持つ親王殿下は皇太子殿下の他には現在三人いらっしゃいます」

 メイローズは、嘉親王ユリン、皇太子ロウリン、賢親王エリン、順親王コーリンと名を書いていく。

「後宮で三妃九嬪以上になるには、十二貴嬪家出身の者に限られております。また皇后はブライエ公爵家とマナシル公爵家の二つの家からしか出せません。先の皇后陛下はマナシル家のご出身で、ご所生の第二皇子であるロウリン殿下が皇太子の御位に就かれています。先の皇后陛下が早くにお亡くなりになり、第三皇子エリン殿下の母上であるブライエ家出身の皇貴妃さまもすでにご他界されていましたので、ブライエ家より新たに皇后陛下をお迎えし、生まれたのが第十五皇子のユエリン殿下――あなた様です」

 ちなみに、現在の皇后はエリン皇子の母である故貴妃の姪、つまりエリン皇子の従妹にあたる。母が皇后でなかったために皇太子には立てられなかったエリン皇子は、現在では優れた政治的見識で皇帝の補佐役として信頼も厚く、また皇后となった年下の従妹を妹のように可愛がっており、年の離れた異母弟となる皇后腹の皇子の後ろ盾となっていた。

「この、親王、ってのは皇子とどう違うの?」

 聞きなれない言葉にシウリンが尋ねる。

「成年に達した皇位継承権のある皇子が親王爵を、皇位継承権のない皇子は郡王爵を賜ります。所生の母君が皇后もしくは三妃以上でなければ、皇位を継ぐことはできません。ユエリン皇子殿下は皇后の所生であらせられますので、成年と同時に親王爵を賜ることになります」

 メイローズの説明にも、シウリンはピンとこないようだ。

「賢とか嘉とかは何なの?」
「爵位を賜るときに、縁起の良い称号も一緒に頂戴するのです。身分の高い方のお名前を直接お呼びするのは憚りがございますので、エリン皇子ではなく、賢親王殿下、とお呼び申し上げるのが普通です」
「……ふーん。……みんな名前にリンがつくんだね」
「輩行でございます。一世代上の方々はヤン、一世代下の方々はインが付きます」
「僕もシウリンだから……親戚?」

 メイローズは再びにっこりと微笑んで、言った。

「だいぶご記憶が混乱されているようですね。ユエリン殿下。殿下のお名前は、ユエリンですよ」

 シウリンは紙を眺めながら困惑する。何度言われても、自分はシウリンであってユエリン皇子ではない。

「……本物のユエリン皇子はどうしたの?」
「ユエリン殿下は三か月前、遠乗りの途中で落馬なさって頭を強く打ち、生死の境を彷徨われました。一時は命も危ぶまれたのですが、無事にお目を覚ましになられて……ですが、頭を打った衝撃で、記憶を失くしてしまわれたのですね、おいたわしい。……忘れた記憶など、すぐに覚え直せばいいのですよ。心配はご無用です」

 メイローズの笑顔を見て、シウリンは背筋が寒くなった。つまり、落馬したユエリン皇子はおそらくもう死んでいて、シウリンはその身代わりとして連れてこられたのだ。

「僕は……ユエリン皇子じゃない! 帰して……太陽宮に……聖地に帰る!」

(還俗して両親の元に帰る、と言われた。でも、死んだ皇子の身代わりとなるとは、聞いていない。話が全然違うじゃないか。……だいたい、皇子って何だよ?)

 ずいぶん混乱して大きな問題を見落としていたことに気づいた。

「そもそも僕は皇子じゃないよ! ユエリン皇子なんて、全くの別人じゃないか! そんなバカげた企み、いったいどうして!」

 シウリンが珍しく大声を上げた時、部屋の入口から威厳のある声がした。

「何を騒いでおる、ユエリン」
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