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16、市民の義務

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 目を見開いて驚愕するマコーレー、僕は言い放った。

「僕はローズマリーとルーカスの所在を探しあて、ルーカスが本当に友人の息子なのかどうかを確かめるため、彼女の周辺は徹底的に調査したのです。……もちろん、あなたのことも」
「な、なにを……」
 
 僕はステッキを両手で脚の間について、極力穏やかに言った。

「僕は基本的には事なかれ主義なので、わざわざあなたを告発するのは面倒くさいと思っていました。何事もなければ見逃してあげてもいいかなって。でも、僕からも金を取ろうとなさるのでしたら、そうは言っていられなくなりました」
「こ、告発って……」
「まず、医師法の違反。我が国で医師として開業するには、王立内科医協会が認める免許が必要です。あなた、免許持ってないですよね?」

 僕の問いかけに、マコーレーが怒り狂う。

「バカな、何を根拠に。わしはローレンス大学の医学部を出て、資格だって……」
「ええ、確かに、ローレンス大学の医学部を出たマコーレー医師は存在します。でも、あなたではない。彼は二十年ほど前に王都で置き引きに遭い、医師免許の入った荷物を盗まれたことがある。彼は医師免許を再発行し、今も故郷で開業しています。――まさか、闇に流れた自分の免許証を買って、偽医師に成りすます男がいるなんて想像もせずに」

 マコーレーが顔を真っ赤にして反論する。

「な、なんの証拠があって! わしはクライブ・マコーレーだ! 偽医者なんぞとバカにしおって、ただで済むと思うな! 証拠を出せ、証拠を!」

 わなわなと震えるマコーレーに、僕はにっこりと微笑んだ。

「証拠。簡単ですよ。……僕も、ローレンス大学の医学部を出ていますから。僕は卒業して間もないころに、同窓会で先輩のマコーレー医師と名刺を交換したことがあるんです。公衆衛生や貧しい人への医療の拡大に興味を持たれている、非常な熱血漢でした。ですから僕は下町であなたのお名前を聞いた時、最初は彼が、自ら貧しい人への医療に身を捧げているのかと。でも、一目で別人とわかりました」

 僕の指摘に、マコーレーがゴクリと唾を飲み込む。

「ローレンス大学の、医学部? 侯爵が?」
「僕は次男坊ですので、半年前に兄が事故で亡くなるまで、医者で食っていく必要があったのですよ。あなたが偽医者であることは、本物のマコーレー先生を呼び出せば一発。……ついでに言えば、ローレンス大学を出ている医師マコーレーは他にいません」

 ――実は、この家や彼の家作の所有権は、すべてさっきの目つきの悪い妻エリザベスの財産として登記されている。なぜ、妻名義なのか。さらにその妻が、浮気を半ば黙認しているのはなぜなのか。

 最初はわずかな引っかかりに過ぎなかったが、僕はローズマリーの件でマコーレーの身辺を洗い、彼の出身大学がローレンス大だと知って、おかしいと気づいた。
 マコーレー(偽)は本物のクライブ・マコーレーがどこかにいることを考慮して、敢えて妻名義で財産を登記し、おかげで妻に頭が上がらなくなってしまった。

 普通、目の前の医者を名乗る人物が本当に医者なのかなんて、気にしない。僕もたまたま本物のマコーレー医師を知らなかったら、よく知らないけど先輩なんだろうと流してしまっただろう。医者でもなく、ローレンス大の同窓生でもなければ、ますます気づかないに違いない。

 往診専門で下町の貧しい人を回るのは、他の医者との遭遇を避けるためだ。だから医師としての収入よりも、不動産からの収益が主で、普段は往診カバンを持ってそれっぽく歩き回って、医者の地位を利用してセコイ金儲けに走っていた。

 僕はさらに指摘する。

「ああ、薬事法の違反は重要ですね。――あなたは裏通りの娼館に怪しげな薬を流してる。媚薬、避妊薬、堕胎薬。……全部、違法な成分が入ったもの。けっこう、被害も出ているそうなので、これは警察がすぐに動くでしょうね」
「畜生、この青二才が! お前の口を封じてしまえば――」

 マコーレーが立ち上がり、背後のマントルピースの上の、いかにも模造品くさい東洋の壺らしきを掴み、僕の頭めがけて振り下ろす。

 僕はずっと両手で持っていたステッキを上げてそれを防いだ。

 ガシャーン!

 その音を合図にしたのか、どたどたと足音がして、紺色の制服の市警ヤードの警官たちが踏み込んできた。

「な……!」

 壺のカケラを握って呆然とするマコーレーは、乱入してきた警官が示した逮捕状に愕然とする。

「クライブ・マコーレー! 身分詐称と医師法違反の疑いで逮捕する!」

 逮捕状の罪名を聞いて、薬の方は間に合わなかったか、と思う。
 ――さっきようやく、雑貨屋の女将から娼館の名前を聞き出すのに成功して、即座に下男のサムを市警ヤードに走らせたのに。

 偽医者だけなら、本物のマコーレー先生には悪いけど、黙認してもいいかなと思っていた。警察に告発すると、こちらもいろいろ手続きを要求される。

 だが、僕とローズマリーの関係を知れば、マコーレーは僕を新たな金ヅルにしようとするかもしれない。だからやっぱりぶっ潰しておくしかないと、僕は警察と王立内科医協会に事前に垂れ込んでいた。身分詐称だけなら警察の動きは鈍いかもしれないと思い、マコーレーが裏通りの娼館に、怪しげな薬を卸しているという情報も、ついでに警察に伝えておいた。だが、娼館の名前がはっきりしなかった。

 下町の貧乏人や裏通りの娼婦たちを騙す程度には医学の知識がある。
 もしかしたら、医学生崩れなのかもしれない。それなりに下町では慕われていた。
 ――ただし、所詮は真似事の域に過ぎないけれど。

 両脇を警官に挟まれ、ギャーギャー騒ぎながら連行されていくマコーレーの、背後で怖い顔をさらに恐ろし気に歪め、女房がキイキイ喚いている。

「なんなのよ、アンタ! 貴族だからって! 亭主は偽医者じゃないわ! ちょっと!」

 僕に気づいて喰ってかかる女を警官が必死に押えつける。

「大人しくしろ、お前も連行されたいか!」

 警官が怒鳴りつけ、また、僕に向かい敬礼する。

「通報ありがとうございます! 侯爵閣下!」

 ――僕は今回、マクミラン侯爵、という身分を最大限、利用させてもらった。警察は身分と権力に弱いから。

「いえ、市民の義務ですよ。本物のマコーレー医師は、すぐにも王都に出てきてくれるようです」
「ご協力感謝します!」

 僕はマコーレーの家を一瞥し、待たせていた馬車に乗る。ルーカスは突然の捕り物に、好奇心で目をランランとさせていたが、御者が馬車から降ろすのを許さなかったらしい。

「マコーレー先生、ケーサツに捕まっちゃった!」
「……ルーカス、これはしばらく、お母さんには内緒にしておきなさい」
「どうして?」

 無邪気な丸い目を向けてくるルーカスの、頭をそっと撫でる。

「お母さんはマコーレー先生にはお世話になっているんだ。それが悪い人だったなんて、信じたくないだろう? 今はまだ、お腹の赤ちゃんも安定していない。……だから、ね?」
「ん、わかった! 言わない」
「いい子だ」

 マコーレーは始末できたが、ローズマリーの腹の子の、生物学上の父親があの男なのは間違いない。犯罪者の子を身ごもったと知ったら、彼女はさらに委縮するかもしれない。あの男の言いなりになっていた自分の、愚かしさにも落ち込むだろう。

 僕も医者の端くれとして、ローズマリーがなるべく、傷つかずに済むようにしたいから――
 


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