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28、衝撃

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 湖上祭で覆った舟には王女が乗っていた、との噂は、凄まじい勢いで王都中に広まった。水に落ちた王女は体調を崩して寝込んでしまい、ラファエルは王女を危険にさらした責任を取って、護衛の職を辞そうとしたがそれは許されず、ただ王女が臥せっている数日の間、自宅での謹慎となった。ぶつかった方の舟は、王都で羽振りのいい商人のドラ息子が、娼婦を着飾らせて貴族と詐って舟に乗せ、さらに王女に狼藉を働いたということで、そちらは厳重な処罰を受けた。
 
 やはり王女とラファエルは人目を忍ぶ仲だったのだ、と人々は噂しあう。ミレイユも当然、噂に衝撃を受けたクチだ。

「しかも助けたのがお兄様とエレイン様だったなんて」

 ミレイユは異母兄とその恋人を前に、溜息をつく。

「湖上祭で舟に乗ってみたいという姫君の希望に添って、ラファエルが護衛として同乗したと言うのだが――」
「そんな言い訳、不自然よ。あの舟が恋人同士で乗るものだとは、皆、知っているのですから」

 フィリップの言葉に、エレインが不満そうに言う。エレインは当然、銀髪の騎士と王女は恋人なのだと信じていた。実はフィリップの異母妹の恋人だと後から聞かされ、すっかりお冠であった。

「助けなきゃよかったわ」
「いや、ラファエルはともかく、姫君は助けなければまずいだろう」

 フィリップがエレインを宥める。あの後、フィリップたちには王宮より丁寧な令状と褒賞があった。

「ラファエルはミレイユにはどう、説明しているのだ」
「それが――」

 ミレイユが俯く。謹慎中だからと、手紙のやり取りも謝絶され、すべて戻ってきてしまった。恋人の不実を問い質したいのに、それすら拒否されている状態だ。

「お父様は、来月にはスール子爵とのお見合いをすると仰っていて、何とかその前に、一度ラファエルと話がしたいのに――」

 とうとう、ミレイユは涙を零す。フィリップはその様子に、両腕を組んで思案した。

 フィリップとラファエルは友人であるから、フィリップはラファエルとミレイユの仲を応援する立場を取っていたが、だが父親に対して働きかけるとか、そういう努力はしてこなかった。要はラファエルが爵位さえ得ればいいのであって、ラファエルほどの優秀な男なら、すぐにも叙爵は叶うと高をくくっていたからである。
 
 実際には、相当な功績をあげたらしいのに、ラファエルの叙爵は見送られた。何となく、背後に父アギヨン侯爵の暗躍があるのだろうと、フィリップは予想した。――つまり、父はラファエルに端からミレイユを嫁がせる気がないのだ。

 その一件でラファエルも思うところがあったのか、あるいは、彼もさすがに切れたのか。そこに、王太子が出戻りの王女の降嫁をチラつかせたら。
 しかも、フィリップの目にも王女は大変に美しいし、性格も素直そうだ。認められそうもないミレイユとの婚姻に拘るより、とっとと王女に乗り換えたいと、ラファエルでなくとも思うかもしれない。
 
 ミレイユの兄としては、ラファエルの心変わりを責めたい気持ちはあるが、一人の男として冷静に見れば、あくまでミレイユとの結婚を認めず、未だに邸への出入りさえ許さないアギヨン侯爵家のやり方はひどい。自分だったら、もっと早くに匙を投げていたに違いない。

「――ミレイユ、ラファエルに結婚を申し込まれて、何年になる?」
 
 ミレイユは手巾で目尻の涙をぬぐいながら、言う。

「十六の歳でしたから――三年になりますわ。何度もお父様には袖にされて、それでも諦めないと仰ってくださったのに」
「三年? 三年も、結婚の申し込みを断られ続けているの?」

 思わずエレインが身を乗り出す。

「……それは、確かに彼だけを責めるのは酷ね。彼の家だって、そこまでされれば面白くないでしょうし、王家からお話が来れば、断るのは難しいわ」

 エレインもまた、形のよい眉を顰めた。ミレイユが涙をぬぐいながら言う。

「何とか、彼と話がしたいの。お兄様、彼に手紙を渡して欲しいのよ」
 
 フィリップは少し唇を引き結んで、渋々頷いた。




 アギヨン侯爵家を出たフィリップとエレインは、馬車に同乗してエレインの家に向かう。その前に使者をジロンド伯爵家に向かわせ、この後の訪問の約束を取り付ける。

「俺はこの前、奴の命を救った恩人だ。俺の訪問までは拒否できないだろう」

 エレインを家まで送ってから、その後にジロンド伯爵家に向かうつもりだった。

「どうしてあなたのお父様は、ミレイユ様とラファエル様の結婚に反対していらっしゃるの? 確かに爵位はないけれど、ジロンド伯爵の次男で王宮の騎士、それも王太子殿下のお気に入りだと聞きましたわ」

 エレインは地方に領地を有する子爵家の娘で王都の情勢には疎いが、ラファエルが若手の中ではかなりの有望株だというのは情報として知っている。

「ジロンド伯爵家と繋がりができるのなら、たとえ爵位なんてなくても、彼を婿にという家は多いのではなくて?どうしてアギヨン侯爵様は、そんなに頑なに拒否なさるのかしら」
「ジロンド伯爵家は王党派だ。対して俺の親父は守旧派で、王家の力が強まるのを良しとしない。それに、親父はミレイユを爵位持ちの金持ちか、守旧派の権力を固めるのに役立ちそうな貴族に嫁がせるつもりでいる。ジロンド伯爵家は筋金入りの王党派で、ミレイユを嫁にやっても親父の派閥に寝返ってはくれない。嫁にやるだけ損だと思っているんだ」
 
 フィリップの返事に、エレインは呆れる。

「つまり、あなたのお父様がわたくしとの結婚に同意したのも――」
「君の父上の領地には、銅の鉱山がある。親父はそこの利権に目を着けているんじゃないかな」
「――最悪ね」
「結婚、考え直すか?」
「あなたも鉱山目当てなの? 父がそれをわたくしの持参金に含めるとは思えないけれど」

 ハシバミ色の瞳で問いかけるエレインに、フィリップが笑う。
 
「俺はそんな鉱山のことなんて、親父に聞いて初めて知ったよ。経営の仕方もわからんし、もらっても困る」

 その返答にエレインも噴き出した。
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