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25、小舟の上で
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「こんな小さな舟に乗るのは初めて!」
舟の中でクッションにもたれて、頭上の月と花火を眺めながら、ジュスティーヌがはしゃいだ声で言った。ジュスティーヌのドレスのスカートが、狭い舟の中で蟠って、華奢な彼女をより一層、か細く見せている。ラファエルは周囲に警戒を怠らずに、それでも嬉しそうに笑う姫君の笑顔を盗み見て、少しだけ無表情を和らげる。
「あまりはしゃがないでください。舟が覆ってしまいます」
「だってほら、あれ! ここから見ると、灯籠があんな風に見えるのね!」
「ええ、湖の女神に捧げるものですからね。湖から見て正面になるように設置するのです」
「じゃあ、今までずっと背中側から見ていたのね!」
ジュスティーヌが湖畔に居並ぶ灯籠を眺める。木枠と布で様々な形に作って、中に松明を入れて明かりを灯す。毎年意匠を凝らすが、今年は神話の一場面を模してあった。
王女が舟に乗ることは秘密にされている。だから大袈裟な護衛は付けることができず、少し離れたところで三艘ほど、恋人に身をやつした侍女と護衛の騎士が漂っている。その間を、何も知らない恋人たちの舟がブンブン通り抜けていく。恋人たちは恋に酔い、雇われた船頭はご祝儀に渡された酒に酔っているからだ。
もちろん、王女とラファエルの舟は事情を話して熟練の船頭を雇い、酒も飲んでいない。それでもさっきからギリギリで横をすり抜けていく、酒酔いの暴走舟にヒヤリとさせられっぱなしであった。
そんなラファエルの心境をよそに、ジュスティーヌは満月とそれが映る水面を嬉しそうに眺める。
「湖の中から眺める月も素敵ね。松明の明かりが湖面に映って揺らめいて……光の海にいるみたい」
ジュスティーヌの白い横顔が、松明の明かりに照らされて揺れる。目立たぬように薄いレースのヴェールを被っているけれど、湖面をわたる風に靡いて、金色の髪の一部が零れ出る。
たしかに、光の海の中にいるようだ――
ラファエルも思う。
幸せは、水に映った月影のようなもの――
いやむしろ、ジュスティーヌこそが、水に映った月のように美しく、儚く、けして手の届かないものなのだが。
うっとりと水面に浮かぶ二人には、それほどの言葉もない。とくに話す必要も感じないほど、二人は舟の中で満ち足りていた。
こんな時間が永遠に続けばいいのに――
ミレイユと二人で過ごすときには感じたことのない、不思議な充足をラファエルも得ていた。だが、これはただ一時の仮初の時。そろそろ、姫君に還御を促さなければ――。
ラファエルがほんの一瞬、陶然とその場の幸福に気を抜いてしまったその時。
そんな二人の舟の方に、やけにはしゃいだ舟が近づいてくる。酔っぱらっているのか、女がけたたましい笑い声を響かせ、男も大声でそれに相槌を打って、船頭までが一緒になって騒いでいる。
二人の舟を操る老船頭が危険に気づき、舟を避けようとするが、相手の舟の暴走具合はそれどころではなかった。周囲に離れて護衛しているセルジュや他の騎士が危ないと思い、慌てて船頭に命じて船を近づけるが、到底間に合いそうもない。
「旦那、あの舟がまともにこっちにやって来る! ぶつかっちまいます!」
舟の中でクッションにもたれて、頭上の月と花火を眺めながら、ジュスティーヌがはしゃいだ声で言った。ジュスティーヌのドレスのスカートが、狭い舟の中で蟠って、華奢な彼女をより一層、か細く見せている。ラファエルは周囲に警戒を怠らずに、それでも嬉しそうに笑う姫君の笑顔を盗み見て、少しだけ無表情を和らげる。
「あまりはしゃがないでください。舟が覆ってしまいます」
「だってほら、あれ! ここから見ると、灯籠があんな風に見えるのね!」
「ええ、湖の女神に捧げるものですからね。湖から見て正面になるように設置するのです」
「じゃあ、今までずっと背中側から見ていたのね!」
ジュスティーヌが湖畔に居並ぶ灯籠を眺める。木枠と布で様々な形に作って、中に松明を入れて明かりを灯す。毎年意匠を凝らすが、今年は神話の一場面を模してあった。
王女が舟に乗ることは秘密にされている。だから大袈裟な護衛は付けることができず、少し離れたところで三艘ほど、恋人に身をやつした侍女と護衛の騎士が漂っている。その間を、何も知らない恋人たちの舟がブンブン通り抜けていく。恋人たちは恋に酔い、雇われた船頭はご祝儀に渡された酒に酔っているからだ。
もちろん、王女とラファエルの舟は事情を話して熟練の船頭を雇い、酒も飲んでいない。それでもさっきからギリギリで横をすり抜けていく、酒酔いの暴走舟にヒヤリとさせられっぱなしであった。
そんなラファエルの心境をよそに、ジュスティーヌは満月とそれが映る水面を嬉しそうに眺める。
「湖の中から眺める月も素敵ね。松明の明かりが湖面に映って揺らめいて……光の海にいるみたい」
ジュスティーヌの白い横顔が、松明の明かりに照らされて揺れる。目立たぬように薄いレースのヴェールを被っているけれど、湖面をわたる風に靡いて、金色の髪の一部が零れ出る。
たしかに、光の海の中にいるようだ――
ラファエルも思う。
幸せは、水に映った月影のようなもの――
いやむしろ、ジュスティーヌこそが、水に映った月のように美しく、儚く、けして手の届かないものなのだが。
うっとりと水面に浮かぶ二人には、それほどの言葉もない。とくに話す必要も感じないほど、二人は舟の中で満ち足りていた。
こんな時間が永遠に続けばいいのに――
ミレイユと二人で過ごすときには感じたことのない、不思議な充足をラファエルも得ていた。だが、これはただ一時の仮初の時。そろそろ、姫君に還御を促さなければ――。
ラファエルがほんの一瞬、陶然とその場の幸福に気を抜いてしまったその時。
そんな二人の舟の方に、やけにはしゃいだ舟が近づいてくる。酔っぱらっているのか、女がけたたましい笑い声を響かせ、男も大声でそれに相槌を打って、船頭までが一緒になって騒いでいる。
二人の舟を操る老船頭が危険に気づき、舟を避けようとするが、相手の舟の暴走具合はそれどころではなかった。周囲に離れて護衛しているセルジュや他の騎士が危ないと思い、慌てて船頭に命じて船を近づけるが、到底間に合いそうもない。
「旦那、あの舟がまともにこっちにやって来る! ぶつかっちまいます!」
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