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番外編 聖地巡礼
そうだ! 聖地に行こう!
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「どうなさったのですか!」
真っ青な顔で倒れ込むように書斎のソファにへたり込む恭親王に、正傅のゲルが慌てて走り寄る。エールライヒは窓際の止まり木に止まり、バサリと羽ばたいて毛づくろいを始める。
「もうだめだ……私は天と陰陽に見放されたらしい……」
「何があったのですか!」
「アデライードが……」
ちょうど、副総督のエンロンが至急決裁の必要な書類を両腕に抱えて書斎に入ってきて、心配そうに恭親王を覗き込む。戸棚を開けて必要な書類を整理していたトルフィンも、作業を中断して近づいた。
「姫様がどうかなさったのですか?」
「……月の障りとやらで五日間も会えない……私の休暇はあと三日だというのに!最後の三日間、朝から晩までアデライードを抱きまくってハメまくってぐずっぐずのドロッドロにして数日立てなくなるまでヤりまくるつもりだったのに……天と陰陽はどうして私にここまで試練を与え続けるのだ!私がいったい何を……イテっ!」
ガツン、とすごい音とともに恭親王が頭を抱えて蹲っている背後で、ぶっとい革張りの『西方貴族年鑑(最新版)』を抱えたトルフィンが、軽蔑しきった眼差しで見下ろしていた。
「それは天と陰陽の与えた試練ではなくて、姫様への偉大なるご加護でしょうな」
「心配して損しました。新年早々、勘弁してください」
ゲルとエンロンも呆れてさっさと仕事に戻り始める。今年は新年の十五日に帝国の使者や周囲の小領主たちをも集めた結婚のお披露目をしなければならないため、彼ら文官はその準備のために、それこそ目の回るような忙しさなのである。
「ちょっと待て、仮にも主君にぶっとい本の角をお見舞いしたトルフィンには、お咎め無しなのか!」
「なかなか良い〈角〉をお見舞いしたようですな。素晴らしいチョイスですよ、トルフィン」
「急に暴言が来ましたけど、たまたま持ってたのがコレでよかったです!」
まるでゴールとアシストを決めたプレーヤーのようにGJ!を交わし合う正傅と侍従に、恭親王はふてくされてソファにどかっと座り、長い脚を横柄に組む。
「くそっ! せっかくの休暇だというのに、することがなくなってしまったではないか!」
「暇なら書類仕事手伝ってくださいよ!」
「せっかくの休暇に働くなんて、絶対嫌!」
トルフィンが書類束をバサバサと振るのを、プイっと横を向き、さてアデライード抜きの五日間、どうして過ごそうかと思案を巡らす。
総督府にいてもアデライードに会うこともできずに悶々と過ごすことになり、欲求不満が高じて彼女の部屋に突入をかましかねない。
(アンジェリカはああ見えて有言実行だからな。やると言ったら絶対やるからな。いや、すでに〈この人痴漢です!〉の張り紙の二枚や三枚や十枚くらい、準備万端かもしれん……)
さすがにそんなものをはっつけて、総督府内を歩くわけにはいかない。
(やはり外出する方がマシか……ダヤンのところにでも遊びに行くかな)
しかし、ダヤンにだって西方大都督としての仕事もあるし、家庭もある。新年早々遊びに行くのはやや気が引けた。行ったら確実に〈清談〉三昧だろうし。恭親王は狗の獣人があまり好きではなかった。
(ユリウス……とは年末に会ったばかりだし……レイノークス伯領にアデライード抜きで私だけ遊びに行くのは、どう見ても変だ)
だったら……と考えて、恭親王は思いついた。
(新年……ということは。やっぱりアレだろう)
「初詣に行く」
「はああ?」
突如言い出した恭親王に、トルフィンが素っ頓狂な声をあげる。
「新年だし。聖地の太陽神殿に参拝して、今後のソリスティアの平穏と来るべき戦勝を祈願してくる」
「それはよろしゅうございますね。昨年はいろいろと立て込んで、結局太陽宮まで行くことができませんでしたし。すぐに供物等の準備をいたします」
意外なことに正傅のゲルが賛成した。
「お前も一緒に行かないか?ついでにジーノに会って来ようと思うのだ」
「よろしいのですか。……実は妻に安産のお守ももらいたいと思っていて……ですが……」
ジーノとは、恭親王の兄の傅役を勤めていた人物で、兄が早世した後、出家して聖地太陽宮の僧院に暮らしている。ゲルや侍従たちとも親しかった。
ゲルがちらりと書類と格闘するトルフィンとエンロンを見る。エンロンが言った。
「忙しいは忙しいのですが、細かい事務作業ばかりで、正傅殿の決裁が必要な書類はそれほどないんです。この際ですから、正傅殿も休暇を兼ねて、行って来られてはいかがです?」
「いいのかな?申し訳ないが……」
「十五日が過ぎれば、今度はトルフィン殿が結婚の休暇に入りますからね。正傅殿も休暇は必要でしょう」
というわけで、正傅のゲルも同行することになった。あとは護衛を兼ねて武官の誰かを連れていくわけだが、ある意味これは選択の余地がなかった。静謐と貞潔を要求される聖地の僧院に、ゾラのような騒々しい男を連れて行けるはずがないからだ。
「ゾーイか……だが、正副の傅役を両方連れ出してしまっても大丈夫かな?」
「警備の点をご心配ならば大丈夫でしょう。ゾラもバランシュもおりますし」
「そうだな。……十五日の披露目までに、新たな侍従武官候補も到着する予定だし」
実は秋口には侍従武官候補たちに召命を出していたのだが、ちょうど聖騎士として辺境に巡検に行っていて帝都に不在であった。
「ではゾーイとゾラにその旨伝えてくれ。今夜ソリスティアを立って別邸に一泊し、明日朝一番で太陽宮に向かうと。太陽神殿にも連絡をいれておいてくれ」
恭親王はそう、ゲルとトルフィン、エンロンに告げると、シャオトーズに旅の支度を命じるために、エールライヒを肩に止まらせて自室に下がったのであった。
真っ青な顔で倒れ込むように書斎のソファにへたり込む恭親王に、正傅のゲルが慌てて走り寄る。エールライヒは窓際の止まり木に止まり、バサリと羽ばたいて毛づくろいを始める。
「もうだめだ……私は天と陰陽に見放されたらしい……」
「何があったのですか!」
「アデライードが……」
ちょうど、副総督のエンロンが至急決裁の必要な書類を両腕に抱えて書斎に入ってきて、心配そうに恭親王を覗き込む。戸棚を開けて必要な書類を整理していたトルフィンも、作業を中断して近づいた。
「姫様がどうかなさったのですか?」
「……月の障りとやらで五日間も会えない……私の休暇はあと三日だというのに!最後の三日間、朝から晩までアデライードを抱きまくってハメまくってぐずっぐずのドロッドロにして数日立てなくなるまでヤりまくるつもりだったのに……天と陰陽はどうして私にここまで試練を与え続けるのだ!私がいったい何を……イテっ!」
ガツン、とすごい音とともに恭親王が頭を抱えて蹲っている背後で、ぶっとい革張りの『西方貴族年鑑(最新版)』を抱えたトルフィンが、軽蔑しきった眼差しで見下ろしていた。
「それは天と陰陽の与えた試練ではなくて、姫様への偉大なるご加護でしょうな」
「心配して損しました。新年早々、勘弁してください」
ゲルとエンロンも呆れてさっさと仕事に戻り始める。今年は新年の十五日に帝国の使者や周囲の小領主たちをも集めた結婚のお披露目をしなければならないため、彼ら文官はその準備のために、それこそ目の回るような忙しさなのである。
「ちょっと待て、仮にも主君にぶっとい本の角をお見舞いしたトルフィンには、お咎め無しなのか!」
「なかなか良い〈角〉をお見舞いしたようですな。素晴らしいチョイスですよ、トルフィン」
「急に暴言が来ましたけど、たまたま持ってたのがコレでよかったです!」
まるでゴールとアシストを決めたプレーヤーのようにGJ!を交わし合う正傅と侍従に、恭親王はふてくされてソファにどかっと座り、長い脚を横柄に組む。
「くそっ! せっかくの休暇だというのに、することがなくなってしまったではないか!」
「暇なら書類仕事手伝ってくださいよ!」
「せっかくの休暇に働くなんて、絶対嫌!」
トルフィンが書類束をバサバサと振るのを、プイっと横を向き、さてアデライード抜きの五日間、どうして過ごそうかと思案を巡らす。
総督府にいてもアデライードに会うこともできずに悶々と過ごすことになり、欲求不満が高じて彼女の部屋に突入をかましかねない。
(アンジェリカはああ見えて有言実行だからな。やると言ったら絶対やるからな。いや、すでに〈この人痴漢です!〉の張り紙の二枚や三枚や十枚くらい、準備万端かもしれん……)
さすがにそんなものをはっつけて、総督府内を歩くわけにはいかない。
(やはり外出する方がマシか……ダヤンのところにでも遊びに行くかな)
しかし、ダヤンにだって西方大都督としての仕事もあるし、家庭もある。新年早々遊びに行くのはやや気が引けた。行ったら確実に〈清談〉三昧だろうし。恭親王は狗の獣人があまり好きではなかった。
(ユリウス……とは年末に会ったばかりだし……レイノークス伯領にアデライード抜きで私だけ遊びに行くのは、どう見ても変だ)
だったら……と考えて、恭親王は思いついた。
(新年……ということは。やっぱりアレだろう)
「初詣に行く」
「はああ?」
突如言い出した恭親王に、トルフィンが素っ頓狂な声をあげる。
「新年だし。聖地の太陽神殿に参拝して、今後のソリスティアの平穏と来るべき戦勝を祈願してくる」
「それはよろしゅうございますね。昨年はいろいろと立て込んで、結局太陽宮まで行くことができませんでしたし。すぐに供物等の準備をいたします」
意外なことに正傅のゲルが賛成した。
「お前も一緒に行かないか?ついでにジーノに会って来ようと思うのだ」
「よろしいのですか。……実は妻に安産のお守ももらいたいと思っていて……ですが……」
ジーノとは、恭親王の兄の傅役を勤めていた人物で、兄が早世した後、出家して聖地太陽宮の僧院に暮らしている。ゲルや侍従たちとも親しかった。
ゲルがちらりと書類と格闘するトルフィンとエンロンを見る。エンロンが言った。
「忙しいは忙しいのですが、細かい事務作業ばかりで、正傅殿の決裁が必要な書類はそれほどないんです。この際ですから、正傅殿も休暇を兼ねて、行って来られてはいかがです?」
「いいのかな?申し訳ないが……」
「十五日が過ぎれば、今度はトルフィン殿が結婚の休暇に入りますからね。正傅殿も休暇は必要でしょう」
というわけで、正傅のゲルも同行することになった。あとは護衛を兼ねて武官の誰かを連れていくわけだが、ある意味これは選択の余地がなかった。静謐と貞潔を要求される聖地の僧院に、ゾラのような騒々しい男を連れて行けるはずがないからだ。
「ゾーイか……だが、正副の傅役を両方連れ出してしまっても大丈夫かな?」
「警備の点をご心配ならば大丈夫でしょう。ゾラもバランシュもおりますし」
「そうだな。……十五日の披露目までに、新たな侍従武官候補も到着する予定だし」
実は秋口には侍従武官候補たちに召命を出していたのだが、ちょうど聖騎士として辺境に巡検に行っていて帝都に不在であった。
「ではゾーイとゾラにその旨伝えてくれ。今夜ソリスティアを立って別邸に一泊し、明日朝一番で太陽宮に向かうと。太陽神殿にも連絡をいれておいてくれ」
恭親王はそう、ゲルとトルフィン、エンロンに告げると、シャオトーズに旅の支度を命じるために、エールライヒを肩に止まらせて自室に下がったのであった。
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