上 下
178 / 191
番外編 聖地巡礼

最悪の新年

しおりを挟む
 新年を迎えたソリスティア総督府は、〈聖婚〉の花嫁を得、新たな年の始まりに清新な喜びに満ち溢れている――はずだったが、ソリスティア総督たる恭親王は、先ほど花嫁の侍女によってもたらされた報せにより、絶望の淵に突き落とされていた。

 朝の鍛錬を終え、総督夫妻用の広い居間に準備された朝食のテーブルの前に、普段ならばすでに待っているはずの愛しい妻の姿がなく、侍女のアンジェリカ一人だけが立っていることに言いようのない不安を覚える。ソリスティアの大商家の出身である侍女のアンジェリカは、この総督府内で恭親王が唯一、苦手とする人間である。彼女は一片の容赦も同情もなく、恭親王に非情なる宣告を下したのであった。

「姫様は今朝がたより月のさわりに入られましたので、以後、最低五日間は姫様の部屋にお入りにならないでください」
「月の……障り……?」
 
 なにそれ美味しいの? 的なポカンとした顔でアンジェリカを見上げる恭親王に対し、アンジェリカは舌打ちせんばかりに言い捨てる。

「そのくらいの知識はお持ちなんでしょ?姫様は昨夜くらいから少し腰が重いって仰っていたのに、無理させて。いいですか?姫様は毎月割と重くて大変なんですからね。この際、ゆっくりと養生していただきますから!部屋にも入って来ないでくださいよ!万一入ってきたら、〈この人痴漢です!〉って張り紙を背中に貼りつけてご公務に出ていただきますからね!」

 早口で言いたいことだけ言って、さっさと踵を返そうとするアンジェリカを、恭親王は何とか呼び止める。

「ちょ、ちょっと待てよ、い、五日間? 五日も私はお預けをくらうのか? せめて三日くらいにならないのか」

 今度こそ、アンジェリカははっきり舌打ちして軽蔑の眼差しを恭親王にぶつけてくる。

「殿下。姫様だって、好き好んで五日間、痛くて辛い思いをするわけじゃないんですよ?自分の意志で三日にできるもんなら殿下に言われなくたってしてますよ!ああいう、細くて華奢なタイプの方は往々にして重いんですよ!」
「重いってのは、重量が?」
「何訳のわかんないこと言ってるんですか!正真正銘の馬鹿なの?!これからシャオトーズさんに頼んでいた痛み止めのお薬もらって、一刻も早く姫様のところに行って差し上げたいんですから、くだらないことで呼び止めないでください!」

 縋る恭親王を振り切って、アンジェリカはぷりぷり怒りながら出て行ってしまった。後に残された恭親王は、アンジェリカへと伸ばした手の指先を、じっと見つめる――。

 そこへ側仕えの宦官であるシャオトーズが静かに朝食を持って入室し、恭親王の前に湯気の立つ白粥を給仕する。

「……あ、アデライードは?」
「先ほどアンジェリカよりお聞きになりましたよね?しばらく姫様はご自室の方で召し上がられるということでございます」
「しょ、食事も全部?」
「はい。それが西の方の習慣だと、うかがっております」
「つまりそれは……五日間、全く会えないってことか?」
「……そうなりますでしょうね。西では、この期間、女性は自室で過ごすか、女性同士でしかお会いにならないそうですので」

 女性文化の発達した西では、月経の時は男性に煩わされることなく、一人もしくは気の置けない女同士で過ごすのだという。
 だいたい、この世界の女性たちの下着と言えば腰巻だけだ。月経の時は専用の下着を用いるが、やはりいろいろと不自由も多い。ただでさえ体調も悪いのに、漏れたり汚したりといろいろ気も遣う。そんな時に男に周囲をウロウロされるなんて、ストレス以外の何ものでもない。
 というわけで、その期間は男性をシャットアウトして、女だけで気兼ねなく過ごす習慣が定着しているのである。

 シャオトーズの口から語られた西の習慣とやらに、恭親王は視えない鈍器で殴りつけられたかのような衝撃をうける。

(何ということだ!……この新年早々……五日もアデライード無しとは! 無理! 干からびて死んでしまう!)

 恭親王は思わず、右耳にはめた翡翠のピアスに触れる。昨夜、アデライードに強請って口に含んで魔力を込めてもらっているが、この程度の魔力で五日間を乗り切れるとは到底思えなかった。

 すっかり食欲を失い、葬式のような沈鬱な表情で食事を終えると、フラフラと書斎の方に歩いていった。その主の後を、鷹のエールライヒがバサバサッと羽ばたきながら付いていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる

KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。 城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

マッチョな俺に抱かれる小さい彼女

雪本 風香
恋愛
社会人チームで現役選手として活躍している俺。 身長190センチ、体重約100キロのガッチリした筋肉体質の俺の彼女は、148センチで童顔。 小さくてロリ顔の外見に似合わず、彼女はビックリするほど性に貪欲だった。 負け試合の後、フラストレーションが溜まった俺はその勢いのまま、彼女の家に行き……。 エロいことしかしていません。 ノクターンノベルズ様にも掲載しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...