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番外編 聖地巡礼
最悪の新年
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新年を迎えたソリスティア総督府は、〈聖婚〉の花嫁を得、新たな年の始まりに清新な喜びに満ち溢れている――はずだったが、ソリスティア総督たる恭親王は、先ほど花嫁の侍女によってもたらされた報せにより、絶望の淵に突き落とされていた。
朝の鍛錬を終え、総督夫妻用の広い居間に準備された朝食のテーブルの前に、普段ならばすでに待っているはずの愛しい妻の姿がなく、侍女のアンジェリカ一人だけが立っていることに言いようのない不安を覚える。ソリスティアの大商家の出身である侍女のアンジェリカは、この総督府内で恭親王が唯一、苦手とする人間である。彼女は一片の容赦も同情もなく、恭親王に非情なる宣告を下したのであった。
「姫様は今朝がたより月の障りに入られましたので、以後、最低五日間は姫様の部屋にお入りにならないでください」
「月の……障り……?」
なにそれ美味しいの? 的なポカンとした顔でアンジェリカを見上げる恭親王に対し、アンジェリカは舌打ちせんばかりに言い捨てる。
「そのくらいの知識はお持ちなんでしょ?姫様は昨夜くらいから少し腰が重いって仰っていたのに、無理させて。いいですか?姫様は毎月割と重くて大変なんですからね。この際、ゆっくりと養生していただきますから!部屋にも入って来ないでくださいよ!万一入ってきたら、〈この人痴漢です!〉って張り紙を背中に貼りつけてご公務に出ていただきますからね!」
早口で言いたいことだけ言って、さっさと踵を返そうとするアンジェリカを、恭親王は何とか呼び止める。
「ちょ、ちょっと待てよ、い、五日間? 五日も私はお預けをくらうのか? せめて三日くらいにならないのか」
今度こそ、アンジェリカははっきり舌打ちして軽蔑の眼差しを恭親王にぶつけてくる。
「殿下。姫様だって、好き好んで五日間、痛くて辛い思いをするわけじゃないんですよ?自分の意志で三日にできるもんなら殿下に言われなくたってしてますよ!ああいう、細くて華奢なタイプの方は往々にして重いんですよ!」
「重いってのは、重量が?」
「何訳のわかんないこと言ってるんですか!正真正銘の馬鹿なの?!これからシャオトーズさんに頼んでいた痛み止めのお薬もらって、一刻も早く姫様のところに行って差し上げたいんですから、くだらないことで呼び止めないでください!」
縋る恭親王を振り切って、アンジェリカはぷりぷり怒りながら出て行ってしまった。後に残された恭親王は、アンジェリカへと伸ばした手の指先を、じっと見つめる――。
そこへ側仕えの宦官であるシャオトーズが静かに朝食を持って入室し、恭親王の前に湯気の立つ白粥を給仕する。
「……あ、アデライードは?」
「先ほどアンジェリカよりお聞きになりましたよね?しばらく姫様はご自室の方で召し上がられるということでございます」
「しょ、食事も全部?」
「はい。それが西の方の習慣だと、うかがっております」
「つまりそれは……五日間、全く会えないってことか?」
「……そうなりますでしょうね。西では、この期間、女性は自室で過ごすか、女性同士でしかお会いにならないそうですので」
女性文化の発達した西では、月経の時は男性に煩わされることなく、一人もしくは気の置けない女同士で過ごすのだという。
だいたい、この世界の女性たちの下着と言えば腰巻だけだ。月経の時は専用の下着を用いるが、やはりいろいろと不自由も多い。ただでさえ体調も悪いのに、漏れたり汚したりといろいろ気も遣う。そんな時に男に周囲をウロウロされるなんて、ストレス以外の何ものでもない。
というわけで、その期間は男性をシャットアウトして、女だけで気兼ねなく過ごす習慣が定着しているのである。
シャオトーズの口から語られた西の習慣とやらに、恭親王は視えない鈍器で殴りつけられたかのような衝撃をうける。
(何ということだ!……この新年早々……五日もアデライード無しとは! 無理! 干からびて死んでしまう!)
恭親王は思わず、右耳にはめた翡翠のピアスに触れる。昨夜、アデライードに強請って口に含んで魔力を込めてもらっているが、この程度の魔力で五日間を乗り切れるとは到底思えなかった。
すっかり食欲を失い、葬式のような沈鬱な表情で食事を終えると、フラフラと書斎の方に歩いていった。その主の後を、鷹のエールライヒがバサバサッと羽ばたきながら付いていく。
朝の鍛錬を終え、総督夫妻用の広い居間に準備された朝食のテーブルの前に、普段ならばすでに待っているはずの愛しい妻の姿がなく、侍女のアンジェリカ一人だけが立っていることに言いようのない不安を覚える。ソリスティアの大商家の出身である侍女のアンジェリカは、この総督府内で恭親王が唯一、苦手とする人間である。彼女は一片の容赦も同情もなく、恭親王に非情なる宣告を下したのであった。
「姫様は今朝がたより月の障りに入られましたので、以後、最低五日間は姫様の部屋にお入りにならないでください」
「月の……障り……?」
なにそれ美味しいの? 的なポカンとした顔でアンジェリカを見上げる恭親王に対し、アンジェリカは舌打ちせんばかりに言い捨てる。
「そのくらいの知識はお持ちなんでしょ?姫様は昨夜くらいから少し腰が重いって仰っていたのに、無理させて。いいですか?姫様は毎月割と重くて大変なんですからね。この際、ゆっくりと養生していただきますから!部屋にも入って来ないでくださいよ!万一入ってきたら、〈この人痴漢です!〉って張り紙を背中に貼りつけてご公務に出ていただきますからね!」
早口で言いたいことだけ言って、さっさと踵を返そうとするアンジェリカを、恭親王は何とか呼び止める。
「ちょ、ちょっと待てよ、い、五日間? 五日も私はお預けをくらうのか? せめて三日くらいにならないのか」
今度こそ、アンジェリカははっきり舌打ちして軽蔑の眼差しを恭親王にぶつけてくる。
「殿下。姫様だって、好き好んで五日間、痛くて辛い思いをするわけじゃないんですよ?自分の意志で三日にできるもんなら殿下に言われなくたってしてますよ!ああいう、細くて華奢なタイプの方は往々にして重いんですよ!」
「重いってのは、重量が?」
「何訳のわかんないこと言ってるんですか!正真正銘の馬鹿なの?!これからシャオトーズさんに頼んでいた痛み止めのお薬もらって、一刻も早く姫様のところに行って差し上げたいんですから、くだらないことで呼び止めないでください!」
縋る恭親王を振り切って、アンジェリカはぷりぷり怒りながら出て行ってしまった。後に残された恭親王は、アンジェリカへと伸ばした手の指先を、じっと見つめる――。
そこへ側仕えの宦官であるシャオトーズが静かに朝食を持って入室し、恭親王の前に湯気の立つ白粥を給仕する。
「……あ、アデライードは?」
「先ほどアンジェリカよりお聞きになりましたよね?しばらく姫様はご自室の方で召し上がられるということでございます」
「しょ、食事も全部?」
「はい。それが西の方の習慣だと、うかがっております」
「つまりそれは……五日間、全く会えないってことか?」
「……そうなりますでしょうね。西では、この期間、女性は自室で過ごすか、女性同士でしかお会いにならないそうですので」
女性文化の発達した西では、月経の時は男性に煩わされることなく、一人もしくは気の置けない女同士で過ごすのだという。
だいたい、この世界の女性たちの下着と言えば腰巻だけだ。月経の時は専用の下着を用いるが、やはりいろいろと不自由も多い。ただでさえ体調も悪いのに、漏れたり汚したりといろいろ気も遣う。そんな時に男に周囲をウロウロされるなんて、ストレス以外の何ものでもない。
というわけで、その期間は男性をシャットアウトして、女だけで気兼ねなく過ごす習慣が定着しているのである。
シャオトーズの口から語られた西の習慣とやらに、恭親王は視えない鈍器で殴りつけられたかのような衝撃をうける。
(何ということだ!……この新年早々……五日もアデライード無しとは! 無理! 干からびて死んでしまう!)
恭親王は思わず、右耳にはめた翡翠のピアスに触れる。昨夜、アデライードに強請って口に含んで魔力を込めてもらっているが、この程度の魔力で五日間を乗り切れるとは到底思えなかった。
すっかり食欲を失い、葬式のような沈鬱な表情で食事を終えると、フラフラと書斎の方に歩いていった。その主の後を、鷹のエールライヒがバサバサッと羽ばたきながら付いていく。
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