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番外編
トルフィンの結婚②
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恭親王の言葉に、トルフィンがぎくりとする。
「いやその……ミハルはその……確かに我儘で、世間知らずで、考え無しで、思い込みが激しくて、馬鹿だし、顔はまあまあ可愛いけど、絶世の美女ってわけでもないですが……」
「そうだろう! そんな女と結婚する理由がどこにあるっ!」
トルフィンのマイナス要因ばかりの言葉に、ランセルが青い顔で卒倒しそうになる。
「でもそのっ……我儘放題なところが可愛いし、思い込みが激しすぎて、時々トンデモないこと言いだす意外性があって、一緒にいると退屈しないっていうか、馬鹿な子ほど可愛いっていうか、お馬鹿すぎてからかって遊ぶと面白いっていうか、要するに俺にとってはミハルが世界一可愛いと思うので……」
トルフィンの言葉を頬杖を突きながら聞いていた恭親王は、思いっきり眉を顰めてしまう。
「トルフィン……お前、変わってるな……」
「なっ……! 殿下だって、アデライード姫様の前では、耳飾りを涎塗れにしてもらいたがる、ただの変態になっちゃうくせに、俺がミハルの我儘に萌えたっていいじゃないですかっ! 自分だけラブラブしてっ!」
「馬鹿っ、お前の厄介な従兄の前で、余計なことを口走るなっ!」
恭親王が慌ててトルフィンの口を封じようとするが、時遅し。
「……ほう……恭親王殿下におかれましては、いささか面妖なご性癖をお持ちのようでございますな?」
端正な顔に冷笑を張りつけたゲルフィンから、蔑みの眼差しを投げかけられて、恭親王はぐっと詰まった。
「まあでもゲルフィン、私にはさっぱり理解できないが、トルフィンの特殊な趣味にミハル嬢が合致しているというのだ。家柄も年齢も問題なく、クラウス家側も今となっては諸手をあげて嫁にもらってくれと言っているのだ。何より、ミハル嬢は自ら千里の道も遠しとせずに、トルフィンの元に駆けつけるほど、二人は相思相愛なのだから、これを無理に引き裂くのは、陰陽の道に反することではないか。男女のことはまさしく陰陽の導きに他ならぬ。互いに思う相手と結ばれる以上の良縁は存在しないと思うぞ」
長い宿願を果たしてアデライードとラブラブな恭親王は、好きな相手と結婚できる喜びを素直に語る。しかしゲルフィンは――。
「一時の気の迷いということもございますよ、殿下。男女のことはまた、移ろいやすいものですからね」
薄い唇を不快そうに歪め、言い捨てるゲルフィンに、恭親王は思い出す。
(そうだった――こいつは女房とあまり上手くいっていないのだった)
ゲルフィンは歩く発情マシーンのような廉郡王の侍従を務め、その女遊びの尻拭いに忙殺されて、すっかり自分の女房との夫婦生活がお留守になってしまい、愛想つかして女房が実家に帰ってしまうという騒ぎがあったのだ。その後どうなったかまでは知らないが、雨降って地固まるまではいっていないのだろう。
(相思相愛の夫婦話は鬼門だったか……だとすると残る手は……)
「ゲルフィン、以前にファルンキウスの『西方博物志』を捜していると言っていたが、その後見つかったか?」
恭親王がいきなり話を変えたので、ゲルフィンは咄嗟に不審そうな表情で首を傾げる。
「いきなり何だと言うのです……まだ見つかっていませんが……まさかっ」
恭親王が席を立って、書棚から一冊の革張りに金の装飾の入った書籍を持って戻ってきた。
「ここの、以前の総督のコレクションにあったのだ。……しかもなんと、三百年前の、ナキアの書肆で発行された初版本だ!」
「……何ですとっ!……そ、それは本当ですかっ?!」
恭親王が書籍を示すと、立体映像の中のゲルフィンが興奮に顔を赤くし、胸の前で震える両手を握っている。
「もし……今回のトルフィンの縁談が無事に整うことがあれば、これは私からの結婚祝いとしてゲスト家に下賜してもいいと考えていたのだが……お前がそこまで言うのであれば、この話は残念ながら縁がなかったということで……」
「大丈夫ですっ! 是非結婚させましょうっ! もう、明日にでも、書類を作って送付します!」
ゲルフィンの突如の変貌ぶりに、トルフィンもゼンバも、ランセルも茫然として二人のやり取りを見つめている。
「いや、ちょっとゲル兄さん、どうしたの急に……」
「トルフィン、結婚は許可する。ミハル嬢と末永く幸せに暮らすように。その代わり、殿下からいただいたその書籍を、すぐに俺のもとに送るのだ。いいな、今すぐだぞっ」
「書籍……って、本! 殿下が本をくれるからって、それだけであんなにあっさり……ちょっと待ってよ、俺の幸せよりその古本一冊の方が大事なの?」
トルフィンがあっけにとられて口をパクパクさせるのに、ゲルフィンがすまして言った。
「お前ひとりの人生などたかだか百年だが、貴重な書籍は人類の遺産だ。古本一冊の方が価値あるに決まっているではないか」
「ひどいっ!そんな簡単なことで!」
やり取りを聞きながら、ゲルフィンの探している稀覯本を把握しておいて本当によかった、と恭親王は胸を撫で下ろした。
「いやその……ミハルはその……確かに我儘で、世間知らずで、考え無しで、思い込みが激しくて、馬鹿だし、顔はまあまあ可愛いけど、絶世の美女ってわけでもないですが……」
「そうだろう! そんな女と結婚する理由がどこにあるっ!」
トルフィンのマイナス要因ばかりの言葉に、ランセルが青い顔で卒倒しそうになる。
「でもそのっ……我儘放題なところが可愛いし、思い込みが激しすぎて、時々トンデモないこと言いだす意外性があって、一緒にいると退屈しないっていうか、馬鹿な子ほど可愛いっていうか、お馬鹿すぎてからかって遊ぶと面白いっていうか、要するに俺にとってはミハルが世界一可愛いと思うので……」
トルフィンの言葉を頬杖を突きながら聞いていた恭親王は、思いっきり眉を顰めてしまう。
「トルフィン……お前、変わってるな……」
「なっ……! 殿下だって、アデライード姫様の前では、耳飾りを涎塗れにしてもらいたがる、ただの変態になっちゃうくせに、俺がミハルの我儘に萌えたっていいじゃないですかっ! 自分だけラブラブしてっ!」
「馬鹿っ、お前の厄介な従兄の前で、余計なことを口走るなっ!」
恭親王が慌ててトルフィンの口を封じようとするが、時遅し。
「……ほう……恭親王殿下におかれましては、いささか面妖なご性癖をお持ちのようでございますな?」
端正な顔に冷笑を張りつけたゲルフィンから、蔑みの眼差しを投げかけられて、恭親王はぐっと詰まった。
「まあでもゲルフィン、私にはさっぱり理解できないが、トルフィンの特殊な趣味にミハル嬢が合致しているというのだ。家柄も年齢も問題なく、クラウス家側も今となっては諸手をあげて嫁にもらってくれと言っているのだ。何より、ミハル嬢は自ら千里の道も遠しとせずに、トルフィンの元に駆けつけるほど、二人は相思相愛なのだから、これを無理に引き裂くのは、陰陽の道に反することではないか。男女のことはまさしく陰陽の導きに他ならぬ。互いに思う相手と結ばれる以上の良縁は存在しないと思うぞ」
長い宿願を果たしてアデライードとラブラブな恭親王は、好きな相手と結婚できる喜びを素直に語る。しかしゲルフィンは――。
「一時の気の迷いということもございますよ、殿下。男女のことはまた、移ろいやすいものですからね」
薄い唇を不快そうに歪め、言い捨てるゲルフィンに、恭親王は思い出す。
(そうだった――こいつは女房とあまり上手くいっていないのだった)
ゲルフィンは歩く発情マシーンのような廉郡王の侍従を務め、その女遊びの尻拭いに忙殺されて、すっかり自分の女房との夫婦生活がお留守になってしまい、愛想つかして女房が実家に帰ってしまうという騒ぎがあったのだ。その後どうなったかまでは知らないが、雨降って地固まるまではいっていないのだろう。
(相思相愛の夫婦話は鬼門だったか……だとすると残る手は……)
「ゲルフィン、以前にファルンキウスの『西方博物志』を捜していると言っていたが、その後見つかったか?」
恭親王がいきなり話を変えたので、ゲルフィンは咄嗟に不審そうな表情で首を傾げる。
「いきなり何だと言うのです……まだ見つかっていませんが……まさかっ」
恭親王が席を立って、書棚から一冊の革張りに金の装飾の入った書籍を持って戻ってきた。
「ここの、以前の総督のコレクションにあったのだ。……しかもなんと、三百年前の、ナキアの書肆で発行された初版本だ!」
「……何ですとっ!……そ、それは本当ですかっ?!」
恭親王が書籍を示すと、立体映像の中のゲルフィンが興奮に顔を赤くし、胸の前で震える両手を握っている。
「もし……今回のトルフィンの縁談が無事に整うことがあれば、これは私からの結婚祝いとしてゲスト家に下賜してもいいと考えていたのだが……お前がそこまで言うのであれば、この話は残念ながら縁がなかったということで……」
「大丈夫ですっ! 是非結婚させましょうっ! もう、明日にでも、書類を作って送付します!」
ゲルフィンの突如の変貌ぶりに、トルフィンもゼンバも、ランセルも茫然として二人のやり取りを見つめている。
「いや、ちょっとゲル兄さん、どうしたの急に……」
「トルフィン、結婚は許可する。ミハル嬢と末永く幸せに暮らすように。その代わり、殿下からいただいたその書籍を、すぐに俺のもとに送るのだ。いいな、今すぐだぞっ」
「書籍……って、本! 殿下が本をくれるからって、それだけであんなにあっさり……ちょっと待ってよ、俺の幸せよりその古本一冊の方が大事なの?」
トルフィンがあっけにとられて口をパクパクさせるのに、ゲルフィンがすまして言った。
「お前ひとりの人生などたかだか百年だが、貴重な書籍は人類の遺産だ。古本一冊の方が価値あるに決まっているではないか」
「ひどいっ!そんな簡単なことで!」
やり取りを聞きながら、ゲルフィンの探している稀覯本を把握しておいて本当によかった、と恭親王は胸を撫で下ろした。
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