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20、聖婚

聖剣

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 祭壇の上の〈陰陽の鏡〉全体が虹色に輝き、そのまばゆい光が祭壇全体に広がり始める。やがてそれは目を開けていられない程の強烈な輝きとなり、恭親王は本能的な恐れを感じて、無意識にアデライードを胸に抱き寄せてかばう。アデライードが、恭親王の黒い単衣ひとえを握りしめて胸に顔を埋め、必死に縋りつく。そう、自分は何が起ころうとも、この腕の中の人を守るのだ――。

「目を閉じよ!」

 祭壇の上に発した輝きは、広い洞窟全体を覆うほどの強い光となって、その場にいた十四人を包む。目を閉じていても眩しいさえと感じる、強烈な光。光によって灼かれるのではないかと思える、まばゆさ。恭親王はアデライードの頭を押さえ、ぐっとその顔を自分の胸に押し付ける。

 どれほどの時間が経ったのか、目の眩むような光は突如消え、祭壇に沈黙が落ちる。それぞれ目や顔を覆って光からわが身を庇っていた枢機卿たちが、一人、また一人と自分を取り戻して、お互いに無事を確かめ合う。
 恭親王も目を開けた。彼の腕の中に庇われていたアデライードは、はっとして握り締めていた彼の黒い単衣から手を放し、身じろぎしたが、恭親王は彼女の身体を離さなかった。

 恭親王の瞳は祭壇に釘付けになっていた。
 管長ゼノンを初めとした十二人の枢機卿も、祭壇を見、一様に息を飲む。祭壇の鏡の前には、先ほどまでは影も形もなかった一振りの剣が置かれてあった。

「〈聖剣〉だ……!」
「〈聖剣〉……」
「〈聖剣の大婚〉だ……。天が此度こたびの〈聖婚〉を殊更によみし給うた!」

 枢機卿が口々に唱え、感涙に打ち震える。

 メイローズに支えられながら、陰陽宮の管長ゼノンがそろそろと祭壇に近づく。ゼノンが恐る恐る剣を見下ろすと、剣の切っ先から柄の部分へと、まるで命を持つかのように光が流れる。全員が固唾かたずを呑んで見守る中、ゼノンは慎重にその剣を両手で捧げ持ち、押し戴くようにして鏡にむかって拝礼した。そして踵を返すと剣を頭上に掲げ持って、そのまま恭親王のところへ向かって近づいてくる。茫然と見つめる恭親王の正面で立ち止まると、ゼノンが厳かに告げる。

「此度の〈聖婚〉を天が認めた証である〈聖剣〉が下賜された。謹んで受領するがよい」

 あまりのことに恭親王はアデライードを抱き込んだまま、棒のように突っ立っているだけだ。
 メイローズが横から耳打ちする。

「〈聖剣授与〉の儀のセリフですよ、先ほどお教えいたしましたよね。……『陰陽の導きのままに……』」

 確かに念のため、と教えられたが、こちらはさっきの宣誓の文言ほど真面目に記憶していなかった。何しろ〈聖剣〉が現れたのは二千年間で二回だけ、あくまで「念のため」でしかなかったからだ。必死に記憶を手繰り寄せる。

 慌ててアデライードから離れると、片膝をつき、両手を頭上に挙げてゼノンから剣を受け取る。ずっしりとした重みと同時に、いわく言い難い波動が掌から伝わってくる。
 剣を額のところで押し戴き、立ち上がる、利き手で柄を持って胸の前で構え、顔の中心にまっすぐ当てて誓いの文言を唱える。

「陰陽の導きのままに、わが身をさやとして聖なる剣を振るい、わがつがいである妻を守り抜き、陰陽の調和のために戦い抜くことを誓う」

 受け取った時は随分重くて使いものになるのか、と思った剣だが、すぐに重みは気にならず、むしろバランスもよくて使い勝手がよさそうであり、さらに刀身は見たこともないほど輝いて恭親王の顔を写しだす。確かに神の御業みわざでなければ成し得ぬ業物わざものと思われた。

 〈聖剣〉は恭親王がずっと愛用してきた剣と同じ、細身のもので、長さもちょうどいい。彼は魔力で筋力を増強できるから、振ろうと思えば長大な大剣でも使うことはできるが、だが基本的には相手のふところに素早く切り込むのを得意としていた。それにはこのくらいの剣が、相応しい。柄には、柄頭に皇家の龍の紋章が象られ、全体に極めて精巧な装飾が施されており、それでいて握り心地もよい。まるで、彼のために特別にあつらえた剣のようであった。

(しかし、鞘がないが……。これを、ずっと抜き身で持ち歩けと言うのか? 儀式の途中なのだが……どうするのだ、これは)

 恭親王が〈聖剣〉の置き所に疑問を感じた瞬間、彼の利き手である左の掌に吸い込まれるようにして、剣が消えた。

「!!!」

 横で見ていたアデライードも、そして周囲の枢機卿たちも、全員、息を飲んで言葉も出ない。恭親王は穴が開くほど自分の左の掌を見つめている。

(わが身を鞘として、か。……なるほど)

 恭親王が自分の掌から目を離すことができないうちに、

「〈聖剣授与〉の儀も滞りなく済み申した。この度の〈聖剣の大婚〉は成立した」
「天と陰陽にほまれあれ!」
「誉あれ!」
「天と陰陽に調和あれ!」
「調和あれ!」

 と、枢機卿が口々に唱和し、それが、地底に反響した。わずか十二人の声が、ぐわんぐわんと鳴り響き、まるで百人の怒号のように響き渡り、やがて、吸い込まれた――。

 しばしの静寂の後に、管長のゼノンが厳かに言った。

 「ここにお二人のご〈聖婚〉は成立いたしました。幾久しく、睦まじく過ごされますよう」

 ゼノンが恭親王とアデライードに対し、頭を下げ、カンテラを手に持って踵を返す。周囲の枢機卿たちもカンテラを手にして次々にその場を去っていく。枢機卿たちの持っていたカンテラがなくなるごとに、祭壇の前が暗くなっていく。やがて、薄暗がりの中、残ったのはメイローズを含めた三人の枢機卿だけだった。
 恭親王とアデライードは、その場に茫然と立っていた。
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