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19、家出娘と最弱の騎士
優しい殿下
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「何かご心配ごとがありますの?」
マーヤが優しい声で言う。
「いえ……その、わたくし殿下に嫌われてしまったらしくて、そのせいで結婚できないかもしれないと、トルフィン兄様に脅されたんですの。それで……」
ミハルが早口に言うと、マーヤが驚いて首を傾げた。
「まあ、殿下が? あのお優しい方が、珍しい」
「お優しい? わたくし、怒鳴りつけられましたわ」
皇宮で侍女をしていただけあって、田舎生まれとは思えないほど、マーヤの立居振舞は洗練されている。
マーヤは驚いて目を瞠った。
「まあ。私は一年近く殿下のお側にお仕えいたしましたが、声を荒げるような場面には一度も……ああ、一度だけ、烈火の如くお怒りになった場面をみました」
「あなたが怒られたの?」
マーヤは首を振った。
「私たち平民の侍女を庇って、その時正傅だったデュクト様に、食ってかかられました」
「あなたたちを、庇って……?」
「ええ。まだ殿下が成人まえの、十三歳くらいの時でしょうか。その頃殿下はお身体の具合がよろしくなくて、ずっとお部屋から出ることもなくお過ごしでした。お気の毒に思って侍女仲間でお金を出し合い、休暇の折りに帝都の菓子を買って帰ったんです。今思えば、貧乏臭い、子供だましみたいな菓子でしたけど。とってもよろこんでくださって……。でも、正傅さまが、殿下にそんな市井の食べ物を食べさせるなんて、とんでもないと、ひどくお怒りになって、部屋付きの侍女を交代させ、懲罰房に入れると……。それを殿下が必死に庇ってくださって、むしろ正傅様を首にしろと……」
ミハルはあっけにとられた。子供だましの菓子を買ってきた侍女を庇い、正傅を首にしようなど、滅茶苦茶だ。
「正傅様は十二貴嬪家のご出身で、上下の分にとても厳しい方でした。殿下は私たちとも気さくに接してくださって、一緒にお茶を飲んだり、殿下のお食事を分けてくださったり。菓子や果物なんかは持って帰って、他の侍女たちと分けてお食べって。今でも、うちの子供たちに、って菓子を下されたりするんですよ」
怒鳴られた記憶しかないミハルには、別人にしか聞こえない。
「十二貴嬪家が嫌いなのかしら……?」
「十二貴嬪家が、というより、デュクト様のようなお考えの方がお嫌いだったようですね。その……前のご正室様もそんな方だったそうで……」
「もう亡くなられたのよね。たしかマナシル家の……」
そこでマーヤは声を落とし、ミハルの耳元に口を寄せるように言った。
「これは秘密のお話ですが、そのご正室様が、嫉妬に狂って下位貴族出身のご寵姫さまを苛めて、それが高じてご寵姫様がなくなられたんです」
「えええっどうして?」
正妻が嫉妬で側室いじめはよく聞く話だが、死んでしまうというのは穏やかでない。
「殿下方が南方の異民族征伐に行ってる間でした。なんでも、折檻の挙句に真冬に火の気のない納屋に閉じ込めたそうで、たまたまご寵姫さまは身籠っていたらしくて……」
「それは……」
壮絶過ぎて言葉もない。
「もともと殿下はご正室様の気位の高さがお好きでなかったこともあって、もう、怒り狂うの怒り狂わないの……。それ以来、貴族ご出身のご側室には目もくれず、もっぱらその、お相手は獣人奴隷ばかりだそうで……」
ミハルとて結婚を控えていたから、マーヤが省いた部分は理解できる。実際に体験したことはないが。
「つまり、殿下は貴族令嬢が嫌いだから、わたくしにもきつく当たったってわけですの?」
「それはどうでしょう? でも、うちの奥様も、ゾーイ様の奥様も、なくなった正傅のデュクト様の奥様も、みなさん高位貴族のご出身ですが、普通に親切に接していらっしゃいます。私は殿下に優しくしていただいたことしかないので、ちょっとわかりません」
マーヤの言葉に、ミハルは憮然とした。
何か、気に障ることを言ったから、滅茶苦茶怒られたんだろう、とは思う。でも、マーヤの話す恭親王は、本当に下々に優しい。
ミハルは、トルフィンの言葉を思い出していた。
『あの方はさあ、十二貴嬪家だから、ての、大嫌いなんだよ。死んじゃった前の正傅のデュクトさんってのがまた、貴族主義の人でさー。二言目には血筋血筋って感じで、殿下とは超超超、仲悪かった。ほんと、ものすごい地雷踏み抜いてくれたよ』
確かに、ミハルは十二貴嬪家のクラウス家だがら、ランパは雇ってもらって当然だと、思っていた。その考え方が、気に入らなかったというのか。
(でも――。ランパは十二貴嬪家の出だったおかげで、いじめられたりひどい目にあわされたのよ。それだったら、少しぐらい優遇してもらっても、当然じゃないの――!)
マーヤが優しい声で言う。
「いえ……その、わたくし殿下に嫌われてしまったらしくて、そのせいで結婚できないかもしれないと、トルフィン兄様に脅されたんですの。それで……」
ミハルが早口に言うと、マーヤが驚いて首を傾げた。
「まあ、殿下が? あのお優しい方が、珍しい」
「お優しい? わたくし、怒鳴りつけられましたわ」
皇宮で侍女をしていただけあって、田舎生まれとは思えないほど、マーヤの立居振舞は洗練されている。
マーヤは驚いて目を瞠った。
「まあ。私は一年近く殿下のお側にお仕えいたしましたが、声を荒げるような場面には一度も……ああ、一度だけ、烈火の如くお怒りになった場面をみました」
「あなたが怒られたの?」
マーヤは首を振った。
「私たち平民の侍女を庇って、その時正傅だったデュクト様に、食ってかかられました」
「あなたたちを、庇って……?」
「ええ。まだ殿下が成人まえの、十三歳くらいの時でしょうか。その頃殿下はお身体の具合がよろしくなくて、ずっとお部屋から出ることもなくお過ごしでした。お気の毒に思って侍女仲間でお金を出し合い、休暇の折りに帝都の菓子を買って帰ったんです。今思えば、貧乏臭い、子供だましみたいな菓子でしたけど。とってもよろこんでくださって……。でも、正傅さまが、殿下にそんな市井の食べ物を食べさせるなんて、とんでもないと、ひどくお怒りになって、部屋付きの侍女を交代させ、懲罰房に入れると……。それを殿下が必死に庇ってくださって、むしろ正傅様を首にしろと……」
ミハルはあっけにとられた。子供だましの菓子を買ってきた侍女を庇い、正傅を首にしようなど、滅茶苦茶だ。
「正傅様は十二貴嬪家のご出身で、上下の分にとても厳しい方でした。殿下は私たちとも気さくに接してくださって、一緒にお茶を飲んだり、殿下のお食事を分けてくださったり。菓子や果物なんかは持って帰って、他の侍女たちと分けてお食べって。今でも、うちの子供たちに、って菓子を下されたりするんですよ」
怒鳴られた記憶しかないミハルには、別人にしか聞こえない。
「十二貴嬪家が嫌いなのかしら……?」
「十二貴嬪家が、というより、デュクト様のようなお考えの方がお嫌いだったようですね。その……前のご正室様もそんな方だったそうで……」
「もう亡くなられたのよね。たしかマナシル家の……」
そこでマーヤは声を落とし、ミハルの耳元に口を寄せるように言った。
「これは秘密のお話ですが、そのご正室様が、嫉妬に狂って下位貴族出身のご寵姫さまを苛めて、それが高じてご寵姫様がなくなられたんです」
「えええっどうして?」
正妻が嫉妬で側室いじめはよく聞く話だが、死んでしまうというのは穏やかでない。
「殿下方が南方の異民族征伐に行ってる間でした。なんでも、折檻の挙句に真冬に火の気のない納屋に閉じ込めたそうで、たまたまご寵姫さまは身籠っていたらしくて……」
「それは……」
壮絶過ぎて言葉もない。
「もともと殿下はご正室様の気位の高さがお好きでなかったこともあって、もう、怒り狂うの怒り狂わないの……。それ以来、貴族ご出身のご側室には目もくれず、もっぱらその、お相手は獣人奴隷ばかりだそうで……」
ミハルとて結婚を控えていたから、マーヤが省いた部分は理解できる。実際に体験したことはないが。
「つまり、殿下は貴族令嬢が嫌いだから、わたくしにもきつく当たったってわけですの?」
「それはどうでしょう? でも、うちの奥様も、ゾーイ様の奥様も、なくなった正傅のデュクト様の奥様も、みなさん高位貴族のご出身ですが、普通に親切に接していらっしゃいます。私は殿下に優しくしていただいたことしかないので、ちょっとわかりません」
マーヤの言葉に、ミハルは憮然とした。
何か、気に障ることを言ったから、滅茶苦茶怒られたんだろう、とは思う。でも、マーヤの話す恭親王は、本当に下々に優しい。
ミハルは、トルフィンの言葉を思い出していた。
『あの方はさあ、十二貴嬪家だから、ての、大嫌いなんだよ。死んじゃった前の正傅のデュクトさんってのがまた、貴族主義の人でさー。二言目には血筋血筋って感じで、殿下とは超超超、仲悪かった。ほんと、ものすごい地雷踏み抜いてくれたよ』
確かに、ミハルは十二貴嬪家のクラウス家だがら、ランパは雇ってもらって当然だと、思っていた。その考え方が、気に入らなかったというのか。
(でも――。ランパは十二貴嬪家の出だったおかげで、いじめられたりひどい目にあわされたのよ。それだったら、少しぐらい優遇してもらっても、当然じゃないの――!)
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