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4、〈王気〉なき王女

〈禁苑〉との訣別

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「龍種など、絶えてしまえばよい。女王は〈禁苑〉の……天と陰陽の支配から自由になるべきだ」

 その言葉に、ギュスターブもアルベラも、そして側に控えていたテセウスすら顔色を変える。

「父上!何ということを!」

 ウルバヌスは静かに立ち上がり、茫然と座り込んでいるアルベラのもとに近づいていった。背はそれほど高くはないが、均整のとれた、威厳のある姿。紫紺の天鵞絨ビロードのマントが左肩を覆い、金のボタンやモール刺繍のついた豪華な黒い上着を着ている。ウルバヌスはアルベラの正面に立ち、娘を見下ろして言った。

「以前、わしが言ったことを憶えておるか」

 アルベラは瞳を瞬く。

「どのような女王になりたいか?アルベラよ」

 アルベラはごくりと唾を飲み込み、父親を真っすぐに見上げて言いきった。

「民のために生き、民とともに歩む女王になりたいのです」

 父の、紫紺の瞳が微かに眇められる。父の望む答えを出すことができたようだ。

「それは、アデライードにはできると思うか?」

 父の問いかけに、アルベラは少し、怯む。なぜなら、アルベラはアデライードをほとんど知らない。一度だけ、母の葬儀で見かけた幼い従妹。プラチナブロンドに、翡翠色の瞳を持つ、人形のように美しい少女だった。何よりも、その幼い身体の周囲を覆う銀色の眩い〈王気〉。〈王気〉がないことを理由に即位を拒否されたアルベラは、光り輝く〈王気〉に包まれたアデライードをの姿を思い出しては、どうしようもない屈辱に苛まれたものだ。
 あの直後、アデライードは一人、聖地に送られ、二度とそこから出ていない。
 六歳より十年間、聖地の修道院で育ち、外の世界を知らない王女。……噂では、声を失い、口もきけないとか。

「……あの人は、十年間一度も聖地から出ていません。〈禁苑〉の聖なる教えだけを聞き、民の生活も知らず、政治のことも知りません。……女王に相応しいとは思えません。私なら……いつも民とともにあり、民のために生きようとしてまいりました」

 そう言い切るアルベラから目を逸らし、ギュスターブは吐き捨てるように言った。

「だがお前には〈王気〉がないのだ!」

 そんなギュスターブをウルバヌスは冷たい瞳で見下す。
 
「〈王気〉!〈王気〉が何だと言うのだ!ユウラ女王は素晴らしい〈王気〉を持っていたらしいが、何の力もなく、そなたに望まぬ結婚を強いられた挙句、そなたの子を産むこともなく死んだのではないか! 哀れなことよの!〈王気〉があるばかりに、アデライードも〈死神〉の生贄に捧げられるのだ」
「父上!……長くこの国を守ってきたのは女王の〈王気〉なのですよ。天が〈混沌〉の闇に閉ざされたこの世界を救うために遣わし、この世界を守護してきた龍種の証。たとえ我々の目には視えずとも、〈王気〉は確かに存在します。アルベラだって、自身は〈王気〉を持たないけれど、アルベラの子は〈王気〉を持つかもしれない。ひとまずアデライードを女王に迎え、機会を待つべきです。最近、西の辺境の噂を聞きませぬか?……魔物が……ここ二千年、現れなかった魔物が、〈混沌〉の隙間より這い出ていると。……アデライードを殺してはいけません。陰の龍種が滅びてしまいます!」

 ウルバヌスは凄まじい眼力でギュスターブを睨みつけた。

「慮外者が、黙れ!……魔物の話など、くだらぬ!」
「しかし……!」

 ウルバヌスはギュスターブをねめつけると、苦々しい声で言った。

「おぬしの魂胆などわかっておるわ。アデライードを手の内に入れ、この国を思うままにしたいと思っていたのであろう。……だがな、その前にまず、此度のくだらぬ〈聖婚〉とやらを止めてみよ。そうすれば、アデライードの利用法を考えてやってもよいわ」

 ギュスターブは肘掛椅子に右腕をついた状態で、力なく言った。

「〈禁苑〉にはすでに、アデライードの後見人をレイノークス伯から俺に交代するよう申請書を出しましたよ。……却下されましたがね。……それで、とにかく婚約の公示期間に異議申し立てをするつもりでいます。我々が何もせずにこの結婚を認めたわけではないことを示すために」

 ウルバヌスはギュスターブの言葉を鼻で嗤った。

「馬鹿馬鹿しいな。そんな手段で〈禁苑〉が言うことを聞くものか」
「だからこそ、正しい手続きを踏まねばならぬのです!〈王気〉を持たぬアルベラの即位に執着するばかりか、十六歳の力のない王女の暗殺を企てるなど、父上の娘可愛さだとか、権勢欲だとか、ひどい中傷をされているのですよ!」

 ギュスターブは必死に父を説得しようとしていた。だが、ウルバヌスはにべもなかった。

「息子よ。わしはもう、〈禁苑〉と馴れ合うのはやめたのだ。やつらはどうせ折れっこない。交渉の余地はないのだ。……破門も覚悟の上だ」
「お父様!」
「父上!」

 アルベラとギュスターブが同時に驚愕して声を上げる。

「心配するな。〈禁苑〉とて一枚岩ではない。神の加護など、いくらでも受ける手段はある」

 そう言い切ると、ウルバヌスは紫紺の瞳に自信に満ちた光を滾らせた。

「……よいな。これはわが国を不当なる侵略者から守る戦いだ。わしは一歩も引かぬ。この国を統べるのは、東の皇帝でも〈死神〉でも、〈禁苑〉でもない。わしらこの国に生まれ、この国に生きて来た者たちだ。わしは負けたりはせぬ」

 何を言ってもウルバヌスの決意は揺るがぬようであった。アルベラもギュスターブも、沈黙するより他、なかった。
 ウルバヌスはアルベラに下がるように命ずると、再び書類に目を落とし、もはや娘など目に入らぬように、執務に没頭した。

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