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【後日譚】天涯の夜明け
天涯の夜明け
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それから数か月。月神殿の冬至大祭も終わり、新年まであと数日という、冬の日。冬と言ってもガルシア領はむしろ炎熱の季節よりも過ごしやすい日々が続く。
尼僧院から、ミカエラが無事に女児を出産したという報せがあった。
女児ならば、存在を隠して育てることも可能だろう。ジュラは胸を撫でおろす。
奥の皇子の部屋に向かえば、エドゥアルドはジュラの姿を見つけ、駆け寄ってきた。
「ユラ! おんも! おんもに行きたい!」
「そうですか、殿下。もう、明日になさっては」
「イヤ! ゆーやけ、ゆーやけ見るの! おうまにのるの! ホンモノ、おうま!」
涼しい季節になってから、ジュラは時々、エドゥアルドを馬に乗せ、外を見回るようになっていた。陰の、女王の結界が最も強いこの時期、城下も比較的安全だ。
ジュラは皇子に毛織のケープを着せ、脚衣に布のブーツを履かせ、肩車して厩に向かう。途中、行き会ったユーリを護衛に誘う。
馬を引き出し、皇子を前鞍に乗せ、自身も馬に跨がる。自分たちが戻るまで、跳ね橋を上げないよう、門番に言い置いて、ユーリと二騎、駆けだす。幼い皇子はすっかり馬に慣れて、嬉々としてしがみついている。
「もっとはやく!」
「殿下、お喋りはダメです。舌を噛みます」
二騎は西の地平線を見晴るかす小高い丘に向かう。乾燥した冬の風が、頬に当たる。丘から見下ろす赤茶けた大地が、夕焼けに染まり、茜雲がたなびく。
馬から下りた皇子が、一人、丘を探検するのを注意深く見守りながら、ジュラはユーリに囁いた。
「女児だったそうだ」
ユーリがハッとしてジュラを見るが、ジュラはユーリを無視して皇子に駆け寄る。気づけばごつごつした岩によじ登っている。滑りやすい岩から落ちたら大事だ。
「こら、この悪戯者が! 捕まえたぞ!」
岩にしがみつく皇子を無理に引き剥がし、そうして肩に抱き上げる。夕日が皇子の顔を赤く染め、黒髪が風に靡く。
見渡す限りの赤い大地。西の果て、天涯の際。
夕焼けに照らされたジュラとエドゥアルドの影が、長く地に伸びる。
東から宵闇が天空をゆっくりと覆い、宵の明星が輝いていた。
不毛で歪んだ恋の果てに辿り着いたこの地で、未来を育てながら生きていく。
いつか、この幼い皇子が世界の夜明けを導く、その暁まで――。
―天涯の夜明け・完―
尼僧院から、ミカエラが無事に女児を出産したという報せがあった。
女児ならば、存在を隠して育てることも可能だろう。ジュラは胸を撫でおろす。
奥の皇子の部屋に向かえば、エドゥアルドはジュラの姿を見つけ、駆け寄ってきた。
「ユラ! おんも! おんもに行きたい!」
「そうですか、殿下。もう、明日になさっては」
「イヤ! ゆーやけ、ゆーやけ見るの! おうまにのるの! ホンモノ、おうま!」
涼しい季節になってから、ジュラは時々、エドゥアルドを馬に乗せ、外を見回るようになっていた。陰の、女王の結界が最も強いこの時期、城下も比較的安全だ。
ジュラは皇子に毛織のケープを着せ、脚衣に布のブーツを履かせ、肩車して厩に向かう。途中、行き会ったユーリを護衛に誘う。
馬を引き出し、皇子を前鞍に乗せ、自身も馬に跨がる。自分たちが戻るまで、跳ね橋を上げないよう、門番に言い置いて、ユーリと二騎、駆けだす。幼い皇子はすっかり馬に慣れて、嬉々としてしがみついている。
「もっとはやく!」
「殿下、お喋りはダメです。舌を噛みます」
二騎は西の地平線を見晴るかす小高い丘に向かう。乾燥した冬の風が、頬に当たる。丘から見下ろす赤茶けた大地が、夕焼けに染まり、茜雲がたなびく。
馬から下りた皇子が、一人、丘を探検するのを注意深く見守りながら、ジュラはユーリに囁いた。
「女児だったそうだ」
ユーリがハッとしてジュラを見るが、ジュラはユーリを無視して皇子に駆け寄る。気づけばごつごつした岩によじ登っている。滑りやすい岩から落ちたら大事だ。
「こら、この悪戯者が! 捕まえたぞ!」
岩にしがみつく皇子を無理に引き剥がし、そうして肩に抱き上げる。夕日が皇子の顔を赤く染め、黒髪が風に靡く。
見渡す限りの赤い大地。西の果て、天涯の際。
夕焼けに照らされたジュラとエドゥアルドの影が、長く地に伸びる。
東から宵闇が天空をゆっくりと覆い、宵の明星が輝いていた。
不毛で歪んだ恋の果てに辿り着いたこの地で、未来を育てながら生きていく。
いつか、この幼い皇子が世界の夜明けを導く、その暁まで――。
―天涯の夜明け・完―
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やっと読み終わりました。番外編の10話をなぜか先に読んでしまいました・・・。さあ、これからアルベラの話をよむぞ~~~!!! 毎日2,3篇で疲れてまた明日になり、やはり1か月ですねぇ。トライアスロンは辛かった。書籍もじっくり読みたいし、新作は読むと話が混ざってしまうので、チラ見でがまんしています。なんか、今年も無優さんにたのしませていただきました。ありがとうございます。
これからも、元気で書いてくださいね。
ありがとうございます!
長いのをありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
久しぶりに読ませていただきました。これが無料なんて・・・。1回目はちゃんと全部読みました。長編ですごく大変でした。2回目は、二人の話中心で読みました。(長大すぎるんですよw)3回目は、番外編とかよく読んでいたので、やはり後半は二人の話中心でした・・・。アルベラの話はべつにしてもいいかと。
原本にかかわるところをショートカットでつないでもらって…。とにかく、書籍化は二人中心でやってほしいです。そのほかで、物言う花編とアルベラの話をまとめていただけたらな・・・。混沌の7藪は最初の話としてもいいかもですね。で、聖婚になだれ込むとか・・・。側使えたちの話も詳しくはべつだてがいいと 思います。この後は、あらすじ読みでとばしたところをじっくり読みます。何日かかるか??
ありがとうございます!
これを書いた時は商業的に出版する気が1ミリもなくて、何も考えずに好きなように書きましたwww
おかげでめちゃ長くなりました…
お読みいただきありがとうございます!!
ありがとうございます!
本当に…(´;ω;`)昔のアデライードと違い、彼女も物事がわかってきた時に…なので🥺