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【後日譚】天涯の夜明け

大逆罪

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「ユーリ、お久しぶりです。ナキアでお会いした以来ですね」
「メイローズ殿、俺は――」

 四阿あずまやに近づいたユーリと呼ばれた男は、がくっとその場に膝をついた。

「俺は――」
「ミカエラ様が妊娠していると、聞いたのですね?」
「……レオンから……でも、俺は――」
「貴様、自分のしたことがわかっているのか!」

 激昂して立ちあがったシュテファンを、メイローズが制する。

「以前から、あなたはわが主……皇帝陛下に体格が似ていると思っていたのです。あなたはミカエラ様のために、わが主の代わりを演じていたのですね」

 青花模様のタイルが敷き詰められた四阿に両膝をつき、男はその膝の上で両手を握り締める。

「俺は――ミカエラ様があまりに哀れで……それで……」

 がっくりと項垂れて、ユーリは語り始めた。
 初めてシウリンがこのガルシア城に訪れた時から、シウリンとは年齢や体格が似ていると知っていたと。

「俺の服を貸したりもしていたんです。あの人は、余分の服を持っていなかったから。靴のサイズ以外はほぼ同じで……体つきも、だいたい似ていると思って……ミカエラ様が時々、暗がりで俺を彼と間違えて――それで……」

 ――愛しているの、シウリン様。お願い、あなただけ。早く迎えにきて。
 ――どうして、あの夜は優しくしてくださった。あなたが、本当は優しい方とだわかっているの。ずっと待っているから、お願い。
 
 レオンの代わりに護衛に入った夜の庭で、月のない夜に涙ながらにかき口説かれて。……もともと、主筋の姫君であるミカエラに、ユーリは深い同情を抱いていた。彼女を冷酷に切り捨てたシウリンへの反発もあった。

 初めはただ、言葉少なに「ああ」とか「そのうち」とか、適当に応えるだけだったが、やがて、ミカエラはシウリンの声そのものはあまりこだわっていないのだと気づく。……というよりむしろ、ミカエラは自らの夢の中で思い描いたシウリンの面影を、暗がりのユーリに重ねているだけだと。

 そうして、ミカエラの懇願に負ける形で、ユーリもまた愛の言葉を囁き始める。

 ――愛してる。必ず迎えに行く。今は少し、忙しい。
 ――でも、本当? ナキアの方は?
 ――愛しているのはあなただけだから。きちんとナキアに迎えるためには、手続きや根回しが必要だから、少し待ってほしい。
 ――ああ、嬉しい。愛してるわ、シウリン様。でも、もう待ちきれないの、お願い。

 シウリンのフリをして言葉を交わすだけだった逢瀬は、やがて手を握り、抱きしめ、愛撫し――求められるままに、ついに一線を越えたのはいつのことか。

 ユーリの告白を、シュテファンは信じられない表情で聞き、メイローズは表面的には表情を変えなかった。

 一途にシウリンを慕うあまり、ミカエラはユーリに愛を求め、ユーリもそれに応えてしまった。――自らをシウリンと偽って。
 
 シュテファンが、絞り出すような声でユーリを咎める。

「なんて、愚かな……ミカエラ様は正気ではない! お前が、踏みとどまらねばならなかったのに……!」
「わかっています、でも……ミカエラ様をあそこまで追い込んだのは、あの時、シウリンを嵌めた俺たちで、そうして、子供まで生したのにあくまで突き放したシウリンで! 夢の中で待ち続けるミカエラ様があまりに哀れで……俺は――」

 両膝を地につき、両手で頭を掻きむしるユーリの姿に、メイローズが宦官特有のやや高い声で言った。

「どのみち、為してしまったことはどうにもなりません。ミカエラ様のお腹にはすでに子がいる。たとえ贈位であれ、ミカエラ様は皇帝陛下の妃嬪。それが皇帝以外の子を孕み、産むなどということは、許されません」
「ですが……!」

 ユーリが顔を上げ、メイローズを睨みつける。

「こんな辺境に捨て置いて! 欠片の憐れみもかけずにあんまりだ!」
「……当初、ガルシア伯家が望んだのは、貴種の父親を持つ、跡取りだった。龍種である皇帝陛下の御子を授かり、認知の上、次代のガルシア伯としての継承まで認めている。これ以上の恩典を望むのですか? せめて身を慎み、エドゥアルド殿下の養育にその身を捧げるならばともかく」
「お心が壊れてしまったのです! ミカエラ様にはどうしようも――」
「ならばなおさら、正気を失っている彼女と関係し、孕ませたあなたには、弁護の余地もありませんね」

 メイローズの言葉はあくまでも冷酷であった。

「……ガルシア伯の継承が、極めて危うい均衡の上に成り立っていると、あなたがたは理解していますか? ガルシア伯家の最後の生き残りであるミカエラ様と、伯家の聖騎士であるユーリ。帝国への反発もいまだ燻る領内で、エドゥアルド殿下を差し置き、新たに産まれる子に継承をと、言い出す者が現れないとも限らない。その子が、争いの火種になるかもしれない。なぜそのことに思い至らないのです」

 ユーリは唇を噛み項垂れる。領内の混乱と帝国の干渉への反発、そしてミカエラに対し、あくまで冷淡な皇帝シウリン。ミカエラの新たな子の存在が、辺境伯領を揺るがす可能性もある。だがユーリの子では、西南辺境伯を継承し、ボロボロになったガルシア領を維持するに足る魔力は持たないであろう。――だからこそ、ガルシア領の者たちは龍種である皇帝シウリンとの縁に縋ったのだから。
 
 問題は、正気を失い、記憶があいまいになっているミカエラは、を身籠っていると、思い込んでいること。その妊娠が想像であるならばまだしも、実際に別の男の子を孕んでしまった。

 ミカエラ自身は、子の父親は皇帝だと思い込んでいる。皇家の血を引かぬ者を皇帝の子と言い張ることは、大逆罪にたる。

「……子は、三か月か、四か月と言っていたな。今ならばまだ――」
「ですが!」

 ユーリが悲鳴を上げる。

「その子には罪はないんです! 俺が……俺が命を以て償います! だから、子は――!」
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