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エピローグ

役に立たない男たち

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 花の咲き乱れる白亜の四阿で、アデライードは背中にクッションをたくさんあてて、編み物をしながら侍女たちのお喋りを聞いていた。丸く曲線を描く腹ははち切れんばかりに膨らんで、一人では足元も覚束ない。だからアデライードの周囲には常に、メイローズかアリナか、そしてアンジェリカとリリアの誰か一人は必ず、もしくは全員で貼りついている。

 メイローズは陰陽宮の特別ブレンドの薬草茶を淹れながら、アデライードの丸い腹を見て、目を細める。銀色の〈王気〉に囲まれた腹の周辺は、金と銀が交じり合った小さな〈王気〉が取りまいて、眩いほどだ。長く後宮で暮らしたメイローズでさえ、こんなの〈王気〉を纏う妊婦を見るのは初めてのこと。

 東の皇家は双子が滅多に生まれないので、メイローズは男女の双子を孕んだ妃嬪を一度、見たことがあるだけだ。だがその場合でも、男女とも〈王気〉は金色であるから、妊婦の腹のあたりに薄っすらと金の光が視えるだけであった。だがアデライードのそれは金銀の光が混じって煌いており、男女の双子であろうと、月神殿の産婆もメイローズも考えている。さらにその輝きをアデライードの眩いほどの銀の〈王気〉が取り巻いているのだから、何とも壮観であった。おそらく古えの、始祖女王ディアーヌの懐妊中の姿も、同様であったに違いない。

 アデライードの脇で寝そべっていたジブリールがピクリ、と耳を動かす。  
 それまで、ピーチクパーチクと喧しく王城の侍女たちへの不平を零していたアンジェリカたちのお喋りを、微笑んで聞いていたアデライードが眉を顰め、手からかぎ針を取り落とす。ジブリールが心配そうに鼻をフンフンさせ、アデライードの身体に頭を擦り付けた。お茶を淹れていたメイローズが、すぐさま異常に気付く。

「姫君……?」
「……なんか、ちょっとお腹が……痛……」

 膨らんだ腹を押えて眉を顰めるアデライードに、すぐさま周囲が色めき立つ。

「すぐにご寝室に!」
「マニ僧都様を呼んできます!」
「月神殿にも使いを!」

 のどかななお茶会は突如、戦場に変わった。






 それから十時間以上が過ぎたが、初産ということもあり、深更に至ってもいっこうに産まれる気配がない。シウリンは寝室の隣の控えの間と居間の間を、ずっとグルグルグルグル、落ち着きなく歩き回っている。ジブリールは主の後を追いかけてウロウロし、エールライヒは止まり木でバサバサと羽ばたきを繰り返す。さらにもう一人、レイノークス辺境伯ユリウスまで妹の出産に駆け付けて、やはり同様にウロウロと落ち着きなく歩き回っているから、もう、鬱陶しいことこの上ない。

「ああもう、二人とも! 少しはじっとしてられないんですか! さっきからグルグルグルグル……そのうち溶けてバターになりますよ?」

 うんざりしたようにトルフィンに言われ、シウリンがトルフィンを睨みつける。

「もう、さっきから何時間も経っているのに、まだ、産まれないのか! 苦しんでるんじゃないのか! ……ああ、こんなことなら、何かの魔術で私の身体に胎児を移し替えてもらえばよかった!」
 
 わけのわからないことを言って悶える主に、護衛のゾラもまた、呆れたように言う。

「移し替えてもらうはいいとして、で、どこから産むつもりなんすか? ケツの穴っすか? 正真正銘の〈クソガキ〉のご誕生っすね?」
「雅号は〈雲黒斎うんこくさい〉で決まりだな。さぞ業の深い子になることだろう。……だが、それでも、アデライードの痛みを私が引き受けられるなら……」
「馬鹿なこと言ってないで、座ってください! 落ち着かないったら!」
 
 配下の諫言にも、シウリンもユリウスも、ただ心配そうに寝室のドアを見てはウロウロするだけだ。

「こんな時に座っていられるわけがないだろう! 愛する妻が苦しんでいるっていうのに!」
「僕だって無理だよ! あの華奢なアデライードが、よりにもよって双子だよ?……まったく、このエロ皇帝が調子に乗って中出ししまくったおかげで!」
「うるさい! 中出ししなきゃ子供はできないだろ!」
「一晩に何度もヤりまくったせいじゃないの?」

 口汚い言い争いはエスカレートして、トルフィンがどう、宥めようかとオロオロし始めた時、バンッと扉が開いて、袈裟にタスキをかけて肘までまくり上げたマニ僧都が顔を出し、叱りつける。

「さっきからやかましい! 静かにできないなら出ていけ!」

 ……結局、明け方近くまでかかって、アデライードは男女の双子を無事に産み落とした。シウリンとユリウスが外聞も憚らず、なぜかお互いに抱き合って泣いたのはその後長く語り草になった。
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