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18、永遠を継ぐ者

宣告

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 無事に生まれたのに、シウリンは子供の顔さえ見に来ない。
 生まれて三日。ミカエラの部屋を訪れるのは、月神殿の女神官たちと、王城とを往復するメイローズだけ。メイローズはその日、王城からの祝いなどを持ってきた。主の子の出産を密かに知った重臣たちが、遠慮がちに祝いを寄越したのだ。目当ての人からは便りすらなく、失望の溜息を零すミカエラに、メイローズが小さな包みを差し出す。

「こちらは女王陛下からの、お祝いの品です。陛下がお手ずから編まれたものですよ」

 その言葉に、ミカエラが初めて顔をあげて贈られた品を見る。震える手で乱暴に包みを開けば、繊細に編まれた綿レースのフード付きケープと、小さな靴。ミカエラは耐え切れず、それを投げ捨てた。

「!!……なんてことをなさるのです!」

 驚いたメイローズが慌てて拾い集め、ミカエラを窘める。

「シウリン様は何て? どうして来て下さらないの!」
「わが主は多忙であらせられます」
「あの女が止めているんでしょ?! シウリン様だって、初めての子に会いたいに違いないのに! 自分が流産したからって――」
「ミカエラ殿! 言葉を慎まれよ!」

 普段とは全く異なる、厳しい調子で咎められて、ミカエラは息を飲む。メイローズが咳払いを一つして、続ける。
 
「まず、帝都の摂政王殿下とご協議の上で、ミカエラ様に宝林位を贈位なさると決定なさいました」
「宝林って……?」
「後宮妃嬪の一階級です。皇子殿下は所生の母君が妃嬪でなければなりません」
「では、わたくしは東に行くのですか?」
「いいえ、贈位ですから、名目的なものです。皇子殿下とミカエラ様のお体が旅に耐えられるようになり次第、ガルシア領へお戻りいただきます。そのための、皇子殿下の護衛も選定を始めております」

 メイローズの言葉にミカエラが悲鳴を上げた。

「そんな! 第一皇子を辺境に追いやるなんて!」

 メイローズが困った子供を見るような目で、ミカエラを諭す。

「追いやるも何も……もともと、辺境伯の跡継ぎが必要だというので、わが主を婿に望まれたのでしょう。待望の男児を得て、いったい何が不満なのですか。ガルシア領では、皆、首を長くしてお帰りを待っておりましょう」
「そんな酷い……。ねえ、お願いです、シウリン様に会わせて! シウリン様だって、あの子を一目みたら、手放し難いと思われるに違いないわ!だって初めての御子なのよ? シウリン様はそんな冷たいことを仰る方ではないわ!」

 泣き騒ぐミカエラが掴んだ手を、メイローズは冷めた様子でするりと外す。

「何をおっしゃっているのか……西南辺境の守りの要である、ガルシア辺境伯の血筋が絶えるのは女王国としても、また陰陽の世界全体においても由々しき事態であるがため、我が子と認めた上で継承をお許しになった。ひとえにガルシア領と女王国を守るための決定です。ガルシア領を継ぐ子だからこそ、我が子として認知なさった。今さら、ガルシア領に押し込まれるのは嫌だなどと、何の冗談ですか」
「そんな……」
「もしや、記憶を失って十二歳に戻っていた時のわが主を基準に考えているとしたら、あなたはとんだ認識不足ですよ。わが主の二つ名をご存知ないわけではありますまい。優しいだけの人が、〈狂王〉なんて名前を頂戴するはずがない。むしろわが主の歩く道は血まみれだったのですから。……帝国の法では、三妃以上の所生でなければ、皇位の継承権は与えられない。宝林位とは二十七世婦の一つ、それも贈位ですから正規のものではない。つまり、わが主はミカエラ様を妻の一人として列するつもりもなく、また御子の皇位継承権もお認めにならなかった。だが、ガルシア辺境伯としてであれば、皇子として認知し、支援も行うと仰っている。わが主に何を期待されているか存じませんが、これ以上の要求は見苦しく、さらなるお怒りを買うだけです。ましてアデライード女王陛下に対抗しようなど、許されるわけがありません。いい加減、わきまえなさい」

 はっきりと宣告されて、ミカエラは茫然とメイローズを見つめる。沈黙の中、看護役の女神官が、泣いている赤子を腕に抱いてやってきた。

「そろそろお乳の時間ですよ?……あら、どうかなさいました?」

 きょとんとした若い女神官に、メイローズが誰もが見惚れるような美しい笑顔を見せて言った。

「いいえ、何でもありません。授乳の補助をお願いできますか?……ああ、私は宦官ですので、はい、ここで拝見させていただきますよ、王城へも報告しなければなりませんからね」

 にこやかに言って、メイローズはミカエラの腕の中に抱き取られた赤子を見下ろす。主よりもやや薄い髪色に、黒い瞳――その〈王気〉は金色に輝いてはいるが、主の輝きには及ばないだろうと、メイローズは思う。

「可愛らしいですよねー。お名前はなんて?」
 
 ミカエラがはっとしてメイローズを見た。メイローズは残酷な宣告であると承知の上で、言った。

「特に考えてもいないから、好きに決めてよいとの、お言葉です」

 何よりもそれが、シウリンの子に対する興味のなさを物語っていて、ミカエラを打ちのめした。
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