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18、永遠を継ぐ者
対面を願う
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女王国の体制が一新されて、多忙なままに日々は過ぎる。シウリンは元老院の再編で忙殺されていたが、アデライードは神殿関係と、魔物の被害を受けた土地への義捐金の支給、神殿の術者の派遣等を中心に行い、さらに難民の帰還を積極的に働きかけた。
聖地へ逃げ込んだ難民は、聖地からソリスティアを経由し、たいていはカンダハルまで海路をとり、ナキアの月神殿で休養してから、各自の故郷へと戻っていく。アデライードはカンダハルから帰還した第一陣の難民たちを月神殿に見舞った。
難民たちは一様に疲れ切ってはいたが、古着ながらもこざっぱりした衣服を支給され、食事にも不満はないと言う。何より、間近で目にした女王アデライードの神々しいまでの美貌に、大抵の者はぽかんと口を開けて見惚れるばかり。
聖地から戻ったばかりの小さな女の子が、神殿の庭に咲いていた白詰草の花を摘み、アデライードのひざ元によってそれを差し出す。アデライードは少し照れたように微笑んでそれを受け取り、女児の頬に軽く口づけした。その光景がまさしく聖女のようで、護衛のアリナなどは誇らしさで頬が緩んでしまう。
だいたいの予定が終わり、アデライードが王城へ帰還しようとした時、一人の少年がおずおずと前に進み出て、アデライードの前に膝をついた。それを見て、脇に控えていたメイローズが慌てて近づいてくる。
「女王陛下、申し訳ありません。俺は、西南辺境のガルシア辺境伯の騎士で、レオンと申します。……その、俺たちの主人がこの神殿におりまして、どうしても、その――女王陛下にお詫びをしたいと……」
「……そちらからの接触は禁ずるという、わが主の意向をどうして何度も無視するのですか。私だってこれ以上は庇いきれませんよ」
メイローズに詰問され、恐縮して縮こまる少年を、アデライードは見下ろす。
お詫び、とはなんだろうか。ちらりと護衛のアリナに視線を向ける。護衛でもあり、また少傅の妻でもあるアリナは、ミカエラの件を知っている。だからアリナもガルシア辺境伯と聞いて、不審そうに柳眉を逆立てている。メイローズは少年を追い払おうとしたが、少年は必死に懇願した。
「お願いです。……本当に、姫様も苦しんでおられて……このままではご出産にも障ります。ただ、一言、お優しい言葉をかけていただければ、それだけで……」
「わたしがお会いする筋合いでもない気がするけれど、それで気が済むとおっしゃるのであれば、少しだけ。ですが護衛も、またこちらのメイローズ枢機卿も同席します」
以前のサウラの一件が頭をよぎる。夫の子を孕んだ女たちは、なぜいつも、アデライードにその腹を見せつけようとするのだろうか。アデライードとて嫉妬もしよう。自身が子を失ったことに引き換え、大きな腹を抱えた女に対し、正直なところ平静ではいられない。だが、アデライードは何よりも女王だ。女王の夫・執政長官には複数の妻も子も必要だ。少なくとも歴代そうであった。夫の妻たちや、その子供たちとも円満な関係を築くのは、女王国の安定にもつながるはずなのだから。
アデライードはだから、ミカエラの子も当然の如く受け入れるつもりだった。望まない子だからと逃げ回る夫に代わって、ミカエラの要望を聞くのも妻の役目か――。
アデライードはしばらく考えて、ミカエラとの対面を了承した。
聖地へ逃げ込んだ難民は、聖地からソリスティアを経由し、たいていはカンダハルまで海路をとり、ナキアの月神殿で休養してから、各自の故郷へと戻っていく。アデライードはカンダハルから帰還した第一陣の難民たちを月神殿に見舞った。
難民たちは一様に疲れ切ってはいたが、古着ながらもこざっぱりした衣服を支給され、食事にも不満はないと言う。何より、間近で目にした女王アデライードの神々しいまでの美貌に、大抵の者はぽかんと口を開けて見惚れるばかり。
聖地から戻ったばかりの小さな女の子が、神殿の庭に咲いていた白詰草の花を摘み、アデライードのひざ元によってそれを差し出す。アデライードは少し照れたように微笑んでそれを受け取り、女児の頬に軽く口づけした。その光景がまさしく聖女のようで、護衛のアリナなどは誇らしさで頬が緩んでしまう。
だいたいの予定が終わり、アデライードが王城へ帰還しようとした時、一人の少年がおずおずと前に進み出て、アデライードの前に膝をついた。それを見て、脇に控えていたメイローズが慌てて近づいてくる。
「女王陛下、申し訳ありません。俺は、西南辺境のガルシア辺境伯の騎士で、レオンと申します。……その、俺たちの主人がこの神殿におりまして、どうしても、その――女王陛下にお詫びをしたいと……」
「……そちらからの接触は禁ずるという、わが主の意向をどうして何度も無視するのですか。私だってこれ以上は庇いきれませんよ」
メイローズに詰問され、恐縮して縮こまる少年を、アデライードは見下ろす。
お詫び、とはなんだろうか。ちらりと護衛のアリナに視線を向ける。護衛でもあり、また少傅の妻でもあるアリナは、ミカエラの件を知っている。だからアリナもガルシア辺境伯と聞いて、不審そうに柳眉を逆立てている。メイローズは少年を追い払おうとしたが、少年は必死に懇願した。
「お願いです。……本当に、姫様も苦しんでおられて……このままではご出産にも障ります。ただ、一言、お優しい言葉をかけていただければ、それだけで……」
「わたしがお会いする筋合いでもない気がするけれど、それで気が済むとおっしゃるのであれば、少しだけ。ですが護衛も、またこちらのメイローズ枢機卿も同席します」
以前のサウラの一件が頭をよぎる。夫の子を孕んだ女たちは、なぜいつも、アデライードにその腹を見せつけようとするのだろうか。アデライードとて嫉妬もしよう。自身が子を失ったことに引き換え、大きな腹を抱えた女に対し、正直なところ平静ではいられない。だが、アデライードは何よりも女王だ。女王の夫・執政長官には複数の妻も子も必要だ。少なくとも歴代そうであった。夫の妻たちや、その子供たちとも円満な関係を築くのは、女王国の安定にもつながるはずなのだから。
アデライードはだから、ミカエラの子も当然の如く受け入れるつもりだった。望まない子だからと逃げ回る夫に代わって、ミカエラの要望を聞くのも妻の役目か――。
アデライードはしばらく考えて、ミカエラとの対面を了承した。
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