上 下
201 / 236
17、致命的な過ち

仲直り

しおりを挟む
「女王とは言っても……父方の血筋で言えば、ミカエラ様もわたしも、同じく辺境伯家の出です。それほどの格差はないと思っていらっしゃるかもしれない。――いえ、たぶんそうなのでしょう」

 アデライードは、ミカエラのひどく挑戦的な視線を思い出して言う。先にシウリンの子を孕んだことを、見せつけるかのような、あの表情――。

「な……そんなこと、考えたこともなかった! 道理で……」

 絶句するシウリンに、アデライードが言う。

「でもとにかく、あちらに男の子がお生まれになるのですから、きちんと形式を整えられた方が……」
「絶対嫌だ!」

 シウリンが乱暴にゴブレットを卓上に置いて、アデライードを正面から見る。

「あんな女となぜ、私が結婚しなければならない! 子供のことは、あなたが気にすることじゃない。メイローズに全部任せてある。……あれは、ガルシア領の出なんだ。従者として付いてきた男とも、古い知り合いらしい」
「でも……」
「もともと、あの女はガルシア辺境伯の跡取りが必要だから、私と結婚したいと言っていたんだ。跡取りらしきがもう胎にいるのに、この上何をしに来たのか知らないが、もうこれ以上関わるつもりもない。あなたもだ。――もう、あんな女のことはあなたも忘れていい」
「シウリン――」

 アデライードは溜息をついた。

「以前の――サウラとおっしゃるご側室の時にも思いましたけれど……ご自分の御子に対して無責任に過ぎませんか」
 
 アデライードの苦言に、シウリンが眉間に皺を寄せる。

「……確かに、ヤった以上は責任を持てというのはわかる。でも妊娠を私に隠しておいて突然押しかけてきたり、わざわざあなたの面前に前触れもなくやってきたり、悪意があるとしか思われない。さらにミカエラに関しては、正直私は被害者だと思ってる。そんなつもりもないのを、酒や薬で前後不覚にさせて……男が同じことをしたら、立派な犯罪だぞ? しかも、髪の油まで普段とは変えて……計画的犯行じゃないか」 
「それは……そうですが……。でも、御子には何の罪もないのですから……」
「そんなのはわかっている。だがな……そうだ、アデライード、想像するだけで発狂しそうだけれど、万一あなたが好きでもない男に無理矢理犯された上、妊娠してできた子供を、お前が生んだんだから責任もてと言われて、納得できるか?……いや、納得して愛情深く育てる女も世の中にはいるかもしれないが、その子供を見るたびに、辛いことを思い出して耐え難く思う女だって、世の中には普通にいると思うがな。私はどっちかというと、後者だ」
「それは……」

 アデライードは反論できずに俯いてしまう。

「それに、アデライード……私は、今ほど怒っていることはないってくらい、怒っている。私はあの時――あの森の、黄金の枝の下であなたに誓った。生涯、あなた以外には触れないと。あの女やガルシア城の者たちは、その誓いを守りたいと思っていた私を踏みにじったんだ。その上さらにあなたの前に突然現れて、あなたを驚かせ、傷つけた。私は到底、あの女を許すことはできない。――腹の子は気の毒だとは思うが、しょうがないだろう。親に愛されない子供なんて、山ほどいる。……私が、そうだったように」
「シウ――」

 アデライードが、翡翠色の瞳でシウリンを見つめる。シウリンの黒い瞳がまっすぐ、だが少しだけ不安そうに、アデライードを見ている。

「今回のこと、全てミカエラだけが悪いと言うつもりはない。でも、もう終わったことだ。無事に子供が生まれればガルシア領に戻し、成長後は辺境伯の爵位を継がせる。龍種としての待遇はするが、継承権は与えない。その方向でこれから詰める。あなたはもう、この問題にかかわらなくていい。いや、むしろ関わらないでくれ」

 はっきり宣言され、アデライードは言葉を失う。シウリンが、アデライードを熱っぽい瞳で見つめ、言った。

「アデライード、愛しているのはあなただけだ。あなたを傷つけたことは詫びる。すまなかった。この先何があっても、あなた以外と私が寝ることはない。女王国のしきたりその他については、極力、考えるから。だから、あなたにも私を信じて欲しい」
「シウリン――」
「あなたは私を愛して、信じてくれる?」
「――ええ、もちろん」

 微笑んで答えたアデライードに、シウリンがほっとしたように表情を緩める。

「じゃあ、急いで食事を終えてしまおう。そうして――」

 シウリンがテーブル越しに顔を寄せ、アデライードの耳元で囁いた。

「やっぱり、私たちに今一番必要なのは、子供だから――いっぱいヤって、いっぱい、子供を作ろう」

 あからさまな言葉にアデライードが口に含んだ水を噴き出しそうになる。その頬にシウリンがそっと口づけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...