【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

文字の大きさ
上 下
197 / 236
17、致命的な過ち

致命的な過ち

しおりを挟む
「本日、こちらにミカエラ姫ご自身でおいでになると決めたのは、どなたのご意向ですか?」

 ミカエラとシュテファンが、思わずと言った風に顔を見合わせる。ミカエラがメイローズに顔を向け、答えた。

「……わたくしの、意向です」
「ですが、新年祭の前に諸侯の謁見を行うとの決定は、年明けでございました。畏れながら、その身重のお体で、ガルシア領から出てくるのに、一月では危うい」
「ガルシア領を出たのは十二月の頭です。――東の、帝国軍がナキアを落としたと聞き、またその頃に妊娠が発覚して、すぐに出発しました。……シウリン様に報せなければと思ったのです。ナキアに着いたのが一月の半ば。それで謁見の話を聞いて、シウリン様にお会いできると思って――」
「一月の半ばにはナキアにいて、それまで、こちらに知らせようとは思わなかったのですか」

 メイローズの声がどうしても低くなる。
 事前に知らせてもらえれば、やりようがあった。王城の事務は混乱はしていても、ガルシア辺境伯からの上申が上がれば誰かが顧みるはずだ。ガルシア伯はたしかに冷遇されていたけれど、全く貴族社会にツテがないわけではない。現に、新年祭に先立つ謁見のことを知り得たのだから。
 
 顔色を失くして崩れるように椅子に倒れ込んだアデライードの姿を思い出し、メイローズは胸が痛くなる。聖職者で宦官であるメイローズは、愛だの恋だのの感情は理解しないが、人の子である以上、子を失った母の悲しみは思い遣ることができる。認証式以来、努めて明るく振る舞おうとしながらも、アデライードが沈んでいたのを知っている。自分の腹から消えてしまった、銀色の〈王気〉を無意識に探していることも――。

 ミカエラはアデライードの流産については知らなかったのだろう。ゆえに、そのことを責めるべきではないと思いながらも、だからこそ事前に知らされていれば、どれだけの手を尽くしても防いだのにと、メイローズの後悔はむことがない。

「このような場で、わが主に妊娠を知らせて、いったい何がしたかったのですか。他に手段がないわけでもないのに!」

 知らず知らずに声が厳しくなり、ミカエラがびくりと身を震わせる。
 
「それは――」

 俯いてしまうミカエラに、だがシュテファンは助け舟を出すことができない。――シュテファンもまた、幾度も口を酸っぱくして、別のルートでシウリンと連絡を取るべきだと、言い続けたのだから。

「不安だったのです。内密に知らせれば、始末しろと言われるのではないかと――」
「たとえ胎児といえ、龍種の命を故意に絶つことなど許されませんよ。わが主だって、そんなことは重々承知しておられます。それよりも、あんな形で、姫君にまで妊娠を明らかにして、いったい何が目的なのですか? ガルシア辺境伯は始祖女王以来の四方辺境伯、確かに西の名門ではありますが、女王家の姫に及ぶべくもない。複数の妻を娶る可能性はゼロではないけれど、あなたが姫君を凌ぐことなどあり得ないのに。――以前にも、大きな腹を抱えてソリスティアまでやってきて、姫君を威嚇しようとした側室がおりましてね。わが主のお怒りようといったら、恐ろしいほどでした。わが主には、あなたはあの女と同じことをしようとした、浅ましい女にしか見えていないでしょう」
 
 メイローズの言葉には明確な侮蔑が含まれていて、ミカエラは目を見開く。

「そんな……わたくしは、そんなつもりは――」
「本当になかったと、言い切れますか?」

 そう、目を見て詰め寄られて、ミカエラは息を飲む。 
 メイローズは溜息をついて、視線を外した。

「本当に……あなたのやり方は、選りにもよって最悪のタイミングだったのですよ。……ここだけの話ですが、姫君はご流産なさったばかりだ。それも、認証式で、始祖女王の結界を修復するために、魔力を使いすぎたのです」
 
 その言葉に、ミカエラもシュテファンも絶句する。女王の結界は、辺境に生きる彼らにとって、命綱のようなものだからだ。

「……とりわけ、西南辺境の柱の損傷はひどかった。破損した術式に魔力を流し、修復するのに姫君の魔力では少し足りなくて――胎児だった王女の魔力まで使ってようやく修復されたのです。ガルシア領と、女王国全土のために、姫君は御子を犠牲にせざるを得なかった。それを……」

 メイローズの紺碧の両目から、ついに涙が溢れて、頬を流れ下る。

「その姫君を、最愛の妻である女王をあなたは傷つけた。――おそらく、わが主はあなたを生涯、赦さないと思います」

 ミカエラはようやく、自分が取り返しのつかない過ちを犯したのだと、気づいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろうでも公開しています。 2025年1月18日、内容を一部修正しました。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...