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17、致命的な過ち
致命的な過ち
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「本日、こちらにミカエラ姫ご自身でおいでになると決めたのは、どなたのご意向ですか?」
ミカエラとシュテファンが、思わずと言った風に顔を見合わせる。ミカエラがメイローズに顔を向け、答えた。
「……わたくしの、意向です」
「ですが、新年祭の前に諸侯の謁見を行うとの決定は、年明けでございました。畏れながら、その身重のお体で、ガルシア領から出てくるのに、一月では危うい」
「ガルシア領を出たのは十二月の頭です。――東の、帝国軍がナキアを落としたと聞き、またその頃に妊娠が発覚して、すぐに出発しました。……シウリン様に報せなければと思ったのです。ナキアに着いたのが一月の半ば。それで謁見の話を聞いて、シウリン様にお会いできると思って――」
「一月の半ばにはナキアにいて、それまで、こちらに知らせようとは思わなかったのですか」
メイローズの声がどうしても低くなる。
事前に知らせてもらえれば、やりようがあった。王城の事務は混乱はしていても、ガルシア辺境伯からの上申が上がれば誰かが顧みるはずだ。ガルシア伯はたしかに冷遇されていたけれど、全く貴族社会にツテがないわけではない。現に、新年祭に先立つ謁見のことを知り得たのだから。
顔色を失くして崩れるように椅子に倒れ込んだアデライードの姿を思い出し、メイローズは胸が痛くなる。聖職者で宦官であるメイローズは、愛だの恋だのの感情は理解しないが、人の子である以上、子を失った母の悲しみは思い遣ることができる。認証式以来、努めて明るく振る舞おうとしながらも、アデライードが沈んでいたのを知っている。自分の腹から消えてしまった、銀色の〈王気〉を無意識に探していることも――。
ミカエラはアデライードの流産については知らなかったのだろう。ゆえに、そのことを責めるべきではないと思いながらも、だからこそ事前に知らされていれば、どれだけの手を尽くしても防いだのにと、メイローズの後悔は已むことがない。
「このような場で、わが主に妊娠を知らせて、いったい何がしたかったのですか。他に手段がないわけでもないのに!」
知らず知らずに声が厳しくなり、ミカエラがびくりと身を震わせる。
「それは――」
俯いてしまうミカエラに、だがシュテファンは助け舟を出すことができない。――シュテファンもまた、幾度も口を酸っぱくして、別のルートでシウリンと連絡を取るべきだと、言い続けたのだから。
「不安だったのです。内密に知らせれば、始末しろと言われるのではないかと――」
「たとえ胎児といえ、龍種の命を故意に絶つことなど許されませんよ。わが主だって、そんなことは重々承知しておられます。それよりも、あんな形で、姫君にまで妊娠を明らかにして、いったい何が目的なのですか? ガルシア辺境伯は始祖女王以来の四方辺境伯、確かに西の名門ではありますが、女王家の姫に及ぶべくもない。複数の妻を娶る可能性はゼロではないけれど、あなたが姫君を凌ぐことなどあり得ないのに。――以前にも、大きな腹を抱えてソリスティアまでやってきて、姫君を威嚇しようとした側室がおりましてね。わが主のお怒りようといったら、恐ろしいほどでした。わが主には、あなたはあの女と同じことをしようとした、浅ましい女にしか見えていないでしょう」
メイローズの言葉には明確な侮蔑が含まれていて、ミカエラは目を見開く。
「そんな……わたくしは、そんなつもりは――」
「本当になかったと、言い切れますか?」
そう、目を見て詰め寄られて、ミカエラは息を飲む。
メイローズは溜息をついて、視線を外した。
「本当に……あなたのやり方は、選りにもよって最悪のタイミングだったのですよ。……ここだけの話ですが、姫君はご流産なさったばかりだ。それも、認証式で、始祖女王の結界を修復するために、魔力を使いすぎたのです」
その言葉に、ミカエラもシュテファンも絶句する。女王の結界は、辺境に生きる彼らにとって、命綱のようなものだからだ。
「……とりわけ、西南辺境の柱の損傷はひどかった。破損した術式に魔力を流し、修復するのに姫君の魔力では少し足りなくて――胎児だった王女の魔力まで使ってようやく修復されたのです。ガルシア領と、女王国全土のために、姫君は御子を犠牲にせざるを得なかった。それを……」
メイローズの紺碧の両目から、ついに涙が溢れて、頬を流れ下る。
「その姫君を、最愛の妻である女王をあなたは傷つけた。――おそらく、わが主はあなたを生涯、赦さないと思います」
ミカエラはようやく、自分が取り返しのつかない過ちを犯したのだと、気づいた。
ミカエラとシュテファンが、思わずと言った風に顔を見合わせる。ミカエラがメイローズに顔を向け、答えた。
「……わたくしの、意向です」
「ですが、新年祭の前に諸侯の謁見を行うとの決定は、年明けでございました。畏れながら、その身重のお体で、ガルシア領から出てくるのに、一月では危うい」
「ガルシア領を出たのは十二月の頭です。――東の、帝国軍がナキアを落としたと聞き、またその頃に妊娠が発覚して、すぐに出発しました。……シウリン様に報せなければと思ったのです。ナキアに着いたのが一月の半ば。それで謁見の話を聞いて、シウリン様にお会いできると思って――」
「一月の半ばにはナキアにいて、それまで、こちらに知らせようとは思わなかったのですか」
メイローズの声がどうしても低くなる。
事前に知らせてもらえれば、やりようがあった。王城の事務は混乱はしていても、ガルシア辺境伯からの上申が上がれば誰かが顧みるはずだ。ガルシア伯はたしかに冷遇されていたけれど、全く貴族社会にツテがないわけではない。現に、新年祭に先立つ謁見のことを知り得たのだから。
顔色を失くして崩れるように椅子に倒れ込んだアデライードの姿を思い出し、メイローズは胸が痛くなる。聖職者で宦官であるメイローズは、愛だの恋だのの感情は理解しないが、人の子である以上、子を失った母の悲しみは思い遣ることができる。認証式以来、努めて明るく振る舞おうとしながらも、アデライードが沈んでいたのを知っている。自分の腹から消えてしまった、銀色の〈王気〉を無意識に探していることも――。
ミカエラはアデライードの流産については知らなかったのだろう。ゆえに、そのことを責めるべきではないと思いながらも、だからこそ事前に知らされていれば、どれだけの手を尽くしても防いだのにと、メイローズの後悔は已むことがない。
「このような場で、わが主に妊娠を知らせて、いったい何がしたかったのですか。他に手段がないわけでもないのに!」
知らず知らずに声が厳しくなり、ミカエラがびくりと身を震わせる。
「それは――」
俯いてしまうミカエラに、だがシュテファンは助け舟を出すことができない。――シュテファンもまた、幾度も口を酸っぱくして、別のルートでシウリンと連絡を取るべきだと、言い続けたのだから。
「不安だったのです。内密に知らせれば、始末しろと言われるのではないかと――」
「たとえ胎児といえ、龍種の命を故意に絶つことなど許されませんよ。わが主だって、そんなことは重々承知しておられます。それよりも、あんな形で、姫君にまで妊娠を明らかにして、いったい何が目的なのですか? ガルシア辺境伯は始祖女王以来の四方辺境伯、確かに西の名門ではありますが、女王家の姫に及ぶべくもない。複数の妻を娶る可能性はゼロではないけれど、あなたが姫君を凌ぐことなどあり得ないのに。――以前にも、大きな腹を抱えてソリスティアまでやってきて、姫君を威嚇しようとした側室がおりましてね。わが主のお怒りようといったら、恐ろしいほどでした。わが主には、あなたはあの女と同じことをしようとした、浅ましい女にしか見えていないでしょう」
メイローズの言葉には明確な侮蔑が含まれていて、ミカエラは目を見開く。
「そんな……わたくしは、そんなつもりは――」
「本当になかったと、言い切れますか?」
そう、目を見て詰め寄られて、ミカエラは息を飲む。
メイローズは溜息をついて、視線を外した。
「本当に……あなたのやり方は、選りにもよって最悪のタイミングだったのですよ。……ここだけの話ですが、姫君はご流産なさったばかりだ。それも、認証式で、始祖女王の結界を修復するために、魔力を使いすぎたのです」
その言葉に、ミカエラもシュテファンも絶句する。女王の結界は、辺境に生きる彼らにとって、命綱のようなものだからだ。
「……とりわけ、西南辺境の柱の損傷はひどかった。破損した術式に魔力を流し、修復するのに姫君の魔力では少し足りなくて――胎児だった王女の魔力まで使ってようやく修復されたのです。ガルシア領と、女王国全土のために、姫君は御子を犠牲にせざるを得なかった。それを……」
メイローズの紺碧の両目から、ついに涙が溢れて、頬を流れ下る。
「その姫君を、最愛の妻である女王をあなたは傷つけた。――おそらく、わが主はあなたを生涯、赦さないと思います」
ミカエラはようやく、自分が取り返しのつかない過ちを犯したのだと、気づいた。
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