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15、王気
龍種の責任
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アデライードは寝室の窓辺で、侍女も遠ざけて呆然と座っていた。
窓からの光が白金色の髪に反射して、だが全く身動きもせず、まるで魂の抜けた大きな人形のように見えた。膝には白い子猫が、足元ではジブリールが心配そうに寄り添っている。
「アデライード」
声をかけると、白金色の髪がびくりと揺れ、静かに振り向いたアデライードの翡翠色の瞳が涙で潤み、頬が濡れていた。
「シウリン……」
「済まない、事前にメイローズから聞いていたのに、他のことに紛れてあなたに伝えるのを忘れていた」
アデライードが首を振る。アデライードが平常心を失い、魔力暴走を起こしそうになるたびに、シウリンはアデライードを気遣い、アデライードは悪くないと言ってくれるけれど、そうじゃない。悪いのは、アデライードだ。些細なことで我を失い、魔力を爆発させてしまいそうになる。
「……ごめんなさい」
「何を謝る。別にあなたは悪くない。幸い、何もなかった。……お茶をかけられたそうだが、現場に私がいなくてよかった。目にしていたら、私の方がキレたかもしれない」
冗談めかして言って、アデライードの座る椅子の、がっちりしたひじ掛けに腰を下ろし、アデライードを抱き込む。頭頂に口づけして、髪を撫でる。
「ごめんなさい……どうしてって思ったら、急に……彼女の、せいじゃないのはわかってるの。でも――」
アデライードが両手で顔を覆う。
「女王じゃなかったらって――女王じゃなかったらあの子は死ななくて済んだのにって――」
「アデライード」
シウリンがアデライードの頭に口づけし、身体を背後から抱きしめる。
「あの子は生まれる前から女王だったんだよ。そういう、めぐりあわせだった」
「でも――〈王気〉があるのを目にしたら、どうしてって――」
今となっては、アルベラは女王位など望んではいまい。だが結界が強化されたことにより〈王気〉が顕現し、アルベラとアデライードとを、さらに巻き込もうとする。
「十年前、アライア女王が亡くなった段階では、確かにアルベラに〈王気〉はなかった。これは何人もの望気者が証言して揺るがない。イフリート家の魔力に押されて、アルベラの〈王気〉は発現しないままだった。あなたが結界を修復したことで女王の力が強まって、アルベラの〈王気〉が表に現れた。……あなたが女王でなければ、アルベラの〈王気〉は出てこなかったんだ」
だが、アルベラの〈王気〉のことが外に漏れれば、単純な継承順位だけを理由に、アルベラを女王にとの、声が上がるかもしれない。とくに、東の皇帝であるシウリンの独裁を懸念する世俗派の諸侯の間から。
「はっきり言えば、アルベラでは女王国の内政の立て直しは無理だろう。諸侯の力を抑えられず、結局は傀儡の女王となる以外にない。私は帝国の武力をチラつかせてかなりの強権を振るっているから、その代りに不満も多い。でも、私のやり方に正当性を与えているのは、あなたの存在だ、アデライード。――壊れた結界を修復し、さらに強い結界によって女王国を守っているのがあなただと、皆もわかっているから。あなたでないと無理なんだよ」
「シウリン――」
「あの子はまた、戻ってきてくれるさ。今はあなたが早く、体調を戻さなければ」
アデライードが子の消えた、平らなお腹を撫でる。
「わたし……女王は向いてないわ……」
「私だって皇帝なんて向いてないさ。でも私には視えない〈王気〉がある限り、仕方がない。――アルベラも、龍種としての責任の一旦は背負ってもらうけれど、その方法はまだ決めていない」
アデライードが首を傾げる。
「責任?」
シウリンが上から覗き込むようにして、アデライードに言う。
「たった二人っきりに減ってしまった銀の龍種を、少しでも増やさないとね」
「アルベラに結婚を――?」
アデライードが翡翠色の瞳を見開く。
「西の貴種は軒並み、魔力量が減っていてね。東の貴種に娶せるつもりだ」
アデライードは睫毛を伏せ、溜息をつく。
「そんな結婚、気の毒です。見たこともない、それも外国人となんて――」
「私たちだって、傍から見れば宗教がらみの政略結婚じゃないか。たまたま、あなたが運命の相手だっただけで。不幸になるとは限らないよ」
「理屈ではそうですけれど――」
疲れたように溜息をつくアデライードを、シウリンが気遣う。
「アルベラに悪いと思うなら、あなたも早く体調を戻して、龍種の最大の役目を果たさなければ」
「最大の役目?」
アデライードが驚いたように顔を上げ、シウリンを見た。シウリンが悪戯っぽく微笑んでいる。
「……もちろん、私と〈王気〉を交わし、一人でもたくさんの龍種を産むこと。そのためには、たくさん、たくさん愛し合わなければ」
「それは……!」
真っ赤な顔で俯くアデライードを、シウリンがふわりと抱き上げる。例のごとく、リンリンは膝から滑り落とされて、フーッとシウリンを怒って毛を逆立てる。
「まだ、無理なのはわかっているけれど、ゆっくり二人だけで過ごそう。抱き合って〈王気〉を循環させるだけで、体調は改善するはずだから」
シウリンが笑って、アデライード寝台へと運び、二匹もまた、二人について寝台へと移動した。
窓からの光が白金色の髪に反射して、だが全く身動きもせず、まるで魂の抜けた大きな人形のように見えた。膝には白い子猫が、足元ではジブリールが心配そうに寄り添っている。
「アデライード」
声をかけると、白金色の髪がびくりと揺れ、静かに振り向いたアデライードの翡翠色の瞳が涙で潤み、頬が濡れていた。
「シウリン……」
「済まない、事前にメイローズから聞いていたのに、他のことに紛れてあなたに伝えるのを忘れていた」
アデライードが首を振る。アデライードが平常心を失い、魔力暴走を起こしそうになるたびに、シウリンはアデライードを気遣い、アデライードは悪くないと言ってくれるけれど、そうじゃない。悪いのは、アデライードだ。些細なことで我を失い、魔力を爆発させてしまいそうになる。
「……ごめんなさい」
「何を謝る。別にあなたは悪くない。幸い、何もなかった。……お茶をかけられたそうだが、現場に私がいなくてよかった。目にしていたら、私の方がキレたかもしれない」
冗談めかして言って、アデライードの座る椅子の、がっちりしたひじ掛けに腰を下ろし、アデライードを抱き込む。頭頂に口づけして、髪を撫でる。
「ごめんなさい……どうしてって思ったら、急に……彼女の、せいじゃないのはわかってるの。でも――」
アデライードが両手で顔を覆う。
「女王じゃなかったらって――女王じゃなかったらあの子は死ななくて済んだのにって――」
「アデライード」
シウリンがアデライードの頭に口づけし、身体を背後から抱きしめる。
「あの子は生まれる前から女王だったんだよ。そういう、めぐりあわせだった」
「でも――〈王気〉があるのを目にしたら、どうしてって――」
今となっては、アルベラは女王位など望んではいまい。だが結界が強化されたことにより〈王気〉が顕現し、アルベラとアデライードとを、さらに巻き込もうとする。
「十年前、アライア女王が亡くなった段階では、確かにアルベラに〈王気〉はなかった。これは何人もの望気者が証言して揺るがない。イフリート家の魔力に押されて、アルベラの〈王気〉は発現しないままだった。あなたが結界を修復したことで女王の力が強まって、アルベラの〈王気〉が表に現れた。……あなたが女王でなければ、アルベラの〈王気〉は出てこなかったんだ」
だが、アルベラの〈王気〉のことが外に漏れれば、単純な継承順位だけを理由に、アルベラを女王にとの、声が上がるかもしれない。とくに、東の皇帝であるシウリンの独裁を懸念する世俗派の諸侯の間から。
「はっきり言えば、アルベラでは女王国の内政の立て直しは無理だろう。諸侯の力を抑えられず、結局は傀儡の女王となる以外にない。私は帝国の武力をチラつかせてかなりの強権を振るっているから、その代りに不満も多い。でも、私のやり方に正当性を与えているのは、あなたの存在だ、アデライード。――壊れた結界を修復し、さらに強い結界によって女王国を守っているのがあなただと、皆もわかっているから。あなたでないと無理なんだよ」
「シウリン――」
「あの子はまた、戻ってきてくれるさ。今はあなたが早く、体調を戻さなければ」
アデライードが子の消えた、平らなお腹を撫でる。
「わたし……女王は向いてないわ……」
「私だって皇帝なんて向いてないさ。でも私には視えない〈王気〉がある限り、仕方がない。――アルベラも、龍種としての責任の一旦は背負ってもらうけれど、その方法はまだ決めていない」
アデライードが首を傾げる。
「責任?」
シウリンが上から覗き込むようにして、アデライードに言う。
「たった二人っきりに減ってしまった銀の龍種を、少しでも増やさないとね」
「アルベラに結婚を――?」
アデライードが翡翠色の瞳を見開く。
「西の貴種は軒並み、魔力量が減っていてね。東の貴種に娶せるつもりだ」
アデライードは睫毛を伏せ、溜息をつく。
「そんな結婚、気の毒です。見たこともない、それも外国人となんて――」
「私たちだって、傍から見れば宗教がらみの政略結婚じゃないか。たまたま、あなたが運命の相手だっただけで。不幸になるとは限らないよ」
「理屈ではそうですけれど――」
疲れたように溜息をつくアデライードを、シウリンが気遣う。
「アルベラに悪いと思うなら、あなたも早く体調を戻して、龍種の最大の役目を果たさなければ」
「最大の役目?」
アデライードが驚いたように顔を上げ、シウリンを見た。シウリンが悪戯っぽく微笑んでいる。
「……もちろん、私と〈王気〉を交わし、一人でもたくさんの龍種を産むこと。そのためには、たくさん、たくさん愛し合わなければ」
「それは……!」
真っ赤な顔で俯くアデライードを、シウリンがふわりと抱き上げる。例のごとく、リンリンは膝から滑り落とされて、フーッとシウリンを怒って毛を逆立てる。
「まだ、無理なのはわかっているけれど、ゆっくり二人だけで過ごそう。抱き合って〈王気〉を循環させるだけで、体調は改善するはずだから」
シウリンが笑って、アデライード寝台へと運び、二匹もまた、二人について寝台へと移動した。
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