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15、王気

未明

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 泉神殿の後始末を終え、ゾーイが王城内の割り当てられた部屋に戻った時は、すでに深更を過ぎていた。

 さすがのゾーイも疲れきり、佩剣を外して壁に立てかけ、もどかしく軍靴を脱ぎ捨てる。簡易の胸当てを外すのもおっくうで、いっそこのまま寝てしまおうかと思った時、寝台で眠っていると思った妻が起き上がり、無言で胸当てを外すのを手伝い始める。

「……起きていたのか、アリナ」
「ええ。お疲れ様です」
「胎の子によくない。俺はいいからまだ寝ていろ」
「ひと眠りしたから、大丈夫よ」

 アリナが慣れた手つきで鎧を外していく。鎧も籠手も、全て外れると、綿入れの戎服を脱ぐ。下着姿になってようやく、人心地ついた。ゾーイが戎服を椅子の背にかけ、鎧を櫃の上に置いていると、アリナが盥にお湯と、布を持ってきた。

「すまんな、こんな時間に」
「いえ、魔導ポットにお湯を溜めておいたの。帰りが遅くなってもいいように。拭うだけでもスッキリするでしょうから」

 熱いお湯で顔を洗い、絞った布で身体を拭く。生き返るような気分だった。

「王城は、変わりなかったか」

 ゾーイの問いかけに、だが、アリナは下を向いて唇を噛んだらしい。

「姫様が――」
「やはり、ダメだったか」

 認証の間で、ゾーイはぐったりと気を失った主夫妻を目にしていた。ゾーイは視えないが、メイローズが赤子の〈王気〉が消えたと言っていた。――わずかな希望に縋りたかったが、マニ僧都やジュルチ僧正らの治癒術者もみな魔力が枯渇し、他の怪我人の手当などで精いっぱいだった。

「わたしは騎士失格です。肝心な時に、全くお役に立てず……」
 
 涙を零す妻を、ゾーイは慌てて抱き寄せる。

「お前のせいじゃない。……あの場にお前がいたら、流産が二人になっただけだ」
「そんなのわかってる! でも……いったい、どんな顔でお目にかかればいいのか……」

 ゾーイもそれは思う。同じように懐妊して、それを理由にアリナは後方に下がり、無事だった。だがアデライードは自ら認証の間に赴く以外にない。その結果、子を失った。――主もまた、どんな気持ちでいるか。

「姫君も陛下も、そんなことでお前を責めたりはせぬ」
「そんなことはわかっています!……だからこそ、辛くて……」

 嗚咽を漏らす妻を抱きしめて、ゾーイは溜息をつく。

「今のお前の役目は、とにかく無事に生むことだ。そうして、次こそ姫君をお守りする。――次代の騎士を生み、育てることだって、大切な仕事だ」
 「ゾーイ……」

 大きな犠牲を払ったが、女王の結界は修復された。――アデライードが懸念していた、冬至の前に。

 陽の極まる夏至の前日に東の皇帝が崩御し、陰の極まる冬至の前日に、未来の西の女王がその身をなげうつ。辛いことではあるが、つり合いは取れているのだ。まさしく天と陰陽の調和を守るために――。

 ふいに、ゾーイは思い出す。――そうか、あれからもう、一年になる。
 昨年、主は〈聖婚〉を成した。今、この状況はすべて、主の〈聖婚〉から始まったと言える。

「アリナ……何があっても、我々は陛下たちに忠誠を尽くすだけだ。だが、俺はいい同志を得たと思う。――同じ気持ちを持つ妻と……そして、子供と。陛下たちもきっと、悲しみを乗り越えてくださる」

 これからも何度でも、主も、そして彼らも、こうして困難な夜を乗り越えていくのだ。
 乗り越えた闇の向こうには、必ず輝く明日があると、人は信じることしかできないのだから。
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