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14、薤露

シメオンの願い

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 シメオンは首を振る。

「〈不完全〉と呼ばれる両性具有の神官たちならば、なんとかできるのかもしれないが――」

 アルベラは絶望的な気持ちになった。

「テレイオス……死ぬまで、そばにいてくれるよう、お父様にお願いしたって言ってたのに」
「僕が父上から託されたのは、一族の始末をつけることだけだから」

 シメオンが立ち上がり、大きく開かれた窓の外を見る。夕暮れが西の空を覆い、森を飲み込もうとしていた。

「父上は〈黒影〉を率いて月神殿を襲い、アデライード姫の結界修復を邪魔するつもりだった。それが、最後の戦い。――父上は死に、イフリート家は敗北した。女王と、その正真のつがいである金銀の龍種の前に。……もうすぐ、東の奴らがこの神殿を襲いに来るだろう。皇帝となった〈狂王〉の配下が、イフリート家を滅ぼすために」
「……お兄様……」
「僕たちイフリート家は魔族だから、本来ならば一滴の血もこの世に残すことは許されない。でも、アルベラ。お前は女王家の娘で、そして〈王気〉もある。――だから、彼らもお前は殺さない」
「い、いやよ!わたしだけ生き残るなんて! それに、お兄様のお母様がたや、ギュスターブ兄様の奥様たちも……」

 シメオンの表情が曇る。

「魔族と交わった者は、精脈を絶たねばならないと、東の奴らは言うだろうね。それが、しきたりだから。姉上たちはそれを望むまい。我々イフリート家の女たちは、他の一族の者に犯されることを死ぬよりも嫌うから」

 アルベラは声も出せず、ただ翡翠色の瞳を見開いて、シメオンを見つめる。

「アルベラ、僕がお前にイフリート家の歴史について話したのは、せめてそれを、後世に伝えて欲しいからだ。アデライード姫が受け継いでいるらしい女王家の記憶と、お前が受け継ぐイフリート家の記憶。どちらも、欠けてはいけない真実の記録だ。――東の、奴らに伝えて欲しい。西の女王はつがいがいなければ力を発揮できない。東の龍種がつがいを捨てたために、西の龍種がどれほどの苦難の道を歩んだのか。きちんと伝えて欲しい。――イフリート家は、愛する者を損なう苦しみと戦いながら、ずっと女王を守ってきたんだと」
 
 アルベラの翡翠色の瞳から、涙が零れ落ちる。ボロボロ、ボロボロと頬を伝い、ぽたぽたと雫が灰色の長衣に落ちる。シメオンは掌でアルベラの涙にぬれた頬を覆い、頬に口づけた。

「生きて――アルベラ。お前は唯一生まれた、イフリート家の血を引く銀の龍種。僕たちイフリートの三百年の献身が生み出した、ただ一人の結実。――だから、生きて。生きて伝えて。真実を――」

 ふいに、アルベラの視界が暗転する。急激な眠気が襲ってきて、目を開けていられなくなる。咄嗟にシメオンに縋りつき、ぼやける視界の中で兄を見れば、シメオンが優しくアルベラを見下ろし、抱きしめて言った。

「こうやって、お前を送り出すのは二回目だね。――僕のお姫様、少しでもお前に幸あることを祈ってる」

 あくまでも優しいシメオンの声。アルベラは兄の腕の中で意識を失う。



 ――アルベラの目尻から頬へと、涙が零れ落ちた。
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