147 / 236
13、認証式
奇襲
しおりを挟む
認証の間を脱出したユリウスは、フェルネル侯爵とルーラ認証官を連れ、石造りの階段を上る。この螺旋階段全体を、ゾラが率いる親衛騎士の一隊が護っている。階段内の伝令を務めていたフエルと途中で行き会って、下から護衛してきたランパとともに、気配に注意しながら登って行く。
「さっき、途中に抜け道を発見したんです。それで、もしかしたらそこから侵入されるかもしれないからって、何人か見張りを置いて――」
フエルが皆まで言うよりも早く、すぐ近くから剣撃の音と怒号が聴こえてきた。
「奇襲だ! 抜け道からだ!」
誰かが呼子を吹き、急を報せるのが聴こえた。このまま進むか、戻るか――フエルはランパの顔を見るが、いつも通りのただの美形の無駄遣いで、何の力にもなってくれない。フエルは落胆する。
「やっぱり……! 分が悪すぎますよ! イフリート家の奴等は、神殿の隅から隅まで知っているんだからっ……」
フエルが文句を言う。イフリート家がナキアの女王家の近くに入り込んで三百年。女王すら知らない秘密をたくさん、知っているに違いない。
今さら下に降りても逃げるところなどありはしない。それよりは加勢した方がマシかも、とフエルは思い直し、階段を上る。自分だけなら、何とでも命を守る自信があったが、背後には中年の女神官と老貴族がいる。長髪ブロンドのキラキラしい若い貴族も、多分戦力にはならないが、若い男性は保護の対象からあっさり外した。姫様の兄上だけど、ここは自己責任で頑張れ。
フエルが心の中で勝手なエールをユリウスに送っていると、上から聞きなれた蓮っ葉な声がした。
「おやおや、これはもしかして、ギュスターブ卿じゃね? こーんな鼠の巣穴みたいなところから出てきちゃってさ、いやだいやだ、大貴族の矜持も台無しじゃないの」
「お前……まさか、テセウス? だがそれにしては……」
そのやり取りから、どうやら素早く降りてきたゾラが対応していて、さらに抜け道から奇襲をかけてきたのはギュスターブという男だと知る。そして相変わらず、ゾラはテセウスと間違えられていて、何度目だよとフエルも思う。――フエルはテセウスの顔を知らないので、一度シリルに「どんな人だったの」と尋ねたことがある。「ゾラさんに顔はそっくりだけど、性格は正反対」と答えられて、なぜ正しき者が死し、邪な者が生きているのかと、天道の是非を問いたい気分になったものだ。
その時、フエルの背後にいたユリウスが、呟いた。
「ギュスターブが上にいる?」
「ユリウス卿?」
フエルが止める間もなくユリウスは階段を駆け上がって、崩れた壁から出てきた一団と、対峙する聖騎士たちの背後に出る。慌てて後を追ったフエルは、ガッチリした身体つきの、赤い髪に紫紺の瞳をした、三十半ばほどの男を見た。ギュスターブもまた、駆け上がってきたユリウスに気づいたらしい。
「ホウ……久しぶりだな、レイノークスの小僧。……アデライードはどこだ? 義父として、俺には女王の認証式に出席する権利があるぞ!」
「何が義父だ! お前など僕の父の殺人犯で、女王を監禁強姦した下種男の癖に! お前とユウラ様の結婚など、認めないからな!」
「別にユウラの義理の息子である、お前に認めてもらわなくても結構。俺とユウラは確かに夫婦で、ユウラは俺の子も妊った。……残念ながら、この世には生まれなかったが」
「うるさい、黙れ!」
激昂するユリウスを、ゾラがいつもと同じ調子で窘める。
「落ち着いてくださいよ、ユリウスの旦那。まずはこいつの手下どもを片づけないと、話は始まんないっすよ。この下種野郎に仇討ちしてぇんなら、最期のトドメは残しといてあげるっすから、今は下がって」
言うやいなやゾラは剣を抜き、他の聖騎士も一斉に抜刀して飛びかかる。ギュスターブも、配下の〈黒影〉に指令を下した。
「ヤレ! 片づけろ!」
ガキーン! ガシャーン!
狭い石造りの階段に、刃物が撃ち合い、青白い火花が飛ぶ。フエルがユリウスを後ろに押し出して言う。
「まずは下がってください。危険だし、そもそも邪魔だ!」
「でも……!」
ユリウスはためらうけれど、狭い場所での敵味方入り乱れての乱闘の最中に、ユリウスのような優男を守るのは無理だ。フエルが何とか安全な場所まで、ユリウスとルーラ認証官、フェルネル侯爵を引き離すと、ルーラ認証官がおかしなことを言った。
「あの黒服の者たち、気配がおかしい……人の気配ではありません。それに……奥に一人、黒いローブの……あれは、何か赤い〈気〉を纏っているのが視えます。〈王気〉の、色が違うもののようですが、もっと禍々しくて……」
「さっき、途中に抜け道を発見したんです。それで、もしかしたらそこから侵入されるかもしれないからって、何人か見張りを置いて――」
フエルが皆まで言うよりも早く、すぐ近くから剣撃の音と怒号が聴こえてきた。
「奇襲だ! 抜け道からだ!」
誰かが呼子を吹き、急を報せるのが聴こえた。このまま進むか、戻るか――フエルはランパの顔を見るが、いつも通りのただの美形の無駄遣いで、何の力にもなってくれない。フエルは落胆する。
「やっぱり……! 分が悪すぎますよ! イフリート家の奴等は、神殿の隅から隅まで知っているんだからっ……」
フエルが文句を言う。イフリート家がナキアの女王家の近くに入り込んで三百年。女王すら知らない秘密をたくさん、知っているに違いない。
今さら下に降りても逃げるところなどありはしない。それよりは加勢した方がマシかも、とフエルは思い直し、階段を上る。自分だけなら、何とでも命を守る自信があったが、背後には中年の女神官と老貴族がいる。長髪ブロンドのキラキラしい若い貴族も、多分戦力にはならないが、若い男性は保護の対象からあっさり外した。姫様の兄上だけど、ここは自己責任で頑張れ。
フエルが心の中で勝手なエールをユリウスに送っていると、上から聞きなれた蓮っ葉な声がした。
「おやおや、これはもしかして、ギュスターブ卿じゃね? こーんな鼠の巣穴みたいなところから出てきちゃってさ、いやだいやだ、大貴族の矜持も台無しじゃないの」
「お前……まさか、テセウス? だがそれにしては……」
そのやり取りから、どうやら素早く降りてきたゾラが対応していて、さらに抜け道から奇襲をかけてきたのはギュスターブという男だと知る。そして相変わらず、ゾラはテセウスと間違えられていて、何度目だよとフエルも思う。――フエルはテセウスの顔を知らないので、一度シリルに「どんな人だったの」と尋ねたことがある。「ゾラさんに顔はそっくりだけど、性格は正反対」と答えられて、なぜ正しき者が死し、邪な者が生きているのかと、天道の是非を問いたい気分になったものだ。
その時、フエルの背後にいたユリウスが、呟いた。
「ギュスターブが上にいる?」
「ユリウス卿?」
フエルが止める間もなくユリウスは階段を駆け上がって、崩れた壁から出てきた一団と、対峙する聖騎士たちの背後に出る。慌てて後を追ったフエルは、ガッチリした身体つきの、赤い髪に紫紺の瞳をした、三十半ばほどの男を見た。ギュスターブもまた、駆け上がってきたユリウスに気づいたらしい。
「ホウ……久しぶりだな、レイノークスの小僧。……アデライードはどこだ? 義父として、俺には女王の認証式に出席する権利があるぞ!」
「何が義父だ! お前など僕の父の殺人犯で、女王を監禁強姦した下種男の癖に! お前とユウラ様の結婚など、認めないからな!」
「別にユウラの義理の息子である、お前に認めてもらわなくても結構。俺とユウラは確かに夫婦で、ユウラは俺の子も妊った。……残念ながら、この世には生まれなかったが」
「うるさい、黙れ!」
激昂するユリウスを、ゾラがいつもと同じ調子で窘める。
「落ち着いてくださいよ、ユリウスの旦那。まずはこいつの手下どもを片づけないと、話は始まんないっすよ。この下種野郎に仇討ちしてぇんなら、最期のトドメは残しといてあげるっすから、今は下がって」
言うやいなやゾラは剣を抜き、他の聖騎士も一斉に抜刀して飛びかかる。ギュスターブも、配下の〈黒影〉に指令を下した。
「ヤレ! 片づけろ!」
ガキーン! ガシャーン!
狭い石造りの階段に、刃物が撃ち合い、青白い火花が飛ぶ。フエルがユリウスを後ろに押し出して言う。
「まずは下がってください。危険だし、そもそも邪魔だ!」
「でも……!」
ユリウスはためらうけれど、狭い場所での敵味方入り乱れての乱闘の最中に、ユリウスのような優男を守るのは無理だ。フエルが何とか安全な場所まで、ユリウスとルーラ認証官、フェルネル侯爵を引き離すと、ルーラ認証官がおかしなことを言った。
「あの黒服の者たち、気配がおかしい……人の気配ではありません。それに……奥に一人、黒いローブの……あれは、何か赤い〈気〉を纏っているのが視えます。〈王気〉の、色が違うもののようですが、もっと禍々しくて……」
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる