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13、認証式

奇襲

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 認証の間を脱出したユリウスは、フェルネル侯爵とルーラ認証官を連れ、石造りの階段を上る。この螺旋階段全体を、ゾラが率いる親衛騎士の一隊が護っている。階段内の伝令を務めていたフエルと途中で行き会って、下から護衛してきたランパとともに、気配に注意しながら登って行く。

「さっき、途中に抜け道を発見したんです。それで、もしかしたらそこから侵入されるかもしれないからって、何人か見張りを置いて――」
 
 フエルが皆まで言うよりも早く、すぐ近くから剣撃の音と怒号が聴こえてきた。

「奇襲だ! 抜け道からだ!」

 誰かが呼子を吹き、急を報せるのが聴こえた。このまま進むか、戻るか――フエルはランパの顔を見るが、いつも通りのただの美形の無駄遣いで、何の力にもなってくれない。フエルは落胆する。

「やっぱり……! 分が悪すぎますよ! イフリート家の奴等は、神殿の隅から隅まで知っているんだからっ……」
 
 フエルが文句を言う。イフリート家がナキアの女王家の近くに入り込んで三百年。女王すら知らない秘密をたくさん、知っているに違いない。
 今さら下に降りても逃げるところなどありはしない。それよりは加勢した方がマシかも、とフエルは思い直し、階段を上る。自分だけなら、何とでも命を守る自信があったが、背後には中年の女神官と老貴族がいる。長髪ブロンドのキラキラしい若い貴族も、多分戦力にはならないが、若い男性は保護の対象からあっさり外した。姫様の兄上だけど、ここは自己責任で頑張れ。
 
 フエルが心の中で勝手なエールをユリウスに送っていると、上から聞きなれた蓮っ葉な声がした。

「おやおや、これはもしかして、ギュスターブ卿じゃね? こーんな鼠の巣穴みたいなところから出てきちゃってさ、いやだいやだ、大貴族の矜持きょうじも台無しじゃないの」
「お前……まさか、テセウス? だがそれにしては……」

 そのやり取りから、どうやら素早く降りてきたゾラが対応していて、さらに抜け道から奇襲をかけてきたのはギュスターブという男だと知る。そして相変わらず、ゾラはテセウスと間違えられていて、何度目だよとフエルも思う。――フエルはテセウスの顔を知らないので、一度シリルに「どんな人だったの」と尋ねたことがある。「ゾラさんに顔はそっくりだけど、性格は正反対」と答えられて、なぜ正しき者が死し、よこしまな者が生きているのかと、天道の是非を問いたい気分になったものだ。

 その時、フエルの背後にいたユリウスが、呟いた。

「ギュスターブが上にいる?」
「ユリウス卿?」

 フエルが止める間もなくユリウスは階段を駆け上がって、崩れた壁から出てきた一団と、対峙する聖騎士たちの背後に出る。慌てて後を追ったフエルは、ガッチリした身体つきの、赤い髪に紫紺の瞳をした、三十半ばほどの男を見た。ギュスターブもまた、駆け上がってきたユリウスに気づいたらしい。
 
「ホウ……久しぶりだな、レイノークスの小僧。……アデライードはどこだ? 義父として、俺には女王の認証式に出席する権利があるぞ!」
「何が義父だ! お前など僕の父の殺人犯で、女王を監禁強姦した下種男の癖に! お前とユウラ様の結婚など、認めないからな!」
「別にユウラの義理の息子である、お前に認めてもらわなくても結構。俺とユウラは確かに夫婦で、ユウラは俺の子もみごもった。……残念ながら、この世には生まれなかったが」
「うるさい、黙れ!」
 
 激昂するユリウスを、ゾラがいつもと同じ調子で窘める。

「落ち着いてくださいよ、ユリウスの旦那。まずはこいつの手下どもを片づけないと、話は始まんないっすよ。この下種野郎に仇討ちしてぇんなら、最期のトドメは残しといてあげるっすから、今は下がって」

 言うやいなやゾラは剣を抜き、他の聖騎士も一斉に抜刀して飛びかかる。ギュスターブも、配下の〈黒影〉に指令を下した。
 
「ヤレ! 片づけろ!」

 ガキーン! ガシャーン!
 
 狭い石造りの階段に、刃物が撃ち合い、青白い火花が飛ぶ。フエルがユリウスを後ろに押し出して言う。

「まずは下がってください。危険だし、そもそも邪魔だ!」 
「でも……!」
 
 ユリウスはためらうけれど、狭い場所での敵味方入り乱れての乱闘の最中に、ユリウスのような優男やさおとこを守るのは無理だ。フエルが何とか安全な場所まで、ユリウスとルーラ認証官、フェルネル侯爵を引き離すと、ルーラ認証官がおかしなことを言った。

「あの黒服の者たち、気配がおかしい……人の気配ではありません。それに……奥に一人、黒いローブの……あれは、何か赤い〈気〉を纏っているのが視えます。〈王気〉の、色が違うもののようですが、もっと禍々しくて……」

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