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11、ナキア入城

東の皇帝

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 ナキア王城に、アデライードと皇帝の馬車が到着したのは、十二月の十日。
 皇帝親征を示す金色の斧鉞ふえつを掲げた儀仗兵が先頭を行き、東の皇家の、二頭の龍が絡み合う紋章が描かれた旗が、一際豪華な馬車の周囲を取り囲む。皇帝親衛騎士の黒い鎧が初冬の光を鈍く反射し、その後ろにはさらに聖騎士たちが続く。カンダハルから街道を連なってきた膨大な輜重しちょう。すべてが、帝国の威信と皇帝の強大な権力を象徴する。――そして、その妻として皇帝に守られた、王女アデライードの力を。

 十年ぶりに女王国に帰還する王女アデライードと、その夫君である新皇帝の姿を一目見ようと、城門の周辺にはすでに、数多くのナキア市民が詰めかけていた。
 征西大将軍廉郡王がナキアを制圧して一旬。西の森に潜んだイフリート派の残党に警戒しながらも、カンダハルからの物流の再開に力を入れた結果、ナキアの物不足は解消されつつある。戦前のにぎやかさには及ばないが、市場は活況を呈し始めている。現金な市民たちは早くも、帝国の支配を歓迎し始めている。

 飢える正統な王より、飢えない謀反人。――詒郡王の言葉は、正鵠せいこくを射ていた。
 もっとも、廉郡王がナキアの物不足解消に躍起になった一番の理由は、別に市民のためじゃなくて、自分が美味いメシを食いたいからだとは、帝国軍上層部の最高機密である。

 城の車寄せで旧政権の代表者として新女王を迎えるのは、やはりフェルネル侯爵であった。そしてその補佐役にはシルキオス伯爵が控える。彼はアルベラ王女への求婚が仇となって、イフリート公爵から半ば干されて領地に帰っていたが、ナキア陥落の直前に戻って来た。イフリート政権崩壊後のナキアで、元老院議員として立ち回ろうという、責任感と野心は持っていたからだ。

 新政権側からは、王女の異母兄レイノークス辺境伯ユリウスが代表として出迎えの予定だが、彼は、

「いつ到着するかわからないのを、じっと待ってるなんて退屈だし、馬車が近づいたら呼んでよ。頼んだよ、シルキオス伯爵」

などと、ふざけたことを言ってどこかに行ってしまった。頼まれたシルキオス伯爵が、聞えよがしに大きな舌打ちをしたが、全く意にも介さない。実際、ユリウスは元老院との折衝その他で、暢気に馬車を待っている時間などないのだけれど、チャラチャラした見かけと言動が災いして、サボっているようにしか見えない。当たり前だが、二人の仲は非常に険悪である。

 王城に続く道に黄色い旌旗が視えてきて、シルキオス伯爵が舌打ちする。

「来たぞ……ったく、あの長髪男! 皇帝の義兄だからって好き勝手しやがって!」
「何でもいい、とにかく呼んでこい」

 フェルネル侯爵に言われて、シルキオス伯爵が自身の従僕に命じる。要領のいいユリウスはちょうど、元老院の議場のある方向から、のんびりとやってくるところだった。

 やがて馬車が城門を過ぎ、城内に入って来る。馬車の脇には一際華麗な装飾を施した、黒地の戎服に黒いマントを纏った騎士たちが扈従こじゅうしている。短く刈り込んだ黒髪の男を見て、シルキオス伯爵が「あっ」と叫び、慌てて掌で口を覆う。

 フェルネル侯爵が胡乱うろんげに睨みつけると、シルキオス伯爵はその耳元で囁いた。

「テセウス卿です!……ほら、アルベラ王女の護衛官だった! 死んだって話だったのに、どうして皇帝の近侍に?」
 
 フェルネル侯爵が言われた男を目で追う。……たしかに、あれはテセウスにそっくりだが、そんな馬鹿な。
 
「アルベラ姫を見限り、寝返って、皇帝に取り入ったんですかね?」
「まさか」
 
 皇帝や皇族の近侍は、東では貴種の名門出身者に限られると聞いている。西の、さらに貴種出身でもないテセウスが、取り立てられるはずはない。

「黙っていろ。もう、お着きになる」

 フェルネル侯爵が若いシルキオス伯爵をたしなめるうちに、馬車は車寄せで停まる。テセウスそっくりの武官が馬車に進み出て扉を開け、片膝をつく。と、ぴょんっと白い毛玉のようなものが馬車から飛び出して、嬉しそうに馬車の中に向かって尻尾を振り、「ガウッ」と甘えて鳴いた。

「うわあっ」

 予想外のモノの登場に、シルキオス伯爵が思わず仰け反る。さきほどからの醜態続きに、フェルネル侯爵だけでなく、ユリウスまで露骨に舌打ちする。

「デンカのペットだよ。さっきから、なんなの。落ち着きなさいよ、シルキオス伯爵。みっともない」

 馬車の外ではっはっと嬉し気に尻尾を振っている白い子獅子に向けて、低く艶のある声が飛ぶ。

「ジブリール、大人しくしろ。お座り」

 馬車の入口に、赤い髪の美形の騎士が片膝と両手を地につき、長身を折り曲げて地に伏する。何をするのかと、フェルネル侯爵以下の、西側からの出迎えの貴族たちが注目する中、黒革の長靴を履いた長い脚が馬車から伸び、なんと地にひれ伏す騎士の肩を踏みつけて、黒髪の男が馬車から降り立った。



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