上 下
111 / 236
10、皇帝親征

黄金の斧

しおりを挟む
 シウリンは長い指を顎にあて、考えながら言う。

「その――〈完全テレイオス〉が本当に、アライア女王の子であるとすれば、イフリート公爵とアライア女王は正真の……というのは変だが、要は偽のつがいだった。それ故に、両性具有にして〈王気〉を持つ〈完全テレイオス〉が生まれた。だが、両性具有の子など、公表できまい。だから、表向きは存在を隠して育てる。イフリート公爵と女王は正真の偽番だからさらに女王は身ごもり、だが今度は、女形で〈王気〉のないアルベラ姫が生まれる。……そんなことではないかと、私は考えているが」
「その、〈完全テレイオス〉が、イフリート公のたくらみに関わっていると、お考えですか?」

 メイローズがさらに訪ね、シウリンは首を振る。

「それはわからない。ただ、アタナシオスのような両性具有者たちは〈気〉を持たぬから〈不完全〉で、真実の番から生まれた者だけが、〈完全〉たりうると……」
「〈完全〉ってどういうことだよ」

 廉郡王がシウリンに尋ね、シウリンが言う。

「アタナシオスが言うには、我々龍種には〈〉と〈〉と〈〉の三つがあると。東の龍種は男の身体である〈器〉と魔力である〈鬼〉、そして金色の〈王気〉がある。西の龍種は女の身体と銀色の〈王気〉。そしてイフリート家が崇める火蜥蜴サラマンダーの神は、両性具有の〈器〉と魔力、そして赤い〈気〉を持つのだと。三つの〈キ〉を併せ持って初めて、〈完全〉となる――」

 その場にいた、皆が絶句する。

「では〈完全テレイオス〉は――」
「両性具有であるのは確かのようだ。太陰宮に何か記録があるかもしれないが、存在をなかったことにされたのは、きっとそのせいだ」
 
 廉郡王が身を乗り出して言う。

「まさかあの、アタナシオスより強いってことは――」
「どうだろう、その可能性は低いのではないか。神殿の奥に隠されているようだし、アライア女王はそれほど魔力も強くなかった。どうもイフリート家の血と交わると、魔力が相殺されてしまうようだし、それほど強い魔力は持てないのではないか」
「だが、不気味なことには変わりはねぇな」

 廉郡王が座り直し、長い脚を組み直す。
 
「そもそも、イフリート公爵ってのは、何を狙ってんだ? フツーに戦っても勝ち目がねぇのは分かりきっているから、帝都で叛乱起こさせたりとか、小細工ばっかりしてんだろ? 秋分に娘を即位させるっつってたわりに、その後鳴かず飛ばずで期待外れだったが、娘に逃げられたんなら、しゃーないわな」
 
 その疑問は、おそらくその場の全員が抱いているものだった。ずっと黙っていたマニ僧都が言う。

「秋分は、昼と夜の時間が等しい、陰陽が分かたれない日です。〈禁苑〉ではそれほど重視しないが、泉神殿の最重要祭祀は春分と秋分のはず。主神が両性具有だとすれば、納得です。敢えてその日に、大きな祭祀をするつもりだった。泉神の信仰と関係あるに違いない」

 シウリンも長い指で顎を撫でて考えを纏めるように言う。

「アタナシオスの言っていた、〈器〉と〈鬼〉と〈気〉の話が気になる。アタナシオスのような、両性具有で魔力を持つが、〈気〉を持たぬ者を〈不完全〉と呼ぶそうだ。そして、おそらくは意識的に結界を放置し、その破壊を招いた――」

 ゾーイがはっとして顔を上げる。

「ホーヘルミアの月神殿で、ナキアでも魔物が発生していると、極秘の情報を得ましたが、まさか――」 

 ユリウスが素っ頓狂な声で叫んだ。

「まさか! 確かにそういう噂はあるけれど、あんな辺境から遠い場所に、どうやって!」

 大神官のゲルギオスが一歩前に出て、周囲を見回すようにして言う。

「魔物が出たのは間違いないようです。我々〈禁苑〉の者は地下に潜り、なんとか情報を集めていますが、すでに片手の指を超える者が、犠牲になっています。ですが、王都ナキアの西側で、特に魔物の目撃情報があがっています」
「西側――」
 
 シウリンが呟くと、ユリウスが叫ぶ。

「泉神殿はナキアの西の森の中にある! やはりそこから――」

 集まった者たちはざわざわお互いに顔を見合わせる。シウリンは膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしていたジブリールを撫でて、だがついと左手を離すと掌を上に向け、真っ直ぐ胸の前に出す。

 キン!

 次の瞬間には、その手には光り輝く聖剣が握られ、柄から切っ先に向かって光が流れる。その場の全員が、声を飲んで聖剣を見つめる中、シウリンはザン!と真っ直ぐ聖剣を床に突き立てる。

「――陛下……」

 ゾーイが居住まいを正し、片膝をついて主の顔を正面から見据える。

「魔物は、私がはらう。お前たちもまた、歴戦の聖騎士。いかな邪悪をイフリート公爵が召喚しようとも、懼るるに足らず。――だか罪無きナキアや女王国の元元たみくさの難儀は、言葉では尽くせまい。すでに辺境は魔物の大発生に遭い、大いなる災厄を蒙り、今年の収穫は望めぬ。次の春までにイフリート公爵を成敗し、すべての魔物をはらい、民の受けた傷を癒さなければ、この国は滅びよう。時間がない」

 剣の柄に左手を置き、周囲を見回すシウリンに対し、榻に座る二皇子も含め、一同は一斉に居住まいを正し、片膝をついて見上げ、聖職者は両膝立ちになり、胸元に手を組んで最上の礼を取る。――シリルだけがどうしていいかわからず、自分は騎士ではないからと、慌ててメイローズの格好を真似た。
  
「まずは、ナキア月神殿を奪回し、女王認証の間を確保する。アデライードが言うには、冬至が一つの期限だ。これを超えれば、おそらくは東の帝国に何らかの問題が発生するだろうと。それから、泉神殿の制圧。穢らわしき邪教の拠点は潰さねばならない。ナキア周辺の魔物の情報は、どんな小さなことでもすべて集めよ。魔物との邂逅に備え、聖騎士は聖別された武器を常に携帯し、集団で行動せよ。数は減っているだろうが、イフリートの〈黒影〉も侮ることはできず、またアタナシオスのような、両性具有の術者へ対応も必要だ。――ナキアへの侵攻は、カンダハルを落としたのとはわけが違う。皆、心せよ」

 シウリンの言葉に、その場の全員が深く頭を下げる。
 太傅のゲルが、全員を代表して誓う。

「我々すべて、陛下とこの世界のために命を投げ出すことを、厭いはいたしません」
「すべては、天と陰陽の調和のためだ。――だが、いたずらに命を無駄にすることは許さない。戦で全てが終わるわけではない。その後、混乱を極めるであろう、女王国のまつりごとを立て直すためにも、お前たちの力が必要となる。私と、アデライードのためではなく、この世界の未来のために」
 
 静かに語るシウリンに、廉郡王がよく通る声で叫ぶ。

「天と陰陽の調和のために!」
「「「「「「天と陰陽の調和のために!」」」」」」

 一同が唱和し、広間の空気が揺れる。シリルはただ圧倒されて、キョロキョロと周囲を見回すしかできない。
 
 シウリンが微笑んで、手の中に聖剣をしまい、長椅子の上に端座しているジブリールを撫でた。バサリ、と肩の黒い鷹も羽ばたく。

 新皇帝シウリンの下で、ナキア攻略の大まかな方針は決定された。
 遠からず皇帝自らカンダハルの港に入り、そこからナキアへと馬を立てることになる。

 皇帝親征を示す、黄金の斧鉞ふえつを旗印に――。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...