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9、記憶の森

突然言われても!

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「愛してる、アデライード。……永遠に、私のものだ」
「シウリン……わたしも……二度と、離さないで……」
「ああ、もちろんだ……」

 そんな甘い語らいを繰り返して、男は身体を起こすと脱ぎ捨てた夜着を拾って素早く身に着け、さっき剥ぎ取ったアデライードの夜着も拾いあげて彼女の袖を通してやる。

「もう、秋も深い。……身体を冷やすとよくないからな……」

 そんな風に微笑む夫を、アデライードは情事の疲れでぼんやりと見上げていた時。
 
「そうだ、アデライード。急なことで悪いが、私は明日、一度ソリスティアに帰り、そこから聖地に入る」
「聖地、……に?」
「ああ。太陽神殿で、即位式をする」
「即位式……どなたの?」
「私のだ。数日で戻るが、それが済んだらナキアとの戦争も本格的に再開することになる。ナキアが陥落したら、あなたもあちらに乗り込むことになるから、心の準備をしておいてほしい」

 アデライードが金色の睫毛を瞬いて、重たい身体を少し起こした。

「その……何に、即位なさるのです?」
「皇帝位だ」
 
 一気に、アデライードの眠気が吹っ飛んだ。

「シウ、リン?……」
「そう、恭親王ユエリン皇子ではなく、シウリン皇子として皇帝位に即く。皇子の入れ替わりの一件を、対外的に明らかにするのに、これ以上の機会はないから――」
「待って、シウリン……じゃあ、戦争……は?」

 シウリンは少しだけ精悍な眉をひそめて、首を傾げる。
 
「皇帝親征ってことになるな? 大袈裟なことだが」
「どうしてそんな……」

 そんな大事なことを、どうして勝手に決めるのか。――いや、アデライードに口出す権利がないのはわかっている。でも――。

 口を挟むことはできないが、事前に何か一言相談があるに違いないとは思っていた。相談されたところで、アデライードは何も言えないから、確かに相談しても無駄だけれど。でも――。

「じゃ、じゃあ、戦争が終わったら、東に?」
 
 アデライードがすっかり狼狽して尋ねるが、シウリンは首を傾げるばかりだ。

「いや、しばらくは兄上がこれまで通り、摂政王として万機をべてくれるらしい。だから私は戦争して、戦後の後始末をして……」
「じゃあどうして皇帝に! お兄様がご即位なさればよろしいではありませんか!」

 アデライードは半ば悲鳴であった。

「知らなかったけれど、兄上の息子たち五人は、廃太子に全員処刑されているそうだ。そんな人に、今から新しい皇后を娶って子供を作れなんて、鬼畜なことは言えまい」
「それはそうですけれどっ」

 シウリンはアデライードのまだ全く膨らんでいない腹を抱き込むようにして、それを愛おし気に撫でて言う。

「腹の子が男でも女でも、帝国か女王国を継ぐことになる。男女一人ずつは絶対に生んで欲しいけれど、五人は欲しいな」

 アデライードは意味が分からなくて驚愕の表情で夫を見上げる。

「皇帝になったら、離縁して東に帰ることになるのでは?」
「離縁? するわけない。それが嫌だから皇帝になるんだ」
「どういうことです?」

 シウリンは眉を寄せ、不愉快そうに兄への不満をぶちまけた。

「皇帝にならなければ、兄上が皇帝に即位した上で、勅命であなたと離縁させて皇太子にすると言うからさ。その場合、いずれ皇帝になるのは同じだし、今すぐ皇帝になればひとまずはあなたと引き離したりはしないと、確約を取ったのだ」

 アデライードが最大限に瞳を見開く。

「最初は帝都に帰って即位式を上げるとか抜かすから、断固拒否して、聖地の太陽神殿まで譲歩させたのだ。あと後宮に妃嬪を納れるのも却下した。これ以上、譲歩を引き出すのは無理だ」

 茫然として声も出ないアデライードの唇を唇で塞ぎ、しばし堪能してからそっと唇を解放する。

「何、皇帝になったところで、別段、何も変わりはしないさ。敬称が殿下から陛下になるくらいかな? あなたは何も心配することはない」

 そんな風に宥められたところで、あっさり納得できることではない。

「そんな……本当に、本当にずっとそばにいてくださいますの?」
「当たり前だ。塩を撒かれて追い払われてもしつこく付きまとうと、以前から言っているだろう。……すぐに戻る。待っていてくれ」
 
 微笑まれて、アデライードは不安を飲み込む。
 
 もはや、この先に起こることがアデライードには予想がつかなかった。
 ――首筋の警告はない。これはきっと悪いことではないのだ――それだけをよすがに、アデライードはただ夫に縋りついた。
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