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8、暁闇
テセウスとの約束
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ゾーイの鋭敏な耳が、背後から迫る馬蹄の響きを聞き取った。
もはや、山道を行く意味もないと判断したゾーイは、ゾラに走りやすい街道に入るよう指示を出す。
日暮れ近く、荷馬車や荷駄を牽く農民が行きかう街道を、八騎が砂埃をあげて疾走する。物々しさと埃っぽさに舌打ちした農民が、背後から迫る騎士の一団に仰天し、慌てて道を避け、何事かと囁き合う。
迫って来る集団に向け、シウリンが馬上で半身を捩じり、後方に矢を放つ。数騎を射落とせば、落馬した騎士を踏みつけて混乱が生じ、彼らの足が止まる。その隙に何とか距離を稼いでいく。
途中で馬に水を飲ませ、人間たちも水分を補給する。男たちもみな薄汚れていたが、シウリンはこんな時でも綺麗に髭を剃っていて、疲れた様子も見せず、凛としていた。服はボロボロだったが、その姿は力に溢れ、彼を取り巻く金色の光が夕暮れの中でも煌めいて、龍がときおり無言で咆哮するのが、アルベラには見えた。
どんな時でも、けして折れない龍種の強靭さ――。
だからこそ、騎士達は彼についていく。彼に忠誠を誓い、彼を守るのだ。
裾がほつれ、薄汚れた黒天鵞絨のマントを捌いてシウリンが叫ぶ。
「行くよ、最後のひとっ走りだ。がんばって!」
「「「応!」」」
騎士達が呼応し、一斉に馬にまたがる。
ちょうど、東の山の端から月が昇ってきたところだった。月明かりに照らされて、八騎の陰が長く伸びる。
夜の街道を走りだしていくらもいかぬうちに、背後から馬蹄の轟きが聞こえてきた。
「今夜が山だ、できる限り距離を稼いで、追っ手を引き離す。死ぬ気で駆けろ!」
ゾーイが背後からアルベラたちを励ます。アルベラは馬に鞭をあて、スピードを上げた。
見渡すばかりの麦畑を、まっすぐに貫く街道を、八騎は一塊になって走り抜ける。背後に、数に勝るイフリート派の騎士達が迫り、道幅に余裕があるために、横に広がって包囲しようとしてきた。
「囲まれるぞ、スピードを上げろ!」
ゾーイが叫ぶけれど、シリルもアルベラも、限界が近かった。アルベラのすぐ横につけてきたシウリンが、振り向きざまに後ろ上方に矢を射る。きれいな放物線を描き、矢はほぼ真上から敵を射落としていく。矢が尽き、シウリンの矢をすり抜けて突っ込んできた騎士が、与しやすいと見てシリルに剣を打ち下ろす。
ガキーン!
その剣を横からシウリンが聖剣で弾き飛ばし、返す刀でその騎士の首筋を正確に撫で上げる。血しぶきを上げて崩れる騎士の背後から、次の騎士が馬を寄せ、剣を繰り出す。それをも難なく弾いて、カンカンと三合ほど剣を合わせ、不意に剣の向きを変えて騎士の首を貫く。しばらくそのままの姿勢で走ってくる騎士を、シウリンが鐙を脚から抜いて蹴っ飛ばせば、背後の別の馬に激突して、その騎士がバランスを崩して落馬する。
グシャ!
騎士が馬蹄にかかる、嫌な音がする。アルベラは凄惨な現場を見たくなくて、必死に前を向いていたが、ふと、気配を感じて無意識に頭を竦めると、顔ギリギリにブンっと剣が通り過ぎる。
「うわっ」
思わず叫んでしまうが、横についていたゾーイが長剣でバコンと敵の騎士を殴り落とし、事なきを得る。アルベラとシリルの二人が、明らかに足を引っ張って、全体のスピードが落ち、並走されてしまっている。このままだと包囲される――。
嵩にかかって攻撃してくるイフリート派の騎士は、シウリンを数騎で一気に襲うことに決めたらしい。まず戦斧を振りかざす騎士が馬を体当たりさせてきたが、シウリンは懐に入れていた鏡に月光を反射させて目眩ましをかけ、騎士が怯んだところを、聖剣でその手綱を切って馬を蹴り飛ばす。そのままぐるんと剣を反転させ、逆側からシウリンの首筋を狙ってきた騎士の剣を、絡めとるように跳ね飛ばした。剣を失った男はシウリンの鞍の横に下げられている籠を掴んで引き寄せようとしたが、籠の中のジブリールに思いっきり手を噛まれて、「ギャー」と叫んでバランスを崩し、落馬する。さらに一人と応戦中のシウリンに、新たな騎士が剣を繰り出そうとするのを見て、アルベラは咄嗟に、腰に下げたテセウスの短剣を抜いて騎士の馬の腹帯を斬った。
ズルっと馬の鞍が滑り落ちて、男はそのままもんどりをうって落ちていく。
「ありがとう! 助かったよ」
にっこりとシウリンが笑い、その笑顔のまま、次の騎士の首をスパンと切って飛ばす。首を失った騎士がそのまま前に突っ伏して崩れ落ちる。血の匂いにアルベラは吐きそうになり、涙目で必死に手綱を握る。前方ではゾラが「うっせぇ! しつけぇんだよ!」と罵倒しながら騎士を切り裂き、トルフィンも珍しく冗談も言わずに、真面目に剣を振るっている。だが、どうしてもアルベラ、シリルとの前に空隙が空いて、そこを敵の騎士に入り込まれてしまう。
「しまった、囲まれる! シリル、アルベール、僕から離れるな!」
シウリンが指令を飛ばすが、それ耳ざとく聞いていた騎士が叫ぶ。
「シリルだと! アルベラ姫のお付きの小姓だ!……そうか、姫様か! 確保しろっ! 姫様さえ無事なら、裏切り者の小姓はどうでもいい! 姫様をお救いせよ!」
「あんたたちに助けてもらう義理なんてないわよっ」
アルベラは悪態をつき、アルベラの馬を狙ってきた騎士の剣を、テセウスの短剣で弾く。
シウリンが前に出て、騎士の首筋を切り裂き、血しぶきの向こうから声をかける。
「アルベール、シリル、速度を上げろっ!」
アルベラはシウリンたちについて行こうと、馬腹を蹴って少し飛び出した。だが、同様にスピードを上げようとしたシリルは、後ろの騎士から体当たりをくらい、態勢を崩して落馬してしまう。
「シリル!」
「アルベラ、俺にかまうなっ! 行けっ」
素早く地上で反転し、先に行けとシリルは叫ぶけれど、アルベラはシリルを捨てていくことができず、馬首を巡らして戻る。
「嬢ちゃん、ダメだ! こっち来い!」
状況を理解したゾラが方向を変えてアルベラの方に戻りながら叫ぶが、二人はあっという間にイフリート派の騎士たちに囲まれてしまう。
「アルベール、だめ……!」
シウリンも戻ろうとするのをゾーイが押しとどめる。戻ってきたゾラも前方を指差した。
「先に行ってください! フエルやランパを、トルフィン一人じゃあ、守りきれねぇ!」
「わかった!」
シウリンはアルベラたちはゾーイらに任せ、馬首を返して前方へ駆け去る。ゾラが振り返ると、騎士達に取り囲まれた向こうから、アルベラがゾラに向けて叫んだ。
「お願い! シリルをっ! わたしは大丈夫! でも、シリルはっ……」
仮にもイフリート公爵の娘であるアルベラは、殺されはしないだろうが、アルベラの逃亡に手を貸したシリルは、捕まれば命はない。アルベラは自分を犠牲にしても、シリルを逃がして欲しいと言っているのだ。意図を察したゾーイとゾラがなおも駆け寄ると、ゾラの姿を見た騎士が叫んだ。
「テセウス卿?! 生きていたのか?」
「まさか、俺は西の森で死体を確認したはず……!」
「ゆ、幽霊?!」
ゾラをテセウスの亡霊と勘違いして怯む騎士を、ゾラが斬り捨て、なおも突進する。だが、別のイフリート派の騎士がシリルを拘束しようと、その腕を掴んだ。アルベラはテセウスの短剣でその騎士に斬りつけ、シリルを助けようと抵抗を試みる。
「シリル! 逃げて!」
「アルベラ――」
ガキーン! アルベラの抵抗も虚しく、テセウスの短剣は弾き飛ばされる。
その隙に疾風の如く駆けつけたゾラが、シリルの腕を掴んで引き立てようとした騎士を一閃する。
「シリル! 乗れ! 離脱するぜっ!」
ゾラがドスの効いた声で命じれば、躊躇っていたシリルも反射的にゾラに手を伸ばす。ゾラはシリルの腕を掴んで、強引に馬の上に引っ張り上げる。イフリート派の別の騎士がシリルの逃亡を阻もうとするが、やはり走り込んできたゾーイが、長剣の腹でぶっ叩くように騎士を馬から叩き落とし、すでに完全に取り囲まれているアルベラに向かって叫んだ。
「シリルは我らが責任を持つ。いずれ、お救い申し上げよう!」
「シリルをお願い! ありがとう、今まで!」
ゾーイは頷くと、馬の前脚の側に落ちていたテセウスの短剣を、長剣で掬い上げるように跳ね上げると、馬首を巡らす。
短剣は月光を反射して煌めきながら飛んで、それをゾラが片手で易々とキャッチし、叫ぶ。
「嬢ちゃん! 大事な短剣は俺たちで預かっとく! 絶対助けるから、死ぬなよ! テセウスとの約束だぜ!」
ゾラは短剣を頭上に掲げ、脚だけで馬を操って向きを変えると、馬腹を蹴ってあっと言う間にスピードに乗る。
「アルベラー! 絶対に、救い出すからっ! アルベラ―っ」
走り去る馬の蹄の音とともに、シリルの涙声が微かに、風に乗ってくる。
「シリルーっ! 元気でっ!」
アルベラもまたあらんかぎりの声でシリルに呼びかけるうちに、月明かりの下、二騎は風のように街道を走り去り、瞬く間に黒い点になって消えた。
責任者らしき騎士が、月の光に銀の兜を光らせ、ゆっくりとアルベラに近づいてくる。
「こちらへ、アルベラ姫。……父上が随分、お探しでいらっしゃいましたよ」
アルベラはその言い方に不愉快そうに眉を顰め、短く切った頭を振り、傲然と顔を上げて宣言した。
「言っておくけれど、わたしは自分の意志で逃げたのよ。今後も、チャンスがあれば逃げるわ。……地の果てまでもね」
テセウスに犠牲にして得た束の間の自由。でもおかげで、シリルだけは救えたはず。
優しい時間が終わっただけ。――アルベラは、絶望しないように、自分に言い聞かせた。
もはや、山道を行く意味もないと判断したゾーイは、ゾラに走りやすい街道に入るよう指示を出す。
日暮れ近く、荷馬車や荷駄を牽く農民が行きかう街道を、八騎が砂埃をあげて疾走する。物々しさと埃っぽさに舌打ちした農民が、背後から迫る騎士の一団に仰天し、慌てて道を避け、何事かと囁き合う。
迫って来る集団に向け、シウリンが馬上で半身を捩じり、後方に矢を放つ。数騎を射落とせば、落馬した騎士を踏みつけて混乱が生じ、彼らの足が止まる。その隙に何とか距離を稼いでいく。
途中で馬に水を飲ませ、人間たちも水分を補給する。男たちもみな薄汚れていたが、シウリンはこんな時でも綺麗に髭を剃っていて、疲れた様子も見せず、凛としていた。服はボロボロだったが、その姿は力に溢れ、彼を取り巻く金色の光が夕暮れの中でも煌めいて、龍がときおり無言で咆哮するのが、アルベラには見えた。
どんな時でも、けして折れない龍種の強靭さ――。
だからこそ、騎士達は彼についていく。彼に忠誠を誓い、彼を守るのだ。
裾がほつれ、薄汚れた黒天鵞絨のマントを捌いてシウリンが叫ぶ。
「行くよ、最後のひとっ走りだ。がんばって!」
「「「応!」」」
騎士達が呼応し、一斉に馬にまたがる。
ちょうど、東の山の端から月が昇ってきたところだった。月明かりに照らされて、八騎の陰が長く伸びる。
夜の街道を走りだしていくらもいかぬうちに、背後から馬蹄の轟きが聞こえてきた。
「今夜が山だ、できる限り距離を稼いで、追っ手を引き離す。死ぬ気で駆けろ!」
ゾーイが背後からアルベラたちを励ます。アルベラは馬に鞭をあて、スピードを上げた。
見渡すばかりの麦畑を、まっすぐに貫く街道を、八騎は一塊になって走り抜ける。背後に、数に勝るイフリート派の騎士達が迫り、道幅に余裕があるために、横に広がって包囲しようとしてきた。
「囲まれるぞ、スピードを上げろ!」
ゾーイが叫ぶけれど、シリルもアルベラも、限界が近かった。アルベラのすぐ横につけてきたシウリンが、振り向きざまに後ろ上方に矢を射る。きれいな放物線を描き、矢はほぼ真上から敵を射落としていく。矢が尽き、シウリンの矢をすり抜けて突っ込んできた騎士が、与しやすいと見てシリルに剣を打ち下ろす。
ガキーン!
その剣を横からシウリンが聖剣で弾き飛ばし、返す刀でその騎士の首筋を正確に撫で上げる。血しぶきを上げて崩れる騎士の背後から、次の騎士が馬を寄せ、剣を繰り出す。それをも難なく弾いて、カンカンと三合ほど剣を合わせ、不意に剣の向きを変えて騎士の首を貫く。しばらくそのままの姿勢で走ってくる騎士を、シウリンが鐙を脚から抜いて蹴っ飛ばせば、背後の別の馬に激突して、その騎士がバランスを崩して落馬する。
グシャ!
騎士が馬蹄にかかる、嫌な音がする。アルベラは凄惨な現場を見たくなくて、必死に前を向いていたが、ふと、気配を感じて無意識に頭を竦めると、顔ギリギリにブンっと剣が通り過ぎる。
「うわっ」
思わず叫んでしまうが、横についていたゾーイが長剣でバコンと敵の騎士を殴り落とし、事なきを得る。アルベラとシリルの二人が、明らかに足を引っ張って、全体のスピードが落ち、並走されてしまっている。このままだと包囲される――。
嵩にかかって攻撃してくるイフリート派の騎士は、シウリンを数騎で一気に襲うことに決めたらしい。まず戦斧を振りかざす騎士が馬を体当たりさせてきたが、シウリンは懐に入れていた鏡に月光を反射させて目眩ましをかけ、騎士が怯んだところを、聖剣でその手綱を切って馬を蹴り飛ばす。そのままぐるんと剣を反転させ、逆側からシウリンの首筋を狙ってきた騎士の剣を、絡めとるように跳ね飛ばした。剣を失った男はシウリンの鞍の横に下げられている籠を掴んで引き寄せようとしたが、籠の中のジブリールに思いっきり手を噛まれて、「ギャー」と叫んでバランスを崩し、落馬する。さらに一人と応戦中のシウリンに、新たな騎士が剣を繰り出そうとするのを見て、アルベラは咄嗟に、腰に下げたテセウスの短剣を抜いて騎士の馬の腹帯を斬った。
ズルっと馬の鞍が滑り落ちて、男はそのままもんどりをうって落ちていく。
「ありがとう! 助かったよ」
にっこりとシウリンが笑い、その笑顔のまま、次の騎士の首をスパンと切って飛ばす。首を失った騎士がそのまま前に突っ伏して崩れ落ちる。血の匂いにアルベラは吐きそうになり、涙目で必死に手綱を握る。前方ではゾラが「うっせぇ! しつけぇんだよ!」と罵倒しながら騎士を切り裂き、トルフィンも珍しく冗談も言わずに、真面目に剣を振るっている。だが、どうしてもアルベラ、シリルとの前に空隙が空いて、そこを敵の騎士に入り込まれてしまう。
「しまった、囲まれる! シリル、アルベール、僕から離れるな!」
シウリンが指令を飛ばすが、それ耳ざとく聞いていた騎士が叫ぶ。
「シリルだと! アルベラ姫のお付きの小姓だ!……そうか、姫様か! 確保しろっ! 姫様さえ無事なら、裏切り者の小姓はどうでもいい! 姫様をお救いせよ!」
「あんたたちに助けてもらう義理なんてないわよっ」
アルベラは悪態をつき、アルベラの馬を狙ってきた騎士の剣を、テセウスの短剣で弾く。
シウリンが前に出て、騎士の首筋を切り裂き、血しぶきの向こうから声をかける。
「アルベール、シリル、速度を上げろっ!」
アルベラはシウリンたちについて行こうと、馬腹を蹴って少し飛び出した。だが、同様にスピードを上げようとしたシリルは、後ろの騎士から体当たりをくらい、態勢を崩して落馬してしまう。
「シリル!」
「アルベラ、俺にかまうなっ! 行けっ」
素早く地上で反転し、先に行けとシリルは叫ぶけれど、アルベラはシリルを捨てていくことができず、馬首を巡らして戻る。
「嬢ちゃん、ダメだ! こっち来い!」
状況を理解したゾラが方向を変えてアルベラの方に戻りながら叫ぶが、二人はあっという間にイフリート派の騎士たちに囲まれてしまう。
「アルベール、だめ……!」
シウリンも戻ろうとするのをゾーイが押しとどめる。戻ってきたゾラも前方を指差した。
「先に行ってください! フエルやランパを、トルフィン一人じゃあ、守りきれねぇ!」
「わかった!」
シウリンはアルベラたちはゾーイらに任せ、馬首を返して前方へ駆け去る。ゾラが振り返ると、騎士達に取り囲まれた向こうから、アルベラがゾラに向けて叫んだ。
「お願い! シリルをっ! わたしは大丈夫! でも、シリルはっ……」
仮にもイフリート公爵の娘であるアルベラは、殺されはしないだろうが、アルベラの逃亡に手を貸したシリルは、捕まれば命はない。アルベラは自分を犠牲にしても、シリルを逃がして欲しいと言っているのだ。意図を察したゾーイとゾラがなおも駆け寄ると、ゾラの姿を見た騎士が叫んだ。
「テセウス卿?! 生きていたのか?」
「まさか、俺は西の森で死体を確認したはず……!」
「ゆ、幽霊?!」
ゾラをテセウスの亡霊と勘違いして怯む騎士を、ゾラが斬り捨て、なおも突進する。だが、別のイフリート派の騎士がシリルを拘束しようと、その腕を掴んだ。アルベラはテセウスの短剣でその騎士に斬りつけ、シリルを助けようと抵抗を試みる。
「シリル! 逃げて!」
「アルベラ――」
ガキーン! アルベラの抵抗も虚しく、テセウスの短剣は弾き飛ばされる。
その隙に疾風の如く駆けつけたゾラが、シリルの腕を掴んで引き立てようとした騎士を一閃する。
「シリル! 乗れ! 離脱するぜっ!」
ゾラがドスの効いた声で命じれば、躊躇っていたシリルも反射的にゾラに手を伸ばす。ゾラはシリルの腕を掴んで、強引に馬の上に引っ張り上げる。イフリート派の別の騎士がシリルの逃亡を阻もうとするが、やはり走り込んできたゾーイが、長剣の腹でぶっ叩くように騎士を馬から叩き落とし、すでに完全に取り囲まれているアルベラに向かって叫んだ。
「シリルは我らが責任を持つ。いずれ、お救い申し上げよう!」
「シリルをお願い! ありがとう、今まで!」
ゾーイは頷くと、馬の前脚の側に落ちていたテセウスの短剣を、長剣で掬い上げるように跳ね上げると、馬首を巡らす。
短剣は月光を反射して煌めきながら飛んで、それをゾラが片手で易々とキャッチし、叫ぶ。
「嬢ちゃん! 大事な短剣は俺たちで預かっとく! 絶対助けるから、死ぬなよ! テセウスとの約束だぜ!」
ゾラは短剣を頭上に掲げ、脚だけで馬を操って向きを変えると、馬腹を蹴ってあっと言う間にスピードに乗る。
「アルベラー! 絶対に、救い出すからっ! アルベラ―っ」
走り去る馬の蹄の音とともに、シリルの涙声が微かに、風に乗ってくる。
「シリルーっ! 元気でっ!」
アルベラもまたあらんかぎりの声でシリルに呼びかけるうちに、月明かりの下、二騎は風のように街道を走り去り、瞬く間に黒い点になって消えた。
責任者らしき騎士が、月の光に銀の兜を光らせ、ゆっくりとアルベラに近づいてくる。
「こちらへ、アルベラ姫。……父上が随分、お探しでいらっしゃいましたよ」
アルベラはその言い方に不愉快そうに眉を顰め、短く切った頭を振り、傲然と顔を上げて宣言した。
「言っておくけれど、わたしは自分の意志で逃げたのよ。今後も、チャンスがあれば逃げるわ。……地の果てまでもね」
テセウスに犠牲にして得た束の間の自由。でもおかげで、シリルだけは救えたはず。
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