【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ：永遠への回帰

５，裏切り

失踪

　表だって、結婚を拒否するようなことはもう、それからはシウリンは口にしなかった。
　深い事情を知らない者は、シウリンがミカエラとの結婚を受け入れたものだと思い、些か順序の異なるこの結婚を、それでも喜ばしいことと急ごしらえで準備に取り掛かっていた。

　夏至の日に、結界が破れてから一月以上。近隣から客を呼ぶことはできないが、可能な限りの準備を施す。
　魔物を攘はらえる騎士とミカエラとの結婚は、城に蔓延る陰鬱な空気を一掃するかと思われた。

　翌日の昼前、シウリンの下に、花婿の衣装が届けられる。
　この地方に伝統的な、白い絹地に金糸刺繍の入った長い袖なしの上着カフタンに、やはり白地に金糸刺繍の入った膝丈のゆったりとしたシャツを長くしたような服、そして脚衣も白であった。

　促されて試着すれば、ややゆったりめの着心地で、脚衣は踝が出た。

「……少し、短いですね。足元はブーツを履くから、ばれないと思いますが」

　ミカエラの乳母が言う言葉に、シウリンが何も考えずに尋ねる。

「これは……もともと誰の？」
　
　乳母がはっとして、だが観念したように言う。

「その……姫様の亡くられた許嫁の、アルフォンソ様のために用意した衣裳なんです」
「ああ、フェルディナンド伯の息子の」

　シウリンが納得すると、乳母が身頃を少し摘まみながら言う。

「少し、詰めた方がよろしいですね」
「いや、いいよ。面倒くさいし。どろんとした服だから、わからないでしょう」
「でも……」
「もう、脱いでいい？……真っ白だから、汚しそうで嫌だ」

　そう言うとさっさと衣裳を脱ぎ、元の服を着こんで言う。

「昔はこういう服だったんだね」
「ええ……今でも、お年寄りなんかはこのスタイルを貫く方もいますけれど、ただ、戦いにはあまり向いていませんし」
　
　丈長の上着が鎧を着こむのには邪魔であった。強い日差しを避けるために、女性は薄手の長衣の上に、日除けのショールアバヤを頭からすっぽり被り、男性はナキアと同様なシャツと脚衣に、外出時は頭をスカーフで包んでいることが多い。シウリンも砂漠を旅する間は、風呂敷を頭に被っていたが、強い日光を避けて布を被るのは、人類の普遍な行動なのだろう。

「ああそうだ、頭にはこれを……」

　そう言って、絹でできた臙脂の布と黒い輪っかを差し出す。

「ああ、これ？　面倒くさそうだねぇ……」

　昔はこの布の色や輪っかの色で身分を表したという。今、そういう風習が廃れたのは、大変よいことだとシウリンは思った。
　
「結婚式は夕方からだよね？　……しばらく、一人にしてくれる？少し疲れてしまったよ」
　
　シウリンの穏やかな言葉に乳母は頷いて、衣装をまとめて下がっていく。

「また、お支度前に参ります」
「うん、ありがとう」



　
　だが、数刻後に乳母が訪れた時には、部屋はもぬけの殻であった。　
　花婿の失踪に、ガルシア城は騒然となる。そして、それを知らされたミカエラは、しばらく茫然と、花嫁衣裳のまま、その場に立ち尽くした――。