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4,ミカエラの恋

拒絶

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 いつもの中庭に彼はいなくて、ミカエラは独立した庭園に足を向ける。果たしてシウリンはその池の畔に佇んでいた。結われぬままの黒い髪が、池の周囲を吹き抜ける風に靡く。
 鋭敏な耳を持つジブリールがミカエラの足音に気づき、耳をそばだて、グルグルと警戒の音を発する。

「ジブリール、大丈夫だよ……大人しくしなさい」

 シウリンがジブリールの毛皮を軽く撫でて、諦めたように振り向く。
 
「……ああ、リボンの件、すみません。僕が無知だったせいで、ご迷惑をおかけしたようで――」

 ミカエラは足もとを見下ろして、俯く。シウリンの髪からリボンが消えたことで、二人の破局がすでに城内で囁かれていた。――破局どころではない。単なるミカエラの先走りだと、女たちは密かに囁きあっているだろう。

「その……こちらこそ、きちんと説明もせずに、ご迷惑をおかけしました。他の地方では一般的でないなんて、わたくしは知らなくて……」
「うーん。世界的な風習でも、僕は知らなかったと思うので、あなたのせいではないです」

 シウリンがそう言って苦笑する。

「シウリン様、あなたの事が好きなのです。もう一度、リボンを受け取っていただけませんか」

 思い詰めた瞳でシウリンを見つめるミカエラを、正面から見返して、シウリンは言った。

「すみません。僕は、あなたの気持ちに応えることはできません」

 きっぱりとしたシウリンの言葉に失望しながらも、それでもミカエラは食い下がった。

「……奥様を、アデライード姫を愛していらっしゃることは承知しております。それでも――ほんの欠片でいいのです。お心を分けていただくことはできませんか。贅沢は言いません。数か月に一度、いえ、年に一度でもいい、お情けをいただければ、わたくしはそれで――」

 だが、その言葉にシウリンは露骨に不快そうに眉を顰めた。

「何人かの奥さんの一人でいいと、あなた自身が言うの? 僕には、それが理解できない。複数の奥さんを持つのが当然だと、ユーリやシュテファンさんも言うけれど、今の僕はそんなのは想像もできない」
「子が――ガルシア伯を継ぐ、子供が必要なのです! 他の方ではなく、せめてお慕いするあなたのお子が欲しいというのは、おかしいですか?」
「……僕はあなたを好きじゃないのに、僕の子が欲しいと言うの?……僕が龍種で、魔力が強いから?」
 
 シウリンの声が、信じられないほど低く冷たくなっていた。だが、必死のミカエラは、それに気づかない。

「違います!あなたが、好きだからです。どうせなら、好きな方のお子が産みたい。女として当然だと思うのですが」
「……僕は、別に君との間に子供は欲しくない」
「でも、ガルシア伯の血筋が絶えてしまいます。そうしたら、辺境を護るものがいなくなって――」
「それが僕の子である必要性は、特にないよね?」
「それは……聖騎士を束ねる強い魔力を持つ子供が必要なので……」

 そこまで言って、ミカエラがはっとして口を閉ざす。

「……魔力の強い子が必要だから、僕の子がいいというのは、理屈ではわかるよ。でも、嫌だ。……もしかしたら、二十三歳の僕であれば、政治のことも考えて結婚を受け入れたかもしれないけれど、今の僕には無理。この領の大変な状況は気の毒だと思うけれど、僕はそれを背負うつもりはないんだ」

 シウリンは二の句の告げないまま沈黙しているミカエラにさらに言う。

「僕は明日、ここを発ちます。魔物もある程度退治したし、どうやら、ここよりも北に移動しているようだから。食糧や装備の準備に協力してくれてありがとう。このお礼は、ソリスティアに帰ってから改めてしたいと思います」
「シウリン様……」

 シウリンはそれだけ言うと、踵を返してその場を立ち去った。ミカエラは池の畔に立ち尽くして、ただ、シウリンの後姿を見つめていた。
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