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4,ミカエラの恋

肉欲*

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 肉欲を知ったばかりのシウリンの身体は、数日、彼女アデライードと離れているだけで、限界に近づいていた。

 夜、与えられた寝台に横たわり、シウリンはぼうっと漆喰の天井を眺める。肘のあたりでジブリールが丸くなり、エールライヒは梁を止まり木代わりにして眠っている。結局、何のかのと引き留められて、数日を無駄に過ごす羽目になった。午前中はミカエラがシャツを直す間、無意味にお茶に付き合わされてしまったけれど、午後は城の南で発生したという魔物を退治し、聖域の森から出られなくなっていた、数名の村人を救うことができたので、まだマシだった。

 ミカエラは最初、辺境伯の家族の住まう棟に豪華な部屋を用意したが、あまりの煌びやかさにシウリンが耐えられず、騎士たちの宿舎に代えてもらったのだ。正直言えば、この寝台でさえ今のシウリンには豪勢に過ぎる。――僧院では、寝返りもできないくらいの板の上に寝ていたのだから。

 シウリンは左手で胸の神器を弄びながら、アデライードのことを考えた。

 四阿あずまやでミカエラがアデライードに対して怒りを露わにして、シウリンは驚いた。なぜ、この人が怒るのか理解できず、また不愉快であった。アデライードが転移に失敗しなければ、彼が女王国の西南辺境に来ることはなかった。つまり、このガルシア領で魔物をはらうこともなかったのだ。ミカエラはむしろアデライードの失敗に感謝すべきなのだ。

 ミカエラは城内の年嵩の女ほどは臭くないけれど、それでも何かの香水の匂いはして、シウリンはそれがあまり好きではなかった。アデライードの髪から漂う、薔薇のような甘い香りはとても好きなのに、他の匂いは不快に感じるのは、やはり恋の為せる業か。今は、彼女のあの、髪の香りが懐かしくてたまらない。

 目を閉じれば、アデライードの姿が浮かんでくる。
 光に透ける白金色の長い髪。吸い込まれそうな翠色の瞳。金色の長い睫毛。花が零れるような、愛らしい唇。細くて折れそうな首筋に、意外と豊満で柔らかい二つの胸。抱きしめたら壊れてしまいそうな細い腰。

 触れたい。抱きしめたい。欲しい。

 今ではシウリンも、それが肉体の欲であるとわかる。――『聖典』に戒められた、僧侶には禁じられた肉の欲望。あの日、繭の中で目を覚ますまでは知らなかった(忘れていた)、劣情。

 いつの間にか還俗していたことに、全く納得していなかったのに、あの時、泉の中で彼女を抱きしめたらすべてのタガが一気に弾け飛んでしまった。

『ぜんぶ、あなたが教えてくれたのよ?』

 アデライードがそう言ったように、たしかにシウリンの身体はを知っていたのだろう。初めこそ戸惑ったけれど、あっという間にカンを取り戻して、易々とアデライードを快楽に導いていた。アデライードの感じる場所を、シウリンの指は全て知っていた。考えたくはないが、おそらく相当に慣れている。――全く不愉快なことに。

 十年の間に、何があったのか。

 砂漠を旅している時は野宿だから、どこかで神経を張りつめていて、いろいろと考える余裕もなかった。
 今、この中途半端に柔らかい寝台に横たわっていると、余計なことを考え過ぎてしまう。

 アデライード以前に、他の女とも結婚していたというし、彼女以外とも寝たことがあるのだと思うと、胃のあたりがムカムカした。あの聖地の森の木の下で、彼は彼女一人への愛を誓ったはずなのに、どうしてそんな裏切りができたのか。

(――もう、会えないと思っていたから?)

 でも、もともと約束を交わした時点で、シウリンはその恋が成就しないと思っていたし、僧侶として生涯不犯を貫くはずだった彼が、他の女との結婚を承諾するなんて、あり得ないと思った。

(しかもその裏切りを、全部忘れてるってのが、罪が重いよなあ……)

 シウリンは溜息をついて、目を閉じる。身体の中の熱がざわざわして、落ち着かない。彼女のことを思い出していたから、それだけで例の醜い欲望が硬く立ち上がってしまっている。我慢できなくなって、シウリンはそろそろと脚衣に左手を伸ばし、脚衣を突き上げているものに触れる。

(……アデライード……)

 彼女が躊躇うように触れてくれた感触を思い出しながら、それを握り締める。

「はあ……」

 肘が動いたおかげで、ジブリールがごそりと身動きし、シウリンはびくり、と手を止める。

(そう言えば、精が毒だとか何とか言ってたな……)

 シウリンは寝台から身を起こすと、ジブリールを起こさないようにして、静かに立ち上がった。
 
 宿舎は一人部屋で、部屋の隅に簡単な水場が作られていた。排水口があって、砂利タイルが敷かれ、水甕が置いてあって、水浴びくらいならできるようになっていた。井戸端に近寄れなくなってから、もっぱらこちらで身体を洗っている。ちなみにもう一つの木の桶はおまるで、毎朝回収される。

 シウリンは裸足で砂利タイルの上に立ったまま、天幕のように脚衣を突き上げている雄茎を取り出し、左手で扱き始める。アデライードの姿を思い描き、アデライードの白い手がこれを握ってくれた時のことを思い出して左手を動かせば、次第に息もあがり、眉が快楽に歪む。先端の鈴口から先走りの液が零れはじめ、シウリンはそれを塗りこめるようにしてさらに快楽を追い求める。

「くっ……はっ……アデラ、イード……」

 あの、黄金の葉が輝く大木の幹にアデライードを押し付けるようにして、シウリンは何度も彼女を貫いた。木々の葉の間から降り注ぐ陽光が、金色に煌めき、アデライードの白金の髪が光を弾く。あの時の、アデライードの快楽に蕩けた顔、絶え間なく零れ出る甘い喘ぎ声、自分の息遣い――何よりもあの、熱く絡みつく彼女の肉壁の感触と、二人の体内を還流する甘い〈王気〉――。

 シウリンの肉茎から、白い液体が弾けるようにほとばしる。

「はあっ……はあっ……アデライード……会いたい……」

 最後まで扱いて出し切ると、ややぐったりとしながら、柄杓で水を汲んで精を洗い流す。
 何となく、僧院での夜の出来事を、シウリンは思い出していた。

(そっか、妙にゴソゴソ、ギシギシしてるやつがいたけど、これだったんだ……)

 そして大抵、翌朝に監督官のシシル準導師にメッチャクッチャ叱られ、一日反省房に入れられていた。

 シウリン自身は、自慰はしたことがなかった。何度か、夢の内容は憶えていないのだが、妙に艶めかしい夢を見て、翌朝下帯が濡れていたことがある。その時は小便でも漏らしたのかと焦り、だが外見上何事もないフリをして、しれっと下帯を洗濯しておいたのだが、こういうことだったのだと、ようやく理解した。

 手を綺麗に洗い、ついでに顔も洗ってさっぱりする。肩を過ぎた髪が濡れた顔にかかり邪魔くさいが、坊主にするわけにもいかず、シウリンはそのまま手櫛で簡単に梳いてから、再び寝台に戻る。

(なんかよくわかんないけど、ため込むのはよくないような気がする。たぶん、これはそんなに悪いことじゃない……たぶん)

 そう、自分を納得させて、シウリンはすっきりした気分で眠りについた。
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