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2、辺境伯の砦
帰ってきたフエル
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「おめぇも行くとか、無理だっつの!無理無理!おめぇの腕じゃ絶対、無理!」
何と、ランパが一緒に着いて行くと言い張って聞かない。ゾラが無理無理と首を振るが、ランパは一度言い出すと頑固であった。
「いいい、いく、いく、い、いく……」
「射精寸前みたいな声出してんじゃねぇよ、気色悪りい!」
ゾラとしては、トルフィンが文官の割には腕の立つことも知っているし、実際、ゾラ一人では心もとない旅の相棒としては文句なかった。一方、侍従武官志望のくせにトルフィンより弱いランパなど、ハッキリ言って足手まといである。
しかし、女王国への遠征からも、もちろん殿下の帝都行きからも外されたランパは、絶対に着いて行くと言い張った。
「ちょっと、ミハルも何とか言ってやってよ! 俺たちは魔物がわんさかいる、未知の大陸に行くんだから」
トルフィンも持て余してミハルに助力を求めるが、扇を口元に当てて三人の言い争いをじっと見つめていたミハルは、おもむろに言う。
「ランパ、あなた、死ぬ覚悟はあるんですの?」
「ももも、もち、もちもち、もち……あ、あああああああ」
「じゃあ、わたくしも覚悟を決めました! クラウス家の男として、恥ずかしくない死にざまを、西の大地に刻んでいらっしゃい!――トルフィン兄様、ランパの遺髪だけは、持ちかえってくださいまし」
「ちょおミハル、絶対死ぬと思うんなら、止めてやれよっ!」
――というわけで、役に立ちそうもないランパも連れて行く羽目になってしまう。
そしてメイローズが簡易のテント、毛布、携帯食料などを揃え、野外生活に便利な魔道具なども並べているところに、さらに意外な人物が、ソリスティアに戻ってきてしまった。
「フエル殿――? どうして、学院の方はいいのですか?!」
フエルの通う太陰宮の学院は、帝国とナキアとの対立のおかげで、西の貴族出身の学生も教師も大混乱に陥り、勉強どころではなくなってしまったのだ。
「やはり東の貴族である僕にいろいろと言う者もあって、学院が落ち着かず、まあ、早い話が追い出されたような感じで……」
聖地の港もソリスティアも、女王国を逃れてきた難民でごった返していたが、さすが総督府の威光で船は確保できたという。
「それに、姫君にご報告しなければならないこともあって――お目通りは叶いますか?」
わずか数か月ではあるが、十三歳のフエルはさらに背が伸びて、声もやや低くなり、どこか逞しさと落ち着きまで加えていた。
メイローズがフエルの帰還を伝えると、アデライードは驚いて、すぐに彼を自分の居間に呼んだ。
「フエル――久しぶり。元気でした?」
居間の出窓の席から、アデライードに声をかけられて、フエルは少しびっくりする。最後に会った時、アデライードはちょうど声が出ない時だったからだ。
「姫君……お久しぶりでございます。声、出るようになったのですね。よかった……」
久しぶりに目にする姫君は、窓からの陽光を背景にして、顔は陰になっていたが、それでも光に透ける白金の髪は背中を覆い、ほっそりと折れそうな肢体に涼やかな声といい、フエルは改めて、美しい人だと陶然と見惚れてしまう。
アデライードはフエルを手招きし、出窓の席に並んで座らせる。いったんは遠慮したフエルだったが、アデライードが念話で話したいから、と言うので、言う通りにした。
お茶を運んできたアンジェリカが下がると、アデライードはフエルの右手を取る。
『この前は、変なお願いをして、ごめんなさい――聖地も大変だったでしょう?』
『いえ、ジュルチ僧正や皆さんにとてもお世話になって――その、これ、例のお墓の絵です』
左手を通じて流れてくる、フエルの念話と、渡された丸めた紙の筒に、アデライードは翡翠色の瞳を一瞬、見開く。
『お墓? シウリンの、お墓があったの? でも――』
『それには少し事情があって――結局、そこにはシウリンは眠っていなくて、シウリンの箸が葬られているそうなんですけど』
『お箸――?』
アデライードはするすると筒を開き、森の中に佇む小さな木の墓標を見つめる。
『十年前の十二月の頭。シウリンは突然、いなくなったそうです。誰も、行き先を知らず、葬式も行われない。彼の持ち物はすべて処分され、僧院の記録からも抹消された。――最初から、いなかったように、すべての痕跡を消された。でも、シウリンが帝都からの使者に連れ去られたのを、見ていた僧侶がいたのです』
『帝都――』
アデライードは、絵から視線を戻して、フエルをじっと見つめた。
『その僧侶は僕の顔を見て、シウリンを返せと言いました。……シウリンを連れ去った者が、僕に、よく似ていたのです』
アデライードの翡翠色の瞳が微かに、見開かれる。
『その男は僕の父――ソアレス家のデュクト。……つまり、恭親王殿下の正傅でした』
アデライードはまっすぐに、だが感情を表さない瞳でただ、フエルを見つめるだけだ。
『この、墓は――?』
『その墓は、森の中の、炭焼き小屋の横にありました。炭焼き小屋の僧侶が、シウリンを偲んで作った。炭焼き小屋の僧侶は、俗世では帝国の聖騎士でした。彼は〈王気〉が視えて、シウリンが東の皇家の血を引くと知っていた。だから、シウリンの失踪の理由をだいたい察したのです』
『〈王気〉――』
アデライードは再び、絵の中の墓に目を落とす。
『帝都に行けば、シウリンはシウリンではいられなくなる。だから、聖地に暮らしたシウリンのために、墓を作った。――ただ、いなかったことにされるよりは、と。……つまり、シウリンは今も生きているんです。シウリンは、殿下なんです』
アデライードはその話を聞いて、翡翠色の瞳を閉じた。
『ありがとう、フエル。――実は、わたしも最近、それを知ったの』
何と、ランパが一緒に着いて行くと言い張って聞かない。ゾラが無理無理と首を振るが、ランパは一度言い出すと頑固であった。
「いいい、いく、いく、い、いく……」
「射精寸前みたいな声出してんじゃねぇよ、気色悪りい!」
ゾラとしては、トルフィンが文官の割には腕の立つことも知っているし、実際、ゾラ一人では心もとない旅の相棒としては文句なかった。一方、侍従武官志望のくせにトルフィンより弱いランパなど、ハッキリ言って足手まといである。
しかし、女王国への遠征からも、もちろん殿下の帝都行きからも外されたランパは、絶対に着いて行くと言い張った。
「ちょっと、ミハルも何とか言ってやってよ! 俺たちは魔物がわんさかいる、未知の大陸に行くんだから」
トルフィンも持て余してミハルに助力を求めるが、扇を口元に当てて三人の言い争いをじっと見つめていたミハルは、おもむろに言う。
「ランパ、あなた、死ぬ覚悟はあるんですの?」
「ももも、もち、もちもち、もち……あ、あああああああ」
「じゃあ、わたくしも覚悟を決めました! クラウス家の男として、恥ずかしくない死にざまを、西の大地に刻んでいらっしゃい!――トルフィン兄様、ランパの遺髪だけは、持ちかえってくださいまし」
「ちょおミハル、絶対死ぬと思うんなら、止めてやれよっ!」
――というわけで、役に立ちそうもないランパも連れて行く羽目になってしまう。
そしてメイローズが簡易のテント、毛布、携帯食料などを揃え、野外生活に便利な魔道具なども並べているところに、さらに意外な人物が、ソリスティアに戻ってきてしまった。
「フエル殿――? どうして、学院の方はいいのですか?!」
フエルの通う太陰宮の学院は、帝国とナキアとの対立のおかげで、西の貴族出身の学生も教師も大混乱に陥り、勉強どころではなくなってしまったのだ。
「やはり東の貴族である僕にいろいろと言う者もあって、学院が落ち着かず、まあ、早い話が追い出されたような感じで……」
聖地の港もソリスティアも、女王国を逃れてきた難民でごった返していたが、さすが総督府の威光で船は確保できたという。
「それに、姫君にご報告しなければならないこともあって――お目通りは叶いますか?」
わずか数か月ではあるが、十三歳のフエルはさらに背が伸びて、声もやや低くなり、どこか逞しさと落ち着きまで加えていた。
メイローズがフエルの帰還を伝えると、アデライードは驚いて、すぐに彼を自分の居間に呼んだ。
「フエル――久しぶり。元気でした?」
居間の出窓の席から、アデライードに声をかけられて、フエルは少しびっくりする。最後に会った時、アデライードはちょうど声が出ない時だったからだ。
「姫君……お久しぶりでございます。声、出るようになったのですね。よかった……」
久しぶりに目にする姫君は、窓からの陽光を背景にして、顔は陰になっていたが、それでも光に透ける白金の髪は背中を覆い、ほっそりと折れそうな肢体に涼やかな声といい、フエルは改めて、美しい人だと陶然と見惚れてしまう。
アデライードはフエルを手招きし、出窓の席に並んで座らせる。いったんは遠慮したフエルだったが、アデライードが念話で話したいから、と言うので、言う通りにした。
お茶を運んできたアンジェリカが下がると、アデライードはフエルの右手を取る。
『この前は、変なお願いをして、ごめんなさい――聖地も大変だったでしょう?』
『いえ、ジュルチ僧正や皆さんにとてもお世話になって――その、これ、例のお墓の絵です』
左手を通じて流れてくる、フエルの念話と、渡された丸めた紙の筒に、アデライードは翡翠色の瞳を一瞬、見開く。
『お墓? シウリンの、お墓があったの? でも――』
『それには少し事情があって――結局、そこにはシウリンは眠っていなくて、シウリンの箸が葬られているそうなんですけど』
『お箸――?』
アデライードはするすると筒を開き、森の中に佇む小さな木の墓標を見つめる。
『十年前の十二月の頭。シウリンは突然、いなくなったそうです。誰も、行き先を知らず、葬式も行われない。彼の持ち物はすべて処分され、僧院の記録からも抹消された。――最初から、いなかったように、すべての痕跡を消された。でも、シウリンが帝都からの使者に連れ去られたのを、見ていた僧侶がいたのです』
『帝都――』
アデライードは、絵から視線を戻して、フエルをじっと見つめた。
『その僧侶は僕の顔を見て、シウリンを返せと言いました。……シウリンを連れ去った者が、僕に、よく似ていたのです』
アデライードの翡翠色の瞳が微かに、見開かれる。
『その男は僕の父――ソアレス家のデュクト。……つまり、恭親王殿下の正傅でした』
アデライードはまっすぐに、だが感情を表さない瞳でただ、フエルを見つめるだけだ。
『この、墓は――?』
『その墓は、森の中の、炭焼き小屋の横にありました。炭焼き小屋の僧侶が、シウリンを偲んで作った。炭焼き小屋の僧侶は、俗世では帝国の聖騎士でした。彼は〈王気〉が視えて、シウリンが東の皇家の血を引くと知っていた。だから、シウリンの失踪の理由をだいたい察したのです』
『〈王気〉――』
アデライードは再び、絵の中の墓に目を落とす。
『帝都に行けば、シウリンはシウリンではいられなくなる。だから、聖地に暮らしたシウリンのために、墓を作った。――ただ、いなかったことにされるよりは、と。……つまり、シウリンは今も生きているんです。シウリンは、殿下なんです』
アデライードはその話を聞いて、翡翠色の瞳を閉じた。
『ありがとう、フエル。――実は、わたしも最近、それを知ったの』
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