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2、辺境伯の砦

殿下を尋ねて三千里

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「結局、帝位は空位のままか……」
 
 ゼクトが呟くと、その場の面々は皆、重苦しそうに顔を見合わせる。

「あの魔術師に〈王気〉を奪われた親王殿下方は、〈王気〉もそうですが、精神的なダメージが大きくて……とてもじゃないが、皇位を継承できそうもないんです。どうやら、あの魔術は精神こころの方に干渉するらしくて。治療法は今、太陽神殿とジュルチ僧正でいろいろ試しているみたいですが」

 トルフィンの報告を聞いて、マニ僧都が眉を顰める。

「そんな影響が……ゼクト殿にはそんなことはなかったのに」
「魔力を奪うのではなくて、〈王気〉そのものを奪うわけですから、ひどい場合は自我が破壊されてしまうそうです」
 
 マニ僧都は絶句する。だとすれば同じ魔術を受けたらしい、恭親王も――?

「現在、無傷でかつ、親王爵を持つのは賢親王殿下ただお一人ですが、跡継ぎの皇子たちが皆殺しにされていて、さらに殿下はもう、五十ですからね。家族を失ったばかりの方に、今から再婚して跡継ぎを、とまではさすがに言えません」
「だが、いつまでも空位というわけにはいくまい」

 ゲルフィンが言うと、ゾラが肩を竦めた。
 
「賢親王殿下としては、うちの殿下が継げる状態なら、うちの殿下にって言い張ってるんすよ。――表向き、帝都で療養中ってことにしておくから、早く探し出して連れて来いって。殿下は無事は無事なんすよねぇ?」

 ゾラの問いかけに、メイローズが頷く。

「姫君のお話では、お体の方は問題ないと。ただ、ソリスティアに辿り着くには、数か月はかかると思いますが」
「どこだっけ? 女王国西南辺境の――ヘパ、ヘパ……」
「へパルトスです。ガルシア辺境伯領の、近くです」

 聞きなれない地名に、トルフィンもゾラもあーあ、と顔を見合わせる。
 
「……ガルシア辺境伯領って、めっちゃ魔物出たとこっすよね? いくら殿下が丈夫でも、そこに一人置き去りとか、あり得ねぇ」
「いや、むしろ姫君が一緒にいた方が、殿下が死にそうな目に遭う確率が高い。何度目だよ?」
「そりゃー、そうなんだけどよ……」

 マニ僧都もメイローズも、今回のアデライードの大チョンボに言い訳の余地はないと思っていたが、さすがにマニ僧都は控えめながら姪を庇う。

「辺境に飛ばしたことについてはまずかったが、瀕死の状態であったのを癒したのはアデライードだ。彼女の魔力と始祖女王から伝った繭の魔法陣がなければ、正直、助かったかどうかわからない。その点は評価してやってほしい」

 本当はもっと、大々的に功績を誇ってやりたいところだが、詳しく語ると記憶を封印したことまで明らかにせねばならない。記憶の件をどこまで公表するべきか、マニ僧都もメイローズもまだ、決めかねているのだ。

「だいたい、殿下がニセ皇子だから、魔物が発生したとか、わけのわかんねぇこと言ってんでしょ? イフリート公爵様は」
 
 ゾラが黒い眉を不愉快そうに歪めると、横で聞いていたエンロンが、待っていたとばかりに飛びついた。

「そう、それですよ! 意味がわからんのですが。殿下が贋皇子ってあり得ないでしょ。たしかに庶民的だし、妙に貧乏舌ですけど、〈王気〉あるんでしょ? 聖剣だってあるし。いったいどこから出てきた話なんです?」 
「廃太子が、叛乱中にそういう布告を出したんですよ。――実は殿下、双子だったらしくて」

 トルフィンが、苦々しそうに言った。それは総督府に詰めていたゲルフィンやエンロン、ゼクトには初めての情報であったので、皆な黒い瞳を丸くする。

「双子――」
「そう、ですからお血筋としては皇后腹の皇子なのは間違いないんです。ただ、その後の皇位の混乱を防ぐために、聖地に送られていた。それを、本物のユエリン皇子が亡くなった時に、取り換えたんです」
「そんな馬鹿な――」

 さすがに、ゲルフィンが長い指で片眼鏡モノクルを直し、ゼクトは両目を瞑って息を止め、エンロンは絶句して目を瞠った。しばらく無言でいたエンロンが、呟いた。

「なるほど……イフリート公爵の発言は、それに基づいているわけですか。しかし、我々も知らないそんな秘密を、どうして遠いナキアの公爵が知っているのですか」
「アタナシオスという魔術師は、イフリート家の回し者でしょうから、おそらくは――」

 言いさしたトルフィンに被せるように、ゼクトが言った。

「廃太子は以前から、ユエリン皇子は死んだはずだと、皇子の入れ替わりを疑っていた。情報の大本はおそらくそこだが、――たしかに、そんな情報を知っているというのは、イフリート公爵が廃太子の背後にいた証拠以外の何者でもないな」
「ですが、皇子の入れ替わりと、女王国辺境の結界の崩壊は無関係でしょう。濡れ衣にしても性質タチの悪い」

 法と裁判を扱う獄吏出身のエンロンは、こういう非論理的な冤罪を大声で言い立てる人物がキライであった。それは法を掌るゲスト家の二人も同様らしく、ゲルフィンもトルフィンも不愉快そうに眉を顰めた。

「結界の崩壊についてはデタラメもいいところであるが、実際に皇子が入れ替わっていたのが痛いな。嘘も少しの真実を混ぜると本当らしくなってしまう。不愉快極まりないことに」
「殿下は贋皇子じゃありませんよ!双子なんですってば! ほんと、イフリート公爵ってむかつくな!」

 取りあえず贋皇子疑惑の根源が理解できたところで、総督府の一同は次の問題に移る。
 要するに、恭親王がいなければ話が先に進まないのだ。 

 賢親王も一刻も早く探し出せと言っていたが、何しろ、遠い辺境に一人置き去りである。捜索隊を出すべきか、だが、一体、誰がーー顔を見合わせた文官たちに、ゾラとトルフィンが言い出した。

「俺、辺境に殿下捜しに行くっすよ。ずっと待ってるだけとか、性に合わねぇし」
「あ、俺も俺も! ソリスティアで待ってるだけとか、苛々して無理」
 
 だがトルフィンの発言に、ゾラが眉を顰める。

「おめぇはソリスティアに残った方がいいんじゃね? 魔物大発生とか、文官のおぼっちゃまにはキツイっしょ?」
「言ったな! 武官のおぼっちゃまなくせに!――知ってるぞ、実はゾラは方向音痴で、地図もまともに読めないってこと。一人なら、絶対、道に迷って帰って来れなくなるね」
「うるせぇ! 俺が馬でひとっとびかっ飛ばして、だーっと行ってだーっと帰ってくりゃ……」
「いい加減にしろ!」

 下らない言い争いに、ゲルフィンがバシンと紫檀の卓を叩く。

「捜しに行くならば捜しに行くでいいが、行く前から仲間割れしてどうする!……あの広い女王国で、殿下を見つけ出せる公算があるのか?」
  
 だが、メイローズが言う。

「しかし差し当たって、誰かが捜しに行く以外に、殿下を安全に連れ戻す方法がありません。暗部のものだけでは、陰ながら身を守る感じになってしまいますし、それでは不安です。ガルシア辺境伯領は私の故郷ですから、地図と紹介状は私が準備します。わが主を、よろしくお願いします」

 こうして、ゾラとトルフィンの二人が女王国の西南辺境に向かうことが決まったのだが――。
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