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1、オアシスの夜

ジブリール

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 アデライードはシウリンの言葉に少し考えて、言った。

「あの……イスマニヨーラ伯父様がおっしゃるには、距離のある転移は何度もしない方がいいと。それで……シウリンの位置を確定するのもなかなか難しいこともあるし、この後はあまり来られないと思うのです」

 シウリンも半ば覚悟していた言葉だったので、黙って頷く。転移には相当な魔力のエネルギーを必要とする。それを何度も繰り返すのはアデライードの負担になるだろうと思っていたのだ。

「大丈夫だよ。君に会えないのは寂しいけれど、今日持って来てくれたもので、僕は十分、やっていけると思うから」

 微笑むシウリンに、アデライードが泣きそうな顔をした。

「本当は、離れたくないの。どうして、わたしの魔法陣が二人乗りじゃないのかしらって……」

 涙をこらえて唇を噛むアデライードを、シウリンは抱き寄せる。

「それよりも、僕は君のことが心配だから。安全な場所にいてくれるのが、一番嬉しい」
「シウリン……」

 抱き合った二人の間に割り込むように、子猫が膝に乗ってくる。アデライードは思わず微笑んで、その子猫を抱き上げ、そのアデライードをシウリンが抱き込んで、焚火の傍で二人で話をした。

「ああ、そうだ。伯父様から、お手紙をお預かりしています」

 アデライードはそう言って、白い封筒を取り出した。中の便箋には、懐かしいマニ僧都の、流麗だがやや神経質そうな文字。
 突然のことで驚いているであろうシウリンに対する、ちょっとした注意、特に、自分の名を軽々しく名乗らぬようにとの忠告に、シウリンは眉を寄せる。

「ありがとう、アデライード。返事を……書きたいけれど」
 
 シウリンの言葉を予想していたのか、アデライードは荷物の中から便箋と携帯用のペンと墨壺を出す。

「今は暗いので、明日の朝になさったら?」
「そうするよ」

 アデライードは子猫がすっかり気に入ったのか、膝の上でその毛皮を撫でていて、子猫も気持ちよさそうに目を細めている。

「可愛いわ。……わたしがもらって帰っては、ダメ?」
「うーん。それ、たぶん猫じゃなくて、猛獣だからさ。僕が責任を持って躾をするか、この土地で生きる方法を見つけるか、どっちかだと思うんだよね。――それに、一人旅は寂しいし」

 その言葉に、アデライードはうとうとしている子猫を覗き込んで、言った。

「羨ましいわ。わたしも猫だったら、シウリンと一緒に旅ができたのに」
「だから、たぶんそれ、猫じゃないからさ。母親らしいのはかなりデカイ猛獣だったんだよ?」
「名前はつけてないの?」
「そうなんだよね。連れて歩くなら、名前がいるよね」

 ゴロゴロと喉を鳴らして、子猫がアデライードの手にじゃれつく。

「ジブリールっていうのは、どう? エールライヒとは別の、天使の名前」
「ああ、それいいね。よし、じゃあ、お前はジブリールだ」

 二人で子猫に名前を付けて、微笑み合う。薪の爆ぜる音がして、夜が深くなる。眠ってしまったジブリールをアデライードの膝からそっとおろし、シウリンはアデライードを焚火の横の、黒いマントの上に組み敷いた。
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