【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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1、オアシスの夜

記憶の操作

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 風呂から上がったアデライードはいつもの巻き付け式の長衣を着、室内のこととて肩衣もせずに、アンジェリカが淹れたお茶を飲んでいた。その背後ではリリアがアデライードの髪を梳かし、サイドを編んで後頭部でまとめて、小さな髷にしている。露わになっている首筋やほっそりした二の腕に、赤い鬱血痕がいくつも散らばっていて、別れを前に主が相当に貪ったのだろうとメイローズは思いつき、それだけ元気ならば心配には及ぶまい、という気にもなる。

 だいたい、どこで関係に及んだのか?――まさか屋外で?

 たしかに、あの辺りは砂漠しかなかったと、メイローズは遥か昔に捨てた故郷を想い出して、そっとこめかみに手をやって溜息をつく。あからさまな情交の痕を、マニ僧都に見せるわけにはいくまいと、リリアに命じて姫君の肩衣ショールを取りにいかせる。

 そうこうするうちに、マニ僧都がいつもの梔子色の袈裟を靡かせてやってきた。朝の行を済ませてから来たので、遅くなったとの弁であった。

 マニ僧都にはメイローズが緑茶を淹れていると、アンジェリカがアデライードのために燕麦オートミールポリッジと果物を運んできた。侍女二人を下がらせ、アリナは護衛として部屋の隅に控え、メイローズが話を切り出す。

「先ほどのご様子は普通ではなかった。何か、異常事態が発生して、姫君は急遽、こちらに転移なさったのですね?」
 
 頷くアデライードに、マニ僧都が言う。

「前、こちらに戻って来た時は、殿下はまだ目を覚ましていないと言っていたね? それから今日で六日経つ。何があったの」
「始祖女王の記憶にあった、〈繭〉の魔法陣を展開して、その中で治療をしたら、すごく効果が高くて――それで、殿下はすぐに元気になったんです。ただ――その――」

 粥を木のスプーンでぐるぐる掻き回しながら、アデライードが視線を泳がせる。その様子を見て、マニ僧都が言う。

「アデライード、正直にお言い。――君は、もう一つ、何かやらかしたんだね?」

 図星を指されて、アデライードがぐっと答えに詰まる。

「その……殿下に治療を施そうとしたのですけれど、殿下は治療を弾いてしまわれて……その、例の、イフリート家の魔術師が言うには、心が折れていると――」
「心が――」

 賢親王からの報告によれば、イフリート家の魔術師は、廃太子の〈王気〉を保つために、皇子たちから精を集めていて、結果、幾人もの皇子たちが極限まで〈王気〉を減退させた状態で発見されたという。

 〈王気〉――つまり魔力の源――が減退すると、生きる気力が失われてしまう。恭親王も、そういう状態であったのか。

「それで、ここ一月ほどの辛い記憶がなくなれば、心が折れる前の状態に戻って、治療を受け入れてくれるのではと思って――」
「記憶を、操作したのか?!」

 思わず、マニ僧都がテーブルに身を乗り出し、袈裟が白磁の茶器に触れて茶器がガチャンと倒れ、お茶がクロスに零れる。頷くアデライードを見て、マニ僧都がはあ、と溜息をついてこめかみを押さえる。
 
「何という危険なことを――だいたいそんな魔法陣が女王の記憶にあるのかい?」
「その――女王の記憶譲渡に利用する魔法陣を使って……それで――」 
「魔法陣を改変するなんて、とんでもない! いったい何をしでかしたんだ、君は!」

 記憶を封印したおかげで、恭親王はアデライードの治療を受け入れ、マニ僧都の魔法陣と〈繭〉の効果もあって劇的に回復した。身体の方にはほぼ問題がないレベルまで――。

「――つまり頭の方に問題が残っているってことかい?」

 いい加減、この美しい姪のドジっぶりにウンザリし始めているマニ僧都が、やや辛辣な調子で尋ねると、アデライードは泣きそうな顔で俯いて、消え入りそうな声で言った。

「わたしは、この一月分くらいの記憶を封印したつもりだったんですけど、目を覚ました殿下は、わたしと結婚したことはおろか、自分が皇子だってことも憶えてなくて――自分は、太陽宮の見習い僧侶のシウリンで、十二歳だって――」
「「な、なんだって―――っ!」」

 さすがに、マニ僧都だけでなく、メイローズも叫んで立ち上がる。背後で聞いていたアリナは全く意味が理解できず、三人の会話を茫然と見つめるだけだ。
 
「殿下が、自分で名乗ったのかい? シウリン、だと――」

 アデライードがこくりと頷いて、そして上目遣いに二人を見やる。

「――やっぱり、伯父様もメイローズさんも、ご存知だったのですね? 殿下が、シウリンだと――」

 アデライードの声が、そこはなとなく低くなっているのに、メイローズもマニ僧都も気づき、やや気まずい表情で互いを見る。

「まあ、そりゃあね。――私は、彼にちゃんと真実を告げるように言ったんだけどね」
「皇子の入れ替わりなどという醜聞を、姫君のお耳に入れることは憚られたのだと、思います」
「皇子の、入れ替わり?」

 アデライードがメイローズに問い、メイローズが苦い表情で説明した。

「ユエリン皇子は十二歳の年に落馬事故を起こして、数か月昏睡に陥った後、亡くなったのです。陛下は皇后腹の皇子であるユエリン皇子に帝位を譲ることを望んでおられました。それで、聖地に捨てた双子の片割を帝都に迎え、ユエリン皇子として育てるようにと――」
「そんなめちゃくちゃな――」

 アデライードも、そして後ろで聞いていたアリナも絶句するが、メイローズはそのまま続ける。

「十二月の頭でございました。聖地から転移門ゲートで後宮に入り、それ以来、ユエリン皇子としてお仕えしてまいりました。正傅のデュクトという男は厳しい性格で、聖地での私物などはすべて焼き捨てられて、ただ、手の中に何か、小さなものを握っておられました。私も中身は見たことがなくて。それが、女王家の神器だと知ったのは、この〈聖婚〉のために殿下がソリスティアに来られてからでございます」
「では、あの神器を聖地から持ち出したのは、シウリン自身――」

 奇妙だと、どこかで思っていたのだ。
 指輪の選んだ女王の夫以外は触れ得ぬ神器を、シウリンの死後、男ばかりの僧院の者がどうやって帝都に持ち込んだのか。言葉にならないその疑問が、アデライードの心に棘のように引っかかっていた。

(殿下がシウリンならば、すべて説明がつく――)
 
 アデライードは唇を噛む。双子の皇子を僧院に棄てていただけでも皇家の恥だ。さらに帝都で大事に育てていた皇子が死ぬと、捨てた片割を拾って身代わりに仕立て上げたなど――。

 たしかに、そんな秘密はたとえに妻でも語ることができないというのは、アデライードにもわかる。

(でも、殿下はわたしがメルーシナだと知っていたのに――)

「わが主は、このようなペテンに、姫君を巻き込む必要はないと――天と陰陽を偽る罪は、自分一人で引き受ければいいと仰っていました。けして、姫君に隔意があってのことでは――」
「わかっています。それは――」

 アデライードは睫毛を伏せ、大きなため息をついた。

「ただ、こんな形で真実がわたしに知られたことを、後で殿下は気にされるでしょうね」
「そりゃあまあ……でも、悪いことはできないものだね」

 マニ僧都が肩を竦め、金色の眉を顰めてアデライードを見つめる。

「――アデライード、今は話を進めよう。殿下は十二歳までの記憶しかないと。それで――どうしたんだ」
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