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序章

邂逅

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ある意味では、この世には何事も新たには起こらない。なぜならいずれの事柄も同じ太初の祖型にすぎないから、とさえいい得るであろう。このくり返しは、その祖型的しぐさのあらわれたその神話的瞬間を再現することにより、つねにこの世を同じ太初の輝かしい瞬間に維持する。時間は物事の出現と存在を可能にするのみである。



  ――ミルチャ・エリアーデ『永遠回帰の神話』



****************************

 ようやく砂漠を抜けて、女は一人、馬の背に揺られていた。
 雲一つない夜空に満月が輝き、孤影を照らしている。フードを下ろした女の長い髪は月光を青白く弾いて、地面に黒い影が落ちる。

 前方に巨石を組んだ環状列石ストーン・サークルを見つけ、女は目を瞠る。――人が、いるのか。

 疲労の限界にある身体を叱咤して、その石組みに向けて、馬を進める。
 巨大な家ほどもあろうかという、組石トリリトンを見上げ、女は息を飲む。だがその石は粗削りで、遥か太古からこの地にあるように思われた。

 遺跡――?
 もう、ここには、この巨石の建造物を作った人々はいないのか。
 ならば――。

 万事休すだ。女は思う。
 これ以上、進むことも、砂漠を再び横切って、戻ることもできない。

 哀し気にいななく愛馬の首筋を撫でて、女は馬から下りる。馬に騎りづめだった脚は棒のようで、がくがくと震えがくる。それでも、女は馬の手綱を曳いて、その石組みの門をくぐり、サークルの中に足を踏み入れた。

 青白い月の光に、巨石群が白く輝く。環状列石の中央を見て、女は思わず目を見開いた。チロチロと、涼やかな音が耳に入ってきて、心が躍る。――水だ。泉が、あるのだ。

 つい、足が速くなるのを必死に堪えて、ゆっくりと泉に近づく。石造りの水盤に、水があふれ出て、やはり石造りの、小さな池に溜められ、その後はどこに続いているのか。女は愛馬に水を飲ませながら、自身も貪るように水を飲んだ。冷たい水が喉を潤せば、死んだと思っていた命が、再び蘇える気がした。

 一通り喉を潤すと、女は泉の端に腰を下ろす。
 水は希望か。それとも絶望か。

 そもそも、あのような男の甘言に惑わされた自分が愚かだったのだ。
 とうに、自分とあの男の仲は破綻しているのに。それなのに、どこかであの男を信頼したいと思っていたのだろう。

 ――その結果が、これだ。
 初めから、計画通りだったに違いない。あるいは、もっと確実に殺すつもりだったのかもしれないが――。

 女は月を見上げ、溜息をつく。自分と、あの男の愚かさに。そして、関わった者たちすべてに。
 このくだらぬ企みに、せめて妹が関与していなければいいと、女は思う。せめてそれだけは信じたい。

 青白い月を見上げていた女の耳に、風に乗って楽の音が聴こえてくる。
 きれぎれにではあるが、どこか哀愁を帯びた旋律と、切なく爪弾かれる弦の音が漂ってくる。――人が? こんなところに?

 女が驚いて立ち上がると、環状列石ストーン・サークルの門の向こう、月明かりの下に騎馬の人物が、馬上で何か楽器を鳴らしながら近づいてくる。反射的に腰の後ろに手挟んだ剣に手を伸ばしかけ、女はそれをやめた。

 今さら、こんな場所で命を守って何になるか。

 相手も、女の存在に気づいたらしい。弦の音が止み、馬の足音だけが近づく。馬の足が止まり、男の声で呼びかけられた。

 「この場所が、我ら一族の聖域と知ってのことか?」
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