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第三章
長画廊
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「ごきげんよう、マールバラ公爵閣下、それからヴァイオレット夫人」
絵画がいくつも飾られた、細長い長画廊の途中、すれ違うかと思った集団は互いに足を止めた。
「ごきげんよう、レディ・ステファニー。相変わらずお美しい」
マールバラ公爵が老獪に言い、ステファニー嬢はふわりと広がったスカートをちらりと持ち上げ、上品に礼をした。
「……謁見を済ませていらっしゃったの、本日がデビューとうかがいましたわ」
ステファニー嬢がちらりとわたしを見てから言う。
「ええ、そうです。相続の挨拶でね」
ステファニー嬢がわたしをまっすぐに見た。
「おめでとうございます、レディ・アシュバートン。……リンドホルム伯爵、でしたかしら」
「恐れ入ります」
わたしが静かに頭を下げる。
「お久しぶりね、エルスペス嬢。いつぞやは失礼を」
ステファニー嬢の言葉に、取り巻きの令嬢が言う。
「わたくしは初めておめもじいたしますの。ステファニー、わたくしにも紹介してくださいな」
「ええ、ミス・エルスペス・アシュバートンよ。リンドホルム伯爵の爵位を取り戻した、噂のご令嬢。……こちらは、わたくしの友人、シュタイナー伯爵家の、ミス・ミランダ・コートウォールよ」
「はじめまして、ミス・アシュバートン?」
シュタイナー伯爵令嬢と紹介されたミランダ嬢は、ブルネットの髪を綺麗にまとめ上げ、コーラル・ピンクの派手なドレスを着ている。
「はじめまして」
わたしは薄く微笑んで、膝を折って礼を取る。彼女の腰に手を回している男性に、以前に会ったことがあると思い、首を傾げ、思い出す。
「……ええと、アイザック・グレンジャー卿、でしたわね。いつぞやはどうも」
「ああ、先日はどうも」
グレンジャー卿が気まずそうに言えば、ミランダ嬢が面白そうに言う。
「あら、お会いしたことがあったの?」
「――ああ、ほんの、立ち話だがね」
ミランダ嬢が手にした扇を口元に添え、からかうように言う。
「まあ、アイザックが憶えているのはわかるわ、こんな美人ですもの。でも、エルスペス嬢がアイザックを憶えていたのは意外だわ。……男性の顔と名前、よく憶えていらっしゃるのね。職業柄かしら」
含みのある言い方に、ブルック中尉が何か言おうとするのをわたしは咄嗟に止め、微笑んだ。
「そりゃあ、あれだけ罵られれば覚えますわ。ついでに、あなたのお名前も記憶しておりましたわ、ミランダ嬢。だって、わたくしと伯爵令嬢である、あなたを一緒にするなって叱られましたもの。……ほんと、わたくし、自分の運の悪さを呪いたくなりましてよ。ただ、父親が戦死しただけですのに、父親が生きている方とは天と地ほどの開きができるんですって!」
アイザック卿が気まずそうに視線を彷徨わせ、言った。
「あの時のことは、申し訳ないと思っている。その後、謝罪をしたかったが、アルバート殿下には絶交を宣言されてしまったから……」
「そうですの。もう今さらどうでもよろしいですわ」
わたしがすげなく言えば、別の方向から声が上がった。
「ステファニー様、わたくしにもご紹介くださいまし。だって、ここのところの王都の、一番の噂の方ですもの」
「そうね、この方はセーラ嬢とおっしゃるの。マッケンジー侯爵のご令嬢よ?わたくしの姉アリスンの、夫の妹ですの」
「どうぞよろしく」
ステファニー嬢が、すぐ後ろの令嬢を優雅に指す。マッケンジー侯爵令嬢と紹介されたセーラ嬢は、やや赤い髪にターバンを巻き、目の覚めるようなエメラルド・グリーンのドレスを着ている。他の令嬢がふわりとしたスカートのドレスなのに対し、彼女は直線的な現代風シルエットの、異国風ドレスだ。
挨拶され、舐めるような視線で見られて、わたしはいつもの、古代の彫刻のような笑顔で応じる。
「本当に綺麗な方ね。魔性の女って噂がピッタリだわ。出会う男性をすべて惹きつけ、不幸にしてしまうなんて」
「セーラ!」
ステファニー嬢の背後から、やや鋭い女性の声が飛ぶ。
「おやめなさい。そんなことを言うものではないわ」
「あら、だってお義姉様。新聞で読みましたわ! リンドホルム伯爵家の恐ろしい事件について! まだ若い弟さんが毒殺されて……美しき姉に魅了され、恋い焦がれた親族の男と、なんと執事まで!」
「セーラ! いい加減に……」
「アリスン、気になるわ、そのお話。弟さんが毒殺され、最近、ようやく犯人が暴かれた。……アルバート殿下のご尽力で、そうでしょう?」
ステファニー嬢が言い、アリスンと呼ばれた女性――どうやら、ステファニー嬢の姉らしい――が困ったように周囲を見る。
「……殺人事件の話など、王宮でするべきとは思えんがね」
マールバラ公爵が苦々しい表情で咎めるが、セーラ嬢は気が強いのか、遠慮するつもりはないらしい。
「でも、恐ろしいじゃありませんの! ある新聞なんて、実は悲劇のヒロインのようなその姉こそが、男たちを惑わして、弟に毒を盛らせた真犯人じゃないかって!」
得意気に語るセーラ嬢に、常識的な感覚を持っていると思しき、レディ・アリスンは真っ青になってしまった。わたしの周囲の、カーティス大尉も、ブルック大尉も、あまりのことにギョッとして顔が引きつっている。ヴァイオレット夫人がさすがの年の功で、無邪気に言う。
「あら、そんな記事がありまして? いくら何でも荒唐無稽に過ぎるのではなくて? お若い方はそういう、過激なものを好まれるのかもしれないけれど」
「でも、書いてありましたもの。わたくし、実際に読みましたわ。男たちを誑かし、弟をも手にかけた、恐ろしい毒婦の話を。火のないところに煙は立たないって申しますもの。ねえ、エルスペス嬢? あなたはその記事はご存知ないの?」
まるで、真犯人とバレないうちに、とっとと逃げた方がいいんじゃない、とでも言いたげな口調に、わたしは思わず微笑みが深くなる。そういう記事が出ているのは知っているが、わたし自身は目にしていない。なぜなら――。
「荒唐無稽な推理を開陳している、ゴシップ紙があるとは聞いておりますけど、わたくし自身では見ておりませんので、内容までは。男性の方々が隠して、わたくしには見せてくださいませんのよ。いえね、とんでもなく卑猥でグロテスクな記事ばかり載せている雑誌で、まともな女性が読むものじゃないって脅されてしまいましたの。記事の内容も卑猥すぎて、わたくしには理解できないだろうって。……すごいわ、ご自分でお読みになるなんて。ずいぶん勇気と知識がおありになるのね?」
「なっ……!」
卑猥な記事をよく読んだわね、とからかってやれば、ヴァイオレット夫人が思わず吹き出した。
「あら、そんな記事でしたら、あたくしが知らなくて当然ね。おおいやだ、手に触れるのも勘弁ね。目が腐ってしまいそう。普通の女なら、そう思うわよね? それともお若い方は違うのかしら」
「いやいや、くだらぬ三流のゴシップ紙など、女性が読むものではない! 息子の嫁だったとしたら、ゾッとするな!」
マールバラ公爵夫妻が吐き捨てれば、セーラ嬢は反論もできず、真っ赤になって震えている。――人を殺人犯呼ばわりしたのだから、このぐらい当然だと思う。ビルツホルンの大使のご令嬢もそうだったけれど、ステファニー嬢の周囲には、虎の威を借る狐のように、自らの力量も測らずに人を攻撃する令嬢が多過ぎる。そして反撃されると滅法、弱い。人は守られ過ぎると自身の力を過信し、愚かになるのかもしれない。
言っておくけど、わたしが罠に嵌めたわけではなく、セーラ嬢が自ら、自身で掘った落とし穴に嵌っただけだ。そう思いながら、わたしがステファニー嬢とその取り巻きを見ていると、レディ・アリスンが義妹を引っ張って連れ出して行った。
ステファニー嬢はその様子を厳しい表情で見送ってから、気を取り直すように、わたしに向かって微笑みかけた。
「……失礼、彼女は昨年デビューしたばかりで、まだ若いのよ。弟さんの件、お悔やみ申し上げますわ。真相が暴かれてよかったこと」
「ええ。神様は常に見ていらっしゃると思えました」
わたしの答えに、ステファニー嬢は青い瞳でじっと、わたしを見た。わたしもまっすぐに見返す。
「ただ……弟さんの件を明らかにするために、彼に近づいたの?」
「まさか!……すべての不幸も運命だと受け入れておりましたわ。わたくしから近づいたわけでもありません。わたくしには選択権などなかったのです」
ステファニー嬢の目からは、わたしは掠奪女にしか見えないだろうが、わたしから殿下に取り入ったことはない。……ローズも、そして父も、わたしたちはいつも、約束を反故にされ、理不尽に踏みつけられてきた側だ。ステファニー嬢は何も知らないのだろうが、権力に守られてきたこの人に、非難される謂れなどない。
「以前、お会いしたときにも申し上げましたが、わたくし自身には、恥じるところはございません。……少なくともわたくし、他人のものを奪ってはいません。神が許さない恋をしたわけではありません」
その言葉に、周囲がざわりとするが、わたくしは動じずに、まっすぐにステファニー嬢を見つめた。
「あ、あなた自分が何を言っているか、わかっているの?!」
ミランダ嬢が甲高い声で言うのを、わたしはそちらも見もせず、ただ、ステファニー嬢だけを見つめる。
「ええ、もちろん。……最初から、あなたのものではなかったと、もう気づいていらっしゃるのでしょう?」
わたしの幾分、挑戦的な言葉に、ステファニー嬢は一瞬、金色の睫毛を伏せ、そしてすぐに青い目を見開き、言い切った。
「……そうね。でも、わたくしがこれまで捧げてきた愛は、誰にも奪えない。そうではなくて? 神様は、わたくしの捧げた愛をこそ、遂げさせてくださると信じているわ」
絵画がいくつも飾られた、細長い長画廊の途中、すれ違うかと思った集団は互いに足を止めた。
「ごきげんよう、レディ・ステファニー。相変わらずお美しい」
マールバラ公爵が老獪に言い、ステファニー嬢はふわりと広がったスカートをちらりと持ち上げ、上品に礼をした。
「……謁見を済ませていらっしゃったの、本日がデビューとうかがいましたわ」
ステファニー嬢がちらりとわたしを見てから言う。
「ええ、そうです。相続の挨拶でね」
ステファニー嬢がわたしをまっすぐに見た。
「おめでとうございます、レディ・アシュバートン。……リンドホルム伯爵、でしたかしら」
「恐れ入ります」
わたしが静かに頭を下げる。
「お久しぶりね、エルスペス嬢。いつぞやは失礼を」
ステファニー嬢の言葉に、取り巻きの令嬢が言う。
「わたくしは初めておめもじいたしますの。ステファニー、わたくしにも紹介してくださいな」
「ええ、ミス・エルスペス・アシュバートンよ。リンドホルム伯爵の爵位を取り戻した、噂のご令嬢。……こちらは、わたくしの友人、シュタイナー伯爵家の、ミス・ミランダ・コートウォールよ」
「はじめまして、ミス・アシュバートン?」
シュタイナー伯爵令嬢と紹介されたミランダ嬢は、ブルネットの髪を綺麗にまとめ上げ、コーラル・ピンクの派手なドレスを着ている。
「はじめまして」
わたしは薄く微笑んで、膝を折って礼を取る。彼女の腰に手を回している男性に、以前に会ったことがあると思い、首を傾げ、思い出す。
「……ええと、アイザック・グレンジャー卿、でしたわね。いつぞやはどうも」
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「あら、お会いしたことがあったの?」
「――ああ、ほんの、立ち話だがね」
ミランダ嬢が手にした扇を口元に添え、からかうように言う。
「まあ、アイザックが憶えているのはわかるわ、こんな美人ですもの。でも、エルスペス嬢がアイザックを憶えていたのは意外だわ。……男性の顔と名前、よく憶えていらっしゃるのね。職業柄かしら」
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アイザック卿が気まずそうに視線を彷徨わせ、言った。
「あの時のことは、申し訳ないと思っている。その後、謝罪をしたかったが、アルバート殿下には絶交を宣言されてしまったから……」
「そうですの。もう今さらどうでもよろしいですわ」
わたしがすげなく言えば、別の方向から声が上がった。
「ステファニー様、わたくしにもご紹介くださいまし。だって、ここのところの王都の、一番の噂の方ですもの」
「そうね、この方はセーラ嬢とおっしゃるの。マッケンジー侯爵のご令嬢よ?わたくしの姉アリスンの、夫の妹ですの」
「どうぞよろしく」
ステファニー嬢が、すぐ後ろの令嬢を優雅に指す。マッケンジー侯爵令嬢と紹介されたセーラ嬢は、やや赤い髪にターバンを巻き、目の覚めるようなエメラルド・グリーンのドレスを着ている。他の令嬢がふわりとしたスカートのドレスなのに対し、彼女は直線的な現代風シルエットの、異国風ドレスだ。
挨拶され、舐めるような視線で見られて、わたしはいつもの、古代の彫刻のような笑顔で応じる。
「本当に綺麗な方ね。魔性の女って噂がピッタリだわ。出会う男性をすべて惹きつけ、不幸にしてしまうなんて」
「セーラ!」
ステファニー嬢の背後から、やや鋭い女性の声が飛ぶ。
「おやめなさい。そんなことを言うものではないわ」
「あら、だってお義姉様。新聞で読みましたわ! リンドホルム伯爵家の恐ろしい事件について! まだ若い弟さんが毒殺されて……美しき姉に魅了され、恋い焦がれた親族の男と、なんと執事まで!」
「セーラ! いい加減に……」
「アリスン、気になるわ、そのお話。弟さんが毒殺され、最近、ようやく犯人が暴かれた。……アルバート殿下のご尽力で、そうでしょう?」
ステファニー嬢が言い、アリスンと呼ばれた女性――どうやら、ステファニー嬢の姉らしい――が困ったように周囲を見る。
「……殺人事件の話など、王宮でするべきとは思えんがね」
マールバラ公爵が苦々しい表情で咎めるが、セーラ嬢は気が強いのか、遠慮するつもりはないらしい。
「でも、恐ろしいじゃありませんの! ある新聞なんて、実は悲劇のヒロインのようなその姉こそが、男たちを惑わして、弟に毒を盛らせた真犯人じゃないかって!」
得意気に語るセーラ嬢に、常識的な感覚を持っていると思しき、レディ・アリスンは真っ青になってしまった。わたしの周囲の、カーティス大尉も、ブルック大尉も、あまりのことにギョッとして顔が引きつっている。ヴァイオレット夫人がさすがの年の功で、無邪気に言う。
「あら、そんな記事がありまして? いくら何でも荒唐無稽に過ぎるのではなくて? お若い方はそういう、過激なものを好まれるのかもしれないけれど」
「でも、書いてありましたもの。わたくし、実際に読みましたわ。男たちを誑かし、弟をも手にかけた、恐ろしい毒婦の話を。火のないところに煙は立たないって申しますもの。ねえ、エルスペス嬢? あなたはその記事はご存知ないの?」
まるで、真犯人とバレないうちに、とっとと逃げた方がいいんじゃない、とでも言いたげな口調に、わたしは思わず微笑みが深くなる。そういう記事が出ているのは知っているが、わたし自身は目にしていない。なぜなら――。
「荒唐無稽な推理を開陳している、ゴシップ紙があるとは聞いておりますけど、わたくし自身では見ておりませんので、内容までは。男性の方々が隠して、わたくしには見せてくださいませんのよ。いえね、とんでもなく卑猥でグロテスクな記事ばかり載せている雑誌で、まともな女性が読むものじゃないって脅されてしまいましたの。記事の内容も卑猥すぎて、わたくしには理解できないだろうって。……すごいわ、ご自分でお読みになるなんて。ずいぶん勇気と知識がおありになるのね?」
「なっ……!」
卑猥な記事をよく読んだわね、とからかってやれば、ヴァイオレット夫人が思わず吹き出した。
「あら、そんな記事でしたら、あたくしが知らなくて当然ね。おおいやだ、手に触れるのも勘弁ね。目が腐ってしまいそう。普通の女なら、そう思うわよね? それともお若い方は違うのかしら」
「いやいや、くだらぬ三流のゴシップ紙など、女性が読むものではない! 息子の嫁だったとしたら、ゾッとするな!」
マールバラ公爵夫妻が吐き捨てれば、セーラ嬢は反論もできず、真っ赤になって震えている。――人を殺人犯呼ばわりしたのだから、このぐらい当然だと思う。ビルツホルンの大使のご令嬢もそうだったけれど、ステファニー嬢の周囲には、虎の威を借る狐のように、自らの力量も測らずに人を攻撃する令嬢が多過ぎる。そして反撃されると滅法、弱い。人は守られ過ぎると自身の力を過信し、愚かになるのかもしれない。
言っておくけど、わたしが罠に嵌めたわけではなく、セーラ嬢が自ら、自身で掘った落とし穴に嵌っただけだ。そう思いながら、わたしがステファニー嬢とその取り巻きを見ていると、レディ・アリスンが義妹を引っ張って連れ出して行った。
ステファニー嬢はその様子を厳しい表情で見送ってから、気を取り直すように、わたしに向かって微笑みかけた。
「……失礼、彼女は昨年デビューしたばかりで、まだ若いのよ。弟さんの件、お悔やみ申し上げますわ。真相が暴かれてよかったこと」
「ええ。神様は常に見ていらっしゃると思えました」
わたしの答えに、ステファニー嬢は青い瞳でじっと、わたしを見た。わたしもまっすぐに見返す。
「ただ……弟さんの件を明らかにするために、彼に近づいたの?」
「まさか!……すべての不幸も運命だと受け入れておりましたわ。わたくしから近づいたわけでもありません。わたくしには選択権などなかったのです」
ステファニー嬢の目からは、わたしは掠奪女にしか見えないだろうが、わたしから殿下に取り入ったことはない。……ローズも、そして父も、わたしたちはいつも、約束を反故にされ、理不尽に踏みつけられてきた側だ。ステファニー嬢は何も知らないのだろうが、権力に守られてきたこの人に、非難される謂れなどない。
「以前、お会いしたときにも申し上げましたが、わたくし自身には、恥じるところはございません。……少なくともわたくし、他人のものを奪ってはいません。神が許さない恋をしたわけではありません」
その言葉に、周囲がざわりとするが、わたくしは動じずに、まっすぐにステファニー嬢を見つめた。
「あ、あなた自分が何を言っているか、わかっているの?!」
ミランダ嬢が甲高い声で言うのを、わたしはそちらも見もせず、ただ、ステファニー嬢だけを見つめる。
「ええ、もちろん。……最初から、あなたのものではなかったと、もう気づいていらっしゃるのでしょう?」
わたしの幾分、挑戦的な言葉に、ステファニー嬢は一瞬、金色の睫毛を伏せ、そしてすぐに青い目を見開き、言い切った。
「……そうね。でも、わたくしがこれまで捧げてきた愛は、誰にも奪えない。そうではなくて? 神様は、わたくしの捧げた愛をこそ、遂げさせてくださると信じているわ」
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